

市販のかゆみ止めを飲んでいるのに、アトピーのかゆみは一切おさまらない。
アトピー性皮膚炎のかゆみに悩む方の多くが、一度は市販の抗ヒスタミン剤(アレルギー薬)を試したことがあるでしょう。しかし、飲んでも思うようにかゆみがおさまらなかった、という経験をした人は少なくないはずです。その理由は、アトピーのかゆみの主犯が「ヒスタミン」ではないからです。
アトピー性皮膚炎における主要なかゆみ物質として注目されているのが、IL-31(インターロイキン31)と呼ばれるサイトカインです。サイトカインとは、免疫細胞などが分泌して体内にシグナルを伝えるタンパク質の総称です。IL-31は、主に免疫細胞のひとつである「Th2細胞」から産生され、アトピー性皮膚炎の皮膚病変部では過剰に作られていることが報告されています。
IL-31が厄介なのは、感覚神経に直接作用するという点にあります。2023年に理化学研究所が発表した研究では、IL-31は感覚神経に存在する受容体(IL-31RA)に結合し、神経を直接刺激してかゆみを脳に伝えることが実証されました。つまり、肌の表面ではなく、神経レベルで「かゆい」という信号が発せられているのです。
これが基本です。
さらに重要なのは、IL-31は「かゆみの信号を送るだけ」ではないという点です。研究によれば、IL-31は感覚神経の線維が成長・伸長するのを促進する働きも持っています。かゆみに関わる神経がどんどん増えてしまうイメージです。これがアトピー患者さんで「ちょっとした刺激でもすぐかゆくなる」という過敏な状態(かゆみ過敏)に関与していると考えられています。
アトピーは国民の7〜15%が罹患しているとされる「国民病」です(九州大学研究グループ発表)。日本の人口に当てはめると、約900万人〜1,900万人規模に上ります。これほど多くの人が影響を受けているにもかかわらず、長い間「かゆみそのもの」を根本からコントロールする手段が限られていました。
AMED(日本医療研究開発機構):アトピー性皮膚炎発症に関わるIL-31の産生メカニズムについての解説(九州大学研究グループ発表)
IL-31によるかゆみの問題は、「一時的に出て終わり」ではありません。かくことで炎症がさらに悪化し、そこからまたIL-31が産生される、という負のスパイラルが生まれます。これがアトピーの難しさのひとつです。
このかゆみの悪循環を整理すると、以下のような流れになっています。
意外ですね。
脊髄後根神経節とは、脊髄の両側に31対あり、感覚神経の細胞体が集まる場所です。ちょうど脊椎に沿って、首から腰にかけて点在しています。IL-31の受容体はこの神経節に特に多く発現しており、そこから脳への「かゆみ信号」を中継しているのです。
さらに厄介なことに、慢性的なかゆみは夜間に悪化しやすいという特徴があります。布団に入って体が温まると血流が増え、炎症が助長されます。加えて、昼間の緊張が取れてリラックスした状態になると、かゆみを感じやすくなります。アトピー診療ガイドライン2024でも、夜間の慢性的なかゆみが睡眠覚醒周期を乱し、青少年における精神的な症状の発症に関連していることが指摘されています。
これは健康に関わる深刻な問題です。
また、IL-31のかゆみはヒスタミンが関与していないため、抗ヒスタミン剤がほとんど効きません。市販の鼻炎薬やかゆみ止めに含まれる抗ヒスタミン成分は、ヒスタミンによる反応を抑えるのが目的です。アトピーのかゆみの主体はIL-31によるものであるため、こうした薬でアトピーのかゆみをコントロールしようとするのは、残念ながら的外れになることが多いのです。
かゆみが続くと睡眠が取れない、集中できない、ストレスが増す、そしてさらにかゆくなる、という二重・三重の悪循環が続きます。これが、アトピー患者さんの生活の質(QOL)を著しく低下させている根本的な原因のひとつです。
理化学研究所:アトピー性皮膚炎のかゆみ伝達機序を解明(2023年11月発表・Cell Reports掲載)
こうしたIL-31によるかゆみのメカニズムが解明される中で、2022年に世界で初めて日本で承認されたのが、ミチーガ®(一般名:ネモリズマブ)です。ミチーガはマルホ株式会社が発売し、中外製薬が創製した国産の抗体医薬品です。
ミチーガの仕組みはシンプルです。IL-31が神経の受容体(IL-31RA)に結びつく前に、その「鍵穴」を抗体でブロックします。鍵が鍵穴に刺さる前に塞いでしまうイメージです。これにより、IL-31からの「かゆみ指令」が感覚神経に届かなくなります。
つまり、原因物質であるIL-31の働きを根元から断つことができます。
臨床試験の結果は注目に値します。京都大学・椛島健治教授らの研究グループが、13歳以上のアトピー性皮膚炎患者215人を対象に行った国内第III相臨床試験(New England Journal of Medicine掲載)では、以下のような結果が得られました。
| 評価項目(16週後) | ミチーガ群 | プラセボ群 |
|---|---|---|
| かゆみVASスコアの改善率 | 約42.8%改善 | 約21.4%改善 |
| 皮膚炎EASIスコアの改善率 | 約45.85%改善 | 約33.24%改善 |
プラセボの約2倍のかゆみ改善効果が確認されました。しかも注目すべきは、投与開始1週目から有意な差が見られた点です。速やかにかゆみを改善できるという点は、長期間かゆみに悩んできた患者さんにとって大きな希望といえます。
これは使えそうです。
ミチーガの適応は6歳以上のアトピー性皮膚炎および13歳以上の結節性痒疹(いずれも既存治療で効果不十分な場合)です。2024年6月からは6歳以上の小児にも適応が拡大されました。投与方法は4週間に1回の皮下注射で、13歳以上のアトピー性皮膚炎には60mgシリンジが使われます。60mg製剤は在宅での自己注射も可能です。
薬価については、ミチーガ皮下注用60mgシリンジが1本117,181円(3割負担で約35,150円)となっています。決して安くはありませんが、高額療養費制度の利用も条件によっては可能です。受診する医療機関で事前に確認しておくとよいでしょう。
「かゆみには抗ヒスタミン剤」というのが、多くの人の常識かもしれません。実際、花粉症や蕁麻疹(じんましん)に対しては抗ヒスタミン薬が有効です。しかし、アトピー性皮膚炎のかゆみにおいては、この常識がほとんど当てはまりません。
なぜかゆみが改善しないのでしょうか?
答えはシンプルです。アトピーのかゆみの本体はヒスタミンではなく、IL-31をはじめとするサイトカインによって直接引き起こされる「ヒスタミン非依存性のかゆみ」だからです。ヒスタミンをブロックする薬を飲んでも、IL-31による神経への信号は止まりません。
「抗ヒスタミン薬は、アトピー性皮膚炎・腎臓・肝臓疾患・乾皮症・乾癬・痒疹・HIV感染症などのかゆみには効かない」(順天堂大学環境医学研究所)
これが条件です。
アトピーのかゆみに関わるサイトカインとして特に重要なのはIL-31だけでなく、IL-4とIL-13も挙げられます。これらのサイトカインは皮膚バリア機能の低下や炎症にも深く関わっています。なかでも、IL-4によって感覚神経が過敏化した状態になると、そこにIL-31が作用することで、さらに強いかゆみが誘発されるという「相乗効果」も報告されています。
現在、アトピー性皮膚炎に対しては、このような複数のサイトカインを標的とした治療薬が開発・承認されています。IL-4・IL-13を同時に抑えるデュピクセント®(デュピルマブ)、IL-31受容体を標的とするミチーガ®(ネモリズマブ)、JAK(サイトカインのシグナル伝達経路)を阻害する内服薬などがあり、患者さんの状態に応じた選択が可能になっています。
かゆみが強くて日常生活に支障をきたしているにもかかわらず、「市販薬で乗り切ろう」としている方は、一度皮膚科専門医に相談することを検討してみてください。特にかゆみが睡眠に影響している場合、早期に適切な治療を受けることで、生活の質が大きく変わる可能性があります。
順天堂大学環境医学研究所:なぜアトピーのかゆみに抗ヒスタミン薬が効かないのかの解説記事
ミチーガ(ネモリズマブ)は大きな進歩をもたらしましたが、科学者たちはさらに先の治療を目指した研究を続けています。その中で注目されているのが、STAT3(転写因子)という分子の働きを阻害するアプローチです。
2023年、理化学研究所の研究グループが『Cell Reports』誌に発表した内容によれば、IL-31が感覚神経のIL-31受容体に作用した後、下流でSTAT3という転写因子が活性化することが、かゆみ誘導に必須であることが明らかになりました。
どういうことでしょうか?
IL-31受容体を持たない(欠損させた)マウスではIL-31によるかゆみが消失しましたが、STAT3を感覚神経だけで欠損させたマウスでも、同様にIL-31によるかゆみがまったく観察されなかったのです。さらに驚くべき点は、STAT3は感覚神経がIL-31受容体を発現するためにも必要であること、つまり「STAT3がなければ、そもそもIL-31受容体も作られにくい」という関係が発見されたことです。
結論は、STAT3がかゆみの二重の要衝を担っているということです。
この発見の意義は非常に大きいです。現在使われているIL-31受容体を標的とするミチーガのような抗体医薬品は、分子量が大きく(高分子)、神経節など体の深部に届かせることが難しい側面があります。一方、STAT3を阻害する「小分子阻害薬」であれば、体内の深部にある神経組織への移行が比較的容易になる可能性があります。
また、感覚神経のSTAT3が、IL-31によるかゆみだけでなく、IL-31に依存しない「炎症性のかゆみ全般」にも重要な役割を担っていることも示されました。つまり、STAT3阻害薬が開発されれば、IL-31以外のルートで起こるかゆみにも広く効く、より多くの患者さんに対応できる治療薬となる可能性があります。
現時点ではSTAT3阻害薬の開発にはまだ時間がかかりますが、今後のアトピーかゆみ治療の有力な選択肢として期待されています。かゆみに悩んでいる方にとって、こうした研究の進歩は確実に、より良い治療環境へとつながっていきます。
アトピーのかゆみは「仕方ないもの」ではなくなってきています。担当医師に最新の治療オプションについて積極的に相談してみることが、かゆみとの付き合い方を変える第一歩となるでしょう。
理化学研究所:感覚神経のSTAT3がIL-31依存的・非依存的なかゆみ両方に関与することを解明(Cell Reports 2023年掲載)