

皮膚のかゆみは「皮膚の炎症」と「神経がかゆみを感じる仕組み」が絡み合って長引きます。
アトピー性皮膚炎では、皮膚バリアが弱い背景のうえに、外的刺激が加わると表皮角化細胞などからサイトカインが出て、2型炎症が進みやすいことが整理されています。
アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2024
ここで誤解されがちなのが「炎症=全部同じ」という見方です。炎症にも複数の“回路”があり、その1つがアラキドン酸カスケードです。
アラキドン酸カスケードは、細胞膜の脂質からアラキドン酸が遊離し、そこからプロスタグランジンやロイコトリエンなどが作られて炎症反応を増幅する流れとして教科書的に説明されます。ステロイドは、この流れの上流(アラキドン酸が切り出される段階)を含む幅広いポイントにブレーキをかける薬として理解すると、外用の位置づけが見えやすくなります。
一方で、かゆみはアラキドン酸カスケード“だけ”で説明しきれません。ガイドラインでも、ヒスタミンは急性のかゆみを誘発する一方、アトピー性皮膚炎のかゆみへの関与は部分的とされ、慢性のかゆみにはTSLPやIL-33、IL-31などの関与が整理されています。
アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2024
つまり「赤みが引いたのに、かゆみがまだ残る」ケースは、炎症を抑えるアプローチと、神経系の“かゆみ回路”へのアプローチがズレている可能性があります。
ステロイド(糖質コルチコイド)が効く理由は「血管を収縮させるから」だけではなく、炎症を起こす物質の産生そのものを抑える点にあります。
医療者向けの説明でも、ステロイドは受容体と結合して遺伝子発現レベルに影響し、アラキドン酸カスケードの初期段階(細胞膜からアラキドン酸を切り出す過程)を抑制することで抗炎症作用を示す、という整理がされています。
ナース専科「ステロイドはどこに作用する?」
この「上流を止める」という性質は、実務的にはかなり重要です。
非ステロイド性抗炎症薬(いわゆるNSAIDs)はCOXなど一部の段階を狙うのに対して、ステロイドは炎症の複数段階をまとめて抑えるため、急な増悪で“炎症の勢い”を早く落とす目的に向いています(ただし適切な選択・量・期間が前提です)。
ただし強力であるがゆえに、使い方の設計が雑だと「効かない」「怖い」「やめたら悪化した」という体験につながります。特に、塗る量が少なすぎて炎症が残り、結果として長期化してしまうパターンは珍しくありません。
ガイドラインでも、アトピー性皮膚炎治療の中心は炎症とかゆみを速やかに抑える寛解導入であり、そのために抗炎症外用薬(ステロイド外用薬など)を十分な範囲に外用する重要性が記載されています。
アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2024
ステロイド外用薬は「強さ(ランク)」「部位」「量」「期間」をセットで設計するのが安全で確実です。
ガイドラインでは、ステロイド外用薬はアトピー性皮膚炎治療の基本薬で、皮疹の重症度に応じた強さ(ランク)の選択、病変の性状・部位による剤型の使い分け、十分な量の使用が重要と整理されています。
アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2024
量の話はとくに大事です。目安としてよく用いられるのがFTU(finger-tip unit)で、ガイドラインにも「口径5mmのチューブから第2指の先端〜第1関節まで押し出した量(約0.5g)が、手掌2枚分程度に対する適量」という説明が載っています。
アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2024
「薄くのばして塗る」よりも、「必要量を置いて、やさしく広げて覆う」イメージの方が、現実的に適量に近づきます。
塗布回数も誤解が多いポイントです。急性増悪では原則1日2回(朝・夕、入浴後)を基本にし、炎症が落ち着いたら1日1回に減らして寛解導入を目指す、という流れが示されています。
アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2024
また「やめ方」も治療の一部です。
ガイドラインでは、長期間の外用で炎症を鎮静した後は急に中止せず、寛解を維持しながら漸減あるいは間欠投与へ移行する考え方が示されています。
アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2024
これは、炎症が残った状態で急停止すると、再燃が起きやすく「ステロイドが悪化させた」と感じやすい背景にもつながります(実際には病勢や部位条件が影響します)。
安全面では部位差の意識が欠かせません。
ガイドラインでは、部位によって吸収率が大きく違い、吸収率の高い部位では局所副作用に注意して長期間連用しない、といった注意点がまとめられています。
アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2024
実践のコツ(入れ子なしで要点だけ並べます)
副作用の多くは「薬そのもの」より「条件(強さ・量・期間・部位・皮膚状態)」でリスクが上下します。
ガイドラインでは、ステロイド外用薬の全身性副作用はランク・塗布量・期間に依存し、ランクの高い薬を大量に長期使用すると起こりやすいこと、また小児は経皮吸収や体表面積比の点で起こしやすいことが述べられています。
アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2024
一方で、適切に使えば日常診療の範囲では全身性副作用は通常起こらない、という現実的な説明も併記されており、「怖いから最小量」だけが正解ではない点が重要です。
アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2024
局所副作用としては、皮膚萎縮、毛細血管拡張、皮膚線条、酒皶様皮膚炎・口囲皮膚炎、感染症の助長などが挙げられ、一般に高ランク・長期・吸収率の高い部位で起こりやすいと整理されています。
アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2024
ここで現場的に大事なのは、「副作用が出たら終わり」ではなく、早期に気づけば多くは中止や適切な処置で回復すること、そして改善したらランクダウンや間欠投与へ移す“設計変更”ができる点です。
アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2024
意外と知られていない誤解として「ステロイドで色素沈着が起きる」があります。
ガイドラインでは、外用後に色素沈着が目立つことがあっても、それは皮膚炎が続いたことによる炎症後色素沈着で、炎症が消退すると顕在化するものであり、ステロイドが原因ではない、と説明されています。
アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2024
さらに、独自視点として強調したいのは「副作用の恐怖が、別のリスクを増やす」ことです。
塗布量が不足して炎症が慢性化すると、かゆみ→掻破→バリア破壊→炎症増幅の悪循環が続き、結果として外用期間が長引き、総量が増えやすくなります。ガイドラインでも、痒みに対する搔破が皮膚バリアを障害し炎症を助長する、と明確に述べられています。
アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2024
つまり「短期でしっかり抑えて、減らす」戦略の方が、長期的には安全側に寄ることが多い、という逆説が成り立ちます(もちろん医師の指示が前提です)。
かゆみが残る・夜に悪化する・抗ヒスタミン薬が効きにくい、といった場合は、炎症と別レーンの“かゆみ回路”が前面に出ている可能性があります。
ガイドラインでも、TSLPやIL-33が感覚ニューロンに直接作用して痒み誘発に関わること、IL-31が感覚ニューロンを直接刺激して急性の痒みを起こすことなど、免疫と神経の相互作用として整理されています。
アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2024
ここに研究の面白さがあります。AMEDと九州大学のプレスリリースでは、アトピー性皮膚炎の主要な痒み惹起物質IL-31が脳へ痒みの感覚を伝える際に、ニューロキニンBが必要であることを発見し、NK3R阻害がIL-31による掻破行動を抑える可能性が述べられています。
AMED「アトピー性皮膚炎の痒みを脳に伝えるために必要な物質を発見」
これは「炎症を抑える=かゆみが必ず消える」という単純な図式が崩れている証拠でもあり、読者にとっては“自分のつらさが気のせいではない”と理解できる材料になります。
実生活では、かゆみは環境でも増幅します。ガイドラインでは、温熱、発汗、ウール繊維、精神的ストレス、飲酒、感冒などが痒みの誘発・悪化因子として重要とされています。
アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2024
炎症の薬だけに期待を全部載せると、生活要因で“押し戻される”ので、できる範囲での調整が現実的です。
かゆみ対策の現場メモ(入れ子なし)
権威性のある日本語の参考リンク(病態・治療全体の根拠、外用の位置づけ、かゆみの整理に有用)
日本皮膚科学会 アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2024(PDF)
意外な視点の参考リンク(IL-31と神経伝達の研究背景、かゆみが「炎症だけ」で説明できない根拠に有用)
AMED 研究成果:IL-31の痒み伝達にニューロキニンBが必要