

かゆみを市販薬で治したつもりが、実は約65〜89%の確率で別の病気だったかもしれません。
カンジダ・アルビカンス(Candida albicans)は、私たちの口腔・腸管・皮膚・膣など、体のさまざまな部位に日常的に存在している真菌(カビの一種)です。「真菌」と聞くと外から侵入してくる病原体を想像する人が多いのですが、そうではありません。健康な人の口腔粘膜には約50〜70%の割合でカンジダが検出されるとされており、まさに体の「住人」のような存在です。
つまり「カンジダがいる=病気」ではないということです。
カンジダ・アルビカンスの大きな特徴のひとつが、「二形性(にけいせい)」を持つ点にあります。乾燥や栄養不足など過酷な環境では、酵母型と呼ばれる丸くコンパクトな形をとって休眠状態になります。ところが、体温に近い37℃・湿潤環境といった好ましい条件が揃うと、「菌糸型(きんしがた)」と呼ばれる紐状の形質に変換して、活発に増殖し始めます。この形質転換が起こることで粘膜や皮膚への侵入が始まり、炎症やかゆみを引き起こすのです。
普段はおとなしい菌なのに、条件次第で暴れ出す。これがカンジダ・アルビカンスの本質です。
なお、腟カンジダ症の原因菌のうち約85〜90%がこのカンジダ・アルビカンスであり、残りはカンジダ・グラブラータ(Candida glabrata)などが占めます。グラブラータはアルビカンスと比べて抗真菌薬が効きにくい傾向があるため、治療が難渋するケースもあります。
国立感染症研究所:カンジダ症について(菌種の分布・疫学情報が参照できます)
「なぜカンジダに感染するとあんなに強いかゆみが出るのか?」――この疑問は長年の謎でしたが、2018年に国内の研究チーム(生理学研究所・大阪大学)がそのメカニズムを世界で初めて分子レベルで解明しました。
かゆみの原因はカンジダ・アルビカンスを構成する多糖類の一種「β-グルカン(CSBG)」にあります。菌糸型に変換して増殖する際、カンジダ菌はこのCSBGを大量に放出します。CSBGは皮膚の上皮細胞にある「Dectin-1受容体」を刺激し、細胞内のエネルギー物質ATPを分泌顆粒として放出させます。放出されたATPが末梢の痛覚神経を直接刺激することで、強い痛みやかゆみが生じる仕組みです。
これはかなり複雑な仕組みですね。
さらに研究では、「アロディニア(通常は痛みを感じない刺激を痛いと感じる状態)」が24時間にわたって続くことも確認されています。かゆみの後に残るひりひり感や過敏さも、このATPと神経刺激が関わっていると考えられています。
骨粗鬆症の治療薬として使われていた「クロドロネート」が、マウス実験においてこのATP分泌を抑制し、カンジダによるかゆみを大きく改善したという成果も報告されており、新しい治療標的として注目されています。
生理学研究所プレスリリース:カンジダ感染によるかゆみのメカニズムを解明(β-グルカンとATPの役割について詳しく掲載)
カンジダ・アルビカンスは、何らかの条件が重なることで一気に増殖します。「体が弱ったとき」というざっくりした認識で済ませてしまう人が多いのですが、実はもっと具体的なきっかけがあります。
まず最も多いトリガーのひとつが、抗生物質の使用です。抗生物質は細菌を殺す薬であり、カンジダ菌(真菌)には直接作用しません。それどころか、腸内・膣内の善玉菌(乳酸菌など)まで一緒に減らしてしまうため、カンジダが勢力を拡大しやすくなります。報告によると、外陰膣カンジダ症を発症している女性のうち1/4〜1/3の原因が抗生物質の影響とされています。「風邪の治療で抗生物質をもらったらかゆくなった」という経験がある人がいれば、これが理由です。
抗生物質が原因になるのは意外ですね。
次に多いのが免疫力の低下です。ストレス、睡眠不足、過労、糖尿病、がん治療(抗がん剤・ステロイド投与)などが免疫系に影響し、カンジダ菌の増殖を監視できなくなります。また、妊娠によってエストロゲンというホルモンが上昇すると腟内の環境が変化し、カンジダが増殖しやすくなります。成人女性の腟内には通常15%程度の確率でカンジダが常在していますが、妊婦では約30%に上昇するとされています。
生活習慣面では、通気性の悪い下着・タイツの着用や、汗をかいた後の着替えを怠ることで高温多湿な環境が生まれ、カンジダの増殖を後押しします。砂糖・精製炭水化物を多く含む食事もカンジダのエネルギー源となるため、増殖のリスクを高めます。
| リスク因子 | 影響の仕組み |
|---|---|
| 抗生物質の使用 | 善玉菌が減り、カンジダが増殖しやすくなる |
| 免疫力の低下 | ストレス・睡眠不足・糖尿病・がん治療など |
| 妊娠・ホルモン変化 | エストロゲン上昇により腟内環境が変化 |
| 高温多湿な環境 | 通気性の悪い衣服・おりものシートの長時間使用 |
| 糖分の多い食事 | カンジダ菌のエネルギー源になる |
カンジダ・アルビカンス感染症の代表的な症状は、強いかゆみ・灼熱感・白いポロポロしたおりもの(ヨーグルト状)・外陰部の赤みです。生理の1週間前に悪化しやすいことも知られています。
これで自分で判断できる、と思いがちです。
しかし、ここに大きな落とし穴があります。外陰膣カンジダ症と自己診断した女性のうち、実際に検査で正しく診断できていたのはわずか11〜35%に過ぎないと報告されています(Lancetほか複数の医学文献より)。つまり、自己診断で市販薬を使った場合、65〜89%は別の病気に間違った対処をしている可能性があります。
特に間違えやすいのが細菌性膣炎(細菌性膣症)です。細菌性膣症には抗真菌薬が効きません。それどころか、カンジダ症の市販薬を細菌性膣症に使用すると、腟内の菌バランスをさらに崩して症状を悪化させるリスクがあります。また、カンジダ症と細菌性膣症が混合感染しているケースも多く、その場合は両方を同時に治療しなければ改善しません。
これらを自分で区別するのは非常に困難です。症状が出たときは、まず顕微鏡検査のできる医療機関を受診することが最も確実な対処法です。検査自体は数分〜15分程度で結果がわかります。
カンジダ・アルビカンスの治療には、抗真菌薬が使われます。抗生物質はあくまで細菌に作用する薬なので、カンジダ菌(真菌)には無効です。この点は混同している人が多く、注意が必要なポイントです。
抗真菌薬は必須です。
治療の基本は膣錠(腟坐剤)または外用クリーム(塗り薬)の使用です。軽症〜中等症では局所抗真菌薬を1〜2週間使用します。症状が強い場合や外用薬が効かない場合は、フルコナゾールなどの経口抗真菌薬(内服薬)が選択されます。なお、治療中は症状が和らいでも医師の指示した期間は必ず使い続けることが重要で、途中でやめてしまうと菌が体内に残り再増殖します。
また、腟外の外陰部クリームのみでは不十分な場合が多く、「外側だけ塗っていれば治る」という認識は誤りです。腟内への膣錠処置も必要なケースがほとんどです。
重要なのが再発性外陰膣カンジダ症(RVVC)への対応です。女性の約75%が生涯で少なくとも1回は腟カンジダを経験するとされており、うち約5%が1年に4回以上再発するRVVCの状態になります。RVVCはアレルギー反応と近いメカニズムが関与していると考えられており、体質として繰り返しやすい人が存在します。
RVVCには、米国感染症学会(IDSA)が再発抑制療法を推奨しています。具体的には週1回の内服または週2回の膣錠投与を6か月間続ける方法です。この治療法は日本国内ではまだあまり浸透していませんが、海外では標準的な対応として確立されています。繰り返しカンジダで悩んでいる場合は、かかりつけ医や産婦人科でRVVCの再発抑制療法について相談してみることをおすすめします。
白山レディースクリニック:カンジダ腟炎の解説(75%の発症率・RVVCの基準について記載)
治療で症状が改善した後も、生活習慣を変えなければ再発リスクは下がりません。一度発症した人の約4割が1年以内に再発するというデータもあり、再発予防の取り組みは治療と同じくらい重要です。
再発予防は日々の積み重ねです。
まず下着や衣服の選択から見直してみましょう。カンジダ菌は高温多湿の環境で菌糸型に変換して増殖します。通気性の悪い化学繊維の下着・ぴったりとしたタイツや補正下着の長時間着用は、まさにカンジダが好む環境をつくることになります。綿素材の通気性の良い下着を選び、汗をかいたらこまめに着替えることが基本です。
食事面では、砂糖・白米・パンといった精製炭水化物の過剰摂取を抑えることがカンジダ菌の栄養源を断つことにつながります。同時に、ヨーグルト・キムチ・みそ・ぬか漬けなどの乳酸菌・発酵食品を積極的に摂ることで腸内・腟内の環境を酸性に保ち、カンジダの増殖を抑える働きが期待できます。腟カンジダの再発率が約60〜70%抑制されたというシンバイオティクス(プロバイオティクス+食物繊維)に関する報告も出てきています。
また、膣内をウォシュレットや腟洗浄グッズで過度に洗うのは逆効果です。膣内の善玉菌(ラクトバチルス菌)まで流れてしまい、かえってカンジダが増殖しやすい環境になります。膣内は自浄作用があるため、外陰部を石けんで優しく洗う程度で十分です。
特に抗生物質を服用しなければならない状況(風邪・歯科治療など)では、服用開始前後から乳酸菌製剤やプロバイオティクスサプリを取り入れておくことが、腟カンジダの発症を未然に抑える観点で有効とされています。抗生物質と同時に飲む場合は、3〜4時間ほど間隔を空けることで乳酸菌が抗生物質に殺されにくくなります。
ANSウィメンズクリニック:繰り返すカンジダに効くシンバイオティクスの解説(再発率60〜70%抑制の報告について)