

メルカプトベンゾチアゾール(MBT)は、ゴムを製造するときに「加硫促進剤」として使われる代表的な化学物質のひとつです。
「加硫」は、ゴムを丈夫にして形を安定させる工程で、ここに加硫促進剤が入ることで生産性や性能が上がります。
一方で、皮膚にとっては“触れる可能性が高い工業化学物質”になりやすく、体質や接触量・頻度によってはアレルギー性接触皮膚炎(かぶれ)を起こすことがあります。
特にややこしい点は、「ゴム=天然ゴム(ラテックス)アレルギー」と短絡しがちなところです。
実際には、ラテックスたんぱくではなく、ゴムの加工に使われる化学物質(加硫促進剤など)が原因でかぶれるケースがあり、メルカプトベンゾチアゾールはその代表例としてパッチテスト項目にも入っています。
参考)https://cir.nii.ac.jp/crid/1390282679776302848
つまり「ゴムに触れるとかゆい」でも、原因が“素材そのもの”なのか“製造工程の化学物質”なのかで対策が変わります。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/arerugi/70/3/70_156/_pdf
アレルギー性接触皮膚炎の典型は、接触後すぐではなく、時間がたってから赤み・かゆみ・湿疹が出て、同じものに触れ続けると繰り返す(ときに悪化する)という経過です。
パッチテストでよく使われるアレルゲンの一覧でも、メルカプトベンゾチアゾールは「ゴム、接着剤、冷却材」などに含まれる接触源として整理されています。
「冷却材(クーラント)」が挙がっているのは意外に感じるかもしれませんが、職場で切削油や不凍剤などの工業用流体に触れる人では、手湿疹の原因探索にMBTが候補になることがあります。
症状のヒントとしては、次のような“接触部位の一致”が重要です。
そしてもう一つ、見落としやすいのが「汗・摩擦・密閉」です。
ゴム製品は蒸れやすく摩擦も起きやすいため、皮膚バリアが乱れて“同じ量の化学物質でも反応しやすい状態”になり、かゆみが長引くことがあります。
原因物質の特定に役立つ検査がパッチテストで、メルカプトベンゾチアゾールは検査項目として扱われています。
また、関連する加硫促進剤をまとめた「メルカプトミックス」もパッチテスト項目として整理されており、ゴム製品由来のアレルギーを疑うときに検討されます。
“どれか一つだけ調べれば十分”とは限らず、複数の加硫促進剤が関与する可能性もあるため、医師の判断でテスト項目を組み合わせるのが現実的です。
意外な実務ポイントとして、ジャパニーズベースラインシリーズの解説では、メルカプト系加硫促進剤で熱加硫されたゴム製品では、当初配合された化合物が熱分解し、メルカプトベンゾチアゾールやジベンゾチアジルジスルフィドが残存していることが確認されている、と説明されています。
つまり「製品中に残るのは別の形(分解・変換体)かもしれない」ため、患者側の体感(このゴムでかゆい)と化学的な実態(残存物質)がズレることがあり、問診と検査をセットで進める意味があります。
パッチテスト結果が陽性だった場合は、結果用紙を保管し、生活用品・職場用品の見直しに使うのが効果的です。
受診時に伝えると役立つ情報(メモ推奨)は次の通りです。
メルカプトベンゾチアゾールは、日用品の中では特にゴム靴、ゴム手袋、下着のゴム、タイヤ・チューブ、ゴム風船など幅広いゴム製品に関係し得ると解説されています。
さらに、接着剤、洗剤、工業用製品(切削油、不凍剤、潤滑剤、腐食防止剤など)にも用途が挙げられており、「家庭」だけでなく「職場」起点のかゆみもあり得ます。
MSDマニュアルの表でも、接触源として「ゴム、接着剤、冷却材」が明記されているため、疑う対象をゴム製品だけに絞りすぎないのがポイントです。
回避策は“薬で抑える”より先に、“触れる総量を減らす”が基本になります。
また、研究用試薬のSDSでは、2-メルカプトベンゾチアゾールが「皮膚感作性 区分1(H317)」として注意喚起され、皮膚に付着した場合の洗浄や、発疹が出た場合の受診が記載されています。
一般の生活用品でここまで強い注意書きを目にする機会は少ないため、「少量でも合わない人は合わない」タイプの物質だと認識しておくと、早めの回避につながります。
検索上位では「手袋」「靴」が中心になりがちですが、見落としやすいのが“短時間でも毎日触る”ゴム部品です。
たとえば、イヤホン・ヘッドホンのパッド、ケーブル被覆、工具のグリップ、スポーツ用品の持ち手などは、露出面積は小さくても接触頻度が高く、汗と摩擦が加わると症状が出やすい条件がそろいます。
さらに、接触源として「冷却材」が挙がる点を踏まえると、金属加工・整備・DIYでクーラントや潤滑剤に触れている場合、手湿疹の原因候補にMBTが入ることはもっと知られてよいポイントです。
もう一つの盲点は、「原因製品を替えたのに治らない」ケースです。
ジャパニーズベースラインシリーズの備考にある通り、熱加硫による分解・残存物質の話があるため、製品の“見た目の材質”や“新品かどうか”だけで安全とは言い切れず、検査結果に沿って回避対象を整理する方が確実です。
また、皮膚が荒れていると外用薬の刺激でも悪化することがあるため、自己流で塗り薬を重ねるより、原因探索(パッチテスト)と炎症治療を並行するのが近道になります。
(参考:パッチテストでよく使用されるアレルゲン一覧。メルカプトベンゾチアゾールの接触源として「ゴム、接着剤、冷却材」を確認できる)
https://www.msdmanuals.com/ja-jp/professional/multimedia/table/%E3%83%91%E3%83%83%E3%83%81%E3%83%86%E3%82%B9%E3%83%88%E3%81%A7%E3%82%88%E3%81%8F%E4%BD%BF%E7%94%A8%E3%81%95%E3%82%8C%E3%82%8B%E3%82%A2%E3%83%AC%E3%83%AB%E3%82%B2%E3%83%B3
(参考:日本皮膚免疫アレルギー学会/日本接触皮膚炎研究班の解説。メルカプトベンゾチアゾールの用途例、回避の考え方、熱加硫後の残存物質の説明がある)
https://www.jscia.org/docs/useful_info/patch_result_all_2024.pdf