

両親ともにアトピー体質でも、遺伝的素因がある子どもの約30%はかゆみが出ません。
「遺伝的素因」は、「いでんてきそいん」と読みます。「遺伝的(いでんてき)」+「素因(そいん)」で構成された医学用語です。英語では「genetic predisposition」または「genetic susceptibility(遺伝的感受性)」とも呼ばれます。かゆみに悩む方が最初に押さえておきたい基礎知識です。
「素因(そいん)」という言葉は、日常では使い慣れない表現かもしれません。これは「ある病気にかかりやすい体質・下地」を指します。つまり「遺伝的素因」とは、「遺伝的に特定の疾患を発症しやすい体質・体の下地」のことです。アトピー性皮膚炎の文脈では、「アレルギーを起こしやすい免疫の傾向やバリア機能の弱さが、親から子へと受け継がれる体質」を意味します。
重要なのは、遺伝的素因は「病気を発症させる直接の原因ではない」という点です。遺伝的素因を持っていても、環境要因や生活習慣によって発症する場合もしない場合もあります。つまり素因があること=かゆみが避けられない運命、ではありません。
アトピー性皮膚炎においては、この遺伝的素因を「アトピー素因」とも呼びます。具体的には、IgE(免疫グロブリンE)という抗体を過剰に産生しやすい体質、アレルギー性鼻炎・気管支喘息・アトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患を家族内に持つ体質のことです。これが基盤にあり、さらに環境因子や皮膚バリアの弱さが加わることで、つらいかゆみが引き起こされます。
以下のページでは、「遺伝的素因」の定義を医学辞典レベルで確認できます。
遺伝的素因の意味と使い方 - コトバンク(朝倉書店 栄養・生化学辞典)
かゆみの出やすい体質には、遺伝的に決まるある特定のタンパク質の不足が深く関係しています。それが「フィラグリン」です。これは知っていると損しない情報です。
フィラグリンは、皮膚の一番外側にある「角層」の構造を維持するタンパク質で、レンガとセメントに例えられる肌バリアを形成します。フィラグリンが十分に作られることで、皮膚の水分が保たれ、外部のアレルゲン(ダニ・花粉・化学物質など)の侵入も防がれます。
ところが、アトピー性皮膚炎の患者さんの多くは、このフィラグリンを作る「FLG遺伝子(フィラグリン遺伝子)」に変異を持っています。日本人のアトピー患者では約25〜27%にこの遺伝子変異が確認されており、ヨーロッパ系の患者では約50%にのぼるという報告もあります(Irvine et al., NEJM 2011)。ちなみに日本人全体でも約5〜10%程度がこの変異を持つとされており、かなり広く見られる遺伝的素因です。
フィラグリン遺伝子変異があると、以下のような流れでかゆみが発生します。
つまり素因が問題です。フィラグリン遺伝子変異という遺伝的素因が、皮膚バリア全体を弱体化させ、慢性的なかゆみの土台を作ります。ただし、フィラグリン遺伝子変異がない方でも、免疫システムの遺伝的な偏り(Th2優位な体質)によりかゆみが生じるケースもあり、遺伝的素因の影響は一種類ではありません。
フィラグリンの詳しい解説は皮膚科専門医による以下のページが参考になります。
アトピー性皮膚炎の原因とフィラグリン遺伝子変異の関係 - 長田こどもクリニック
実は、遺伝的素因だけではかゆみは完成しません。これは意外な事実です。
アトピー性皮膚炎の発症に占める遺伝の影響を探るため、「一卵性双生児(まったく同じ遺伝子を持つ双子)」を対象にした研究があります。その結果、片方がアトピー性皮膚炎を発症していても、もう一方が発症する確率は約80%にとどまり、残り20%は発症しないことが分かっています(Larsen et al., J Am Acad Dermatol 1986)。遺伝子が完全に同一でも、2割の人はかゆみを持たないということです。
さらに、両親がともにアトピー体質の場合でも、子どもの発症確率は約50〜70%とされています。逆に言えば、両親どちらともアトピー体質でも、子どもの30〜50%はかゆみを発症しないわけです。
この「発症しない側」に入れるかどうかを左右するのが、環境要因と後天的なケアです。特に近年の研究で注目されているのが以下の3点です。
遺伝的素因は変えられませんが、発症・悪化のトリガーは環境側にあります。これが基本です。遺伝を「避けられない運命」として諦めず、環境側を整えることが、かゆみ対策の根幹になります。
遺伝的素因と環境要因の関係性については、以下のページが詳しく参考になります。
遺伝的に病気になりやすい体質とはどういうことか - QLife遺伝子コラム
遺伝的素因を持つ方がかゆみをコントロールするためには、「悪化させる行動」を正しく知ることが重要です。以下は実際に多くの方がやりがちな行動と、その理由・対策です。
❌NG①:かゆいから掻く
掻くことでその場の不快感が一時的に和らぐため、多くの方が行います。しかし、掻く行為はバリア機能を物理的に破壊します。AMED(日本医療研究開発機構)の2022年の発表では、皮膚への引っ掻き刺激により感覚神経内で「NPTX2」というタンパク質が増加し、これが脊髄に運ばれてかゆみ伝達神経を強化することが判明しました。つまり掻けば掻くほど、神経レベルでかゆみを感じやすくなるという悪循環に陥ります。痛いですね。かゆみを感じたら、保冷剤を布に包んで軽く当てて冷やすことで、神経の興奮を一時的に抑える方法が有効です。
❌NG②:「遺伝だから保湿しても意味がない」と思って保湿をさぼる
遺伝的素因がある方ほど、継続的な保湿が重要です。アトピー性皮膚炎診療ガイドライン(2021年版・2024年版)では、保湿は「1日1回より1日2回(朝・夕)の外用の方が保湿効果が高い」と明記されています。また、入浴後5分以内に保湿剤を塗ることが推奨されています。これは必須です。保湿が不十分だと皮膚の乾燥が進み、知覚神経が皮膚表面まで伸びてきてかゆみの閾値がどんどん下がっていきます。
❌NG③:布団をあまり洗わない
遺伝的素因を持つ方は、ダニやハウスダストへの反応が強くなりやすいです。布団1枚には、1gあたり約1,000〜2,000匹のダニが生息していると言われています(ちょうど爪の先程度の面積あたりに数匹いるイメージ)。ダニの死骸や糞が皮膚に触れることで、かゆみが引き起こされます。シーツや枕カバーは週1回以上の洗濯、布団は防ダニカバーをかけるか2週間に1度は洗濯することが理想的です。これだけで環境因子からの刺激を大幅に減らせます。
遺伝的素因があっても、こうした日々の積み重ねでかゆみを大幅にコントロールできます。これは使えそうです。
かゆみが慢性化している場合は、皮膚科での血液検査(特異的IgE検査)を通じて、自分が反応しているアレルゲンを特定することも、効果的な環境整備のための第一歩になります。
アトピー悪化を招くNG習慣の詳細はこちらも参考になります。
ここまで読んで「結局、遺伝的素因があるとどうしたらいいの?」と感じている方もいると思います。以下では「体質と闘う」のではなく「体質を前提に戦略を立てる」という視点でまとめます。
遺伝的素因は「不利な出発点」ではなく「知っておくべき体の情報」です。遺伝がわかれば対策は立てられます。
🔑 戦略1:スキンケアを「治療」ではなく「インフラ」と考える
遺伝的にフィラグリンが作られにくい体質の場合、保湿剤はフィラグリンの代替物として機能します。ヘパリン類似物質含有クリームやセラミド配合のローションは、皮膚の水分保持能を高めてバリア機能を補完する成分として、皮膚科でも広く推奨されています。1回の使用量の目安は「人差し指の第一関節分(約0.5g)を手のひら2枚分に塗る:ファーストフィンガーチップユニット(FTU)」という基準が参考になります。毎日欠かさず続けることが条件です。
🔑 戦略2:「かゆみ日記」で悪化トリガーを特定する
遺伝的素因が同じでも、かゆみを引き起こす環境因子は人によって異なります。日付・天気・食事・かゆみの強さ(10段階評価)・生活の変化を記録する「かゆみ日記」をつけることで、自分のかゆみトリガーを特定しやすくなります。週単位で振り返ると、「雨の日の翌日に悪化しやすい(湿度変化によるダニ増殖?)」「残業が続いた週はかゆみが増した(ストレス性)」といったパターンが見えてきます。スマートフォンのメモアプリで十分です。一度試してみると気づきがあります。
🔑 戦略3:皮膚科での「プロアクティブ療法」を検討する
かゆみがいったん落ち着いた後に「症状がないから薬をやめる」という判断は、遺伝的素因を持つ方には逆効果になりやすいです。遺伝的にバリアが弱い体質は、炎症が落ち着いた後も続きます。そのため、皮膚科では「見た目がきれいな状態でも低用量のステロイドやタクロリムス軟膏を定期的に塗り続ける」プロアクティブ療法が推奨されています。この療法を実践した患者では、再燃までの期間が大幅に延びることがガイドラインでも認められています。「見た目が改善 ≠ 体質の改善」ということですね。
🔑 戦略4:食事でかゆみに関わる栄養素を意識する(補完的)
遺伝的素因によるかゆみに対して、食事で完治はできません。ただし、以下の栄養素が皮膚の炎症を抑えたり、バリア機能を補助したりする可能性があるとされており、補完的なアプローチとして役立てる方はいます。
これらを「かゆみが治る食品」と期待しすぎるのは禁物です。あくまでも基本のスキンケアと薬物療法を継続した上での補完的な習慣として捉えましょう。これが条件です。
アトピーの総合的な治療方針については、信頼性の高い以下の情報も参照してください。
アトピー性皮膚炎の原因・症状・治療 - アレルギーポータル(日本アレルギー学会公認)