

エピペンを1本打てば症状が治まっても、6〜12時間以内に約半数が再燃し、2本目が必要になることがあります。
かゆみや蕁麻疹は「大したことない」と感じやすい症状ですが、アナフィラキシーの最初のサインであることが少なくありません。アナフィラキシーとは、アレルゲンへの暴露をきっかけに、免疫システムが過剰反応して全身に広がる重篤なアレルギー反応です。皮膚のかゆみや蕁麻疹から始まり、急速に呼吸困難・血圧低下・意識障害へと進行するケースがあります。
アドレナリン自己注射薬(商品名:エピペン®)は、そのような緊急時に自分自身または周囲の人が迅速にアドレナリンを投与できるように設計されたペン型の注射器です。アドレナリンは交感神経のα・β受容体に作用し、血圧の維持、気道の拡張、喉や舌のむくみ抑制という三つの働きで命を守ります。つまり、アナフィラキシーという嵐が来る前に備えておく「緊急ブレーキ」のような薬です。
エピペン®は2011年9月から保険適用となりました。それ以前は1本あたり12,000〜15,000円と全額自己負担でしたが、現在は3割負担で1本あたり8,000円弱で処方可能です。15歳以下のお子さんは子ども医療費受給者証で無料になるケースも多くあります。保険が適用される対象は「アナフィラキシーの既往がある方、またはアナフィラキシーを発現する危険性の高い方」です。
かゆみが出た段階ではまだエピペンの出番ではありませんが、そこに以下の症状が一つでも加わったら即座にエピペンを使うべきサインです。「のどや胸の締め付け」「犬が吠えるような咳」「繰り返す嘔吐」「ぐったりする」など、命に直結する変化が重なったとき、アドレナリン自己注射が唯一の橋渡しになります。
環境再生保全機構:アナフィラキシー時のエピペン®の使用について(専門医監修)
「1本打てば十分では?」と思いがちですが、それは大きな誤解です。
アナフィラキシーでは、1回目の症状が落ち着いた後、数時間から48時間以内に再び症状が出現することがあります。これを「二相性反応(セカンドアタック)」と呼びます。日本アレルギー学会のガイドライン(2022年版)によると、二相性反応は成人の最大23%、小児の最大11%のアナフィラキシーに発生し、約半数が最初の反応から6〜12時間以内に出現すると報告されています。つまり5人に1人の割合で再燃するのです。
さらに、1本目のエピペンで効果が不十分だった場合にも、5〜15分後に2本目の追加投与が推奨されています。複数回のアドレナリン筋肉注射を要したアナフィラキシーの症例は全体の16〜36%存在するという報告があります(食物アレルギー診療ガイドライン2016)。
| 状況 | 2本目が必要になるケース |
|---|---|
| 1本目で効果不十分 | 5〜15分後に症状が改善しない場合、2本目を追加投与 |
| 二相性反応(再燃) | 症状回復後、数時間〜48時間以内に症状が再出現した場合 |
| 2か所で使用 | 自宅と学校・職場など、別の保管場所にそれぞれ1本ずつ |
米国のガイドラインでは、ハイリスク患者に対してアドレナリン自己注射薬を2本携帯することが明確に推奨されています。日本でも保険診療上、1回の処方で最大2本まで処方が可能です。
2本持つことが「過剰」ではなく、むしろ標準的な安全策であるということですね。
日本アレルギー学会:アナフィラキシーガイドライン2022(公式PDF)
「かゆみだけならまだ様子を見よう」という判断が、重篤化を招くことがあります。
エピペンを使うべき症状は、皮膚症状(かゆみ・蕁麻疹)単独ではなく、それに加えて以下の「緊急サイン」が一つでも出たときです。
これらが一つでも現れたら、すぐにエピペンを打って119番通報することが原則です。
エピペンの具体的な使い方は3ステップです。❶ 青い安全キャップを外す、❷ オレンジ色の先端を太ももの前外側に垂直に強く押し当て「カチッ」と音がするまで保持する(3秒間)、❸ 抜き取ってオレンジカバーが伸びていれば注射完了です。服の上からでも使用できます。
重要なのは「打つか迷ったら打つ」という考え方です。アナフィラキシー予防のために処方されたエピペンには「打ってはならない状況」は存在しないと医学的に明確に示されています。正常な方が誤って打っても、ほてりや動悸が約15分で治まる程度です。一方、打つのが遅れた場合のリスクははるかに大きい。アレルギー症状の発症から30分以内にアドレナリンを投与することが、致死的な転帰を防ぐうえで最も重要なポイントと報告されています。
また、エピペンを打った後も必ず救急車を呼んで医療機関を受診することを忘れないでください。エピペンは「症状を一時的に抑える補助治療薬」であり、根治治療ではないからです。
江原クリニック:エピペン使用のタイミング〜打って後悔することは決してない
エピペンは持つだけでは意味がありません。使えない状態で持っていては、いざというときに役立たないのです。
エピペンの保存温度は15〜30℃が目安です。一見すると「涼しい冷蔵庫に入れれば安心」と思いがちですが、実は冷蔵庫保存はNGです。冷所(10℃以下)に置くとアドレナリンの成分が変質するリスクがあります。また、夏場の車内は60℃以上になることがあり、高温下への放置も厳禁です。
使用期限は通常1年程度です。2本処方を受けた場合、使い終わらなくてもほぼ毎年更新が必要になります。これは費用面でも意識しておきたいポイントです。3割負担で1本あたり8,000円弱なので、2本で年間約16,000円の更新費用がかかる計算になります。
なお、自宅用と学校・職場用のように2か所それぞれに1本ずつ置く場合は、2本の期限が同じになります。期限切れにならないよう、製造元のヴィアトリスが提供する「重要なお知らせ通知プログラム」に登録すると、使用期限の約1か月前にお知らせが届くので活用することをお勧めします。
飛行機への持ち込みも可能です。国内・国際線ともに自己注射薬として機内持ち込みが認められていますが、予約時に機内持ち込みを事前申告しておくとスムーズです。使用期限と保管状態の管理が適切であれば、エピペンは2本体制を最大限に活かせます。
エピペンを処方されても、実際には持ち歩いていない人が3〜4人に1人いるという報告があります。これは命綱を家に置いてくるのと同じです。
海外の研究では、アドレナリン自己注射薬を実際に携帯している患者はわずか9〜28%という衝撃的なデータもあります。「大きくてかさばる」「使う場面が来ないだろう」「注射が怖い」という心理的ハードルが、携帯をためらわせているのです。厳しいところですね。
エピペンの処方を受けるには、以下の条件を満たす方が対象です。
なお、処方はe-ラーニング修了済みの医師のみが行えるため、すべてのクリニックで処方できるわけではありません。希望する場合はあらかじめ医療機関に確認しておくとよいでしょう。
「注射が怖い」という心理的ハードルに対しては、エピペントレーナー(針のない練習用)を使った反復練習が有効です。また、アプリ「マイエピ(allergy72.jp)」を活用すると、いざというときに動画と音声でエピペンの使い方をナビゲーションしてくれます。処方を受けたら必ずトレーナーで練習しておくことが条件です。
2本処方された場合、1本を外出用バッグに、もう1本を自宅・学校・職場のわかりやすい場所に置いておくのが理想の配置です。緊急時に「どこにあるかわからない」という状況を避けるため、家族や学校の先生・職場の同僚にも保管場所を共有しておくことが大切です。
エピペン公式ガイドブック(マイエピアプリ・保管・使用方法など詳細情報)