

アトピー性皮膚炎のかゆみは、抗ヒスタミン薬を飲んでも治まらないことがほとんどです。
ネモリズマブは、商品名「ミチーガ®」として2022年に国内で発売された生物学的製剤です。製品名の由来はMitigate the Itch(かゆみを和らげる)。その名の通り、アトピー性皮膚炎の「かゆみ」を主たる標的とした世界初・日本初のヒト化抗ヒトIL-31受容体Aモノクローナル抗体です。
従来のかゆみ治療薬(抗ヒスタミン薬など)とは根本的にアプローチが異なります。これが重要なポイントです。
抗ヒスタミン薬は蕁麻疹には有効ですが、アトピー性皮膚炎のかゆみにはヒスタミン以外のメディエーター——とりわけIL-31が深く関与しているため、抗ヒスタミン薬だけでは抑えられないケースが多いことが明らかになっています。ネモリズマブはこの「ヒスタミン以外のかゆみ」を担うIL-31の経路を直接ブロックする薬として開発されました。
中外製薬が創製し、マルホ株式会社が国内の臨床試験・販売を担っています。薬価は60mgシリンジ1本で約117,000円(1日薬価:約4,185円)と高額なため、使用対象は「既存の治療で効果が不十分な場合」に限定されています。つまり、まず標準的なスキンケアや外用療法を継続したうえで、それでも改善しない難治性のかゆみに使う薬と位置づけられています。
PMDAが公開するミチーガ®適正使用ガイド(ネモリズマブの作用機序・適正使用条件について詳しく記載)
作用機序を理解するには、まず「IL-31がどうやってかゆみを引き起こすか」を知る必要があります。
IL-31は、主に活性化されたTh2細胞(ヘルパーT細胞の一種)から産生されるサイトカインです。このIL-31は、皮膚に分布する末梢神経の終末部分や後根神経節の細胞体に発現している受容体「IL-31RA(IL-31受容体A)」に結合します。これが鍵と鍵穴の関係です。
IL-31RAに結合したIL-31は、隣にある「OSMR(オンコスタチンM受容体)」と組み合わさってヘテロ二量体を形成し、細胞内のJAK(ヤヌスキナーゼ)/STATシグナル経路を活性化します。結果として「かゆい」という信号が中枢へと伝達されます。
ネモリズマブはこのIL-31RAに対するモノクローナル抗体です。IL-31と競合的にIL-31RAへ結合することで、IL-31がIL-31RAに結びついてしまうのを阻害します。IL-31が受容体に触れられなくなれば、その先のシグナル伝達も起きません。つまり、かゆみの「指令」が神経に届かなくなるということです。
さらに注目すべき点があります。IL-31は後根神経節の神経線維の伸長を促進する作用も持っています。神経が皮膚に過剰に入り込むほど、かゆみに対する過敏性が増してしまうのです。ネモリズマブがIL-31の働きをブロックすることは、かゆみのシグナルを止めるだけでなく、こうした「かゆみ感受性の過亢進」を抑える可能性にも関わっています。
結節性痒疹にも有効な理由もここにあります。IL-31は免疫細胞からのサイトカイン産生を誘導し、表皮角化細胞の分化を抑制し、コラーゲン産生を促すことで結節性の皮疹形成にも関与しているため、ネモリズマブはかゆみだけでなく皮疹の形成にも影響するのです。
かゆみに悩む方がよく疑問に思うのが「デュピクセントとの違い」です。どちらも注射薬で同じアトピー性皮膚炎に使いますが、狙っている標的がまったく異なります。
デュピクセント(デュピルマブ)はIL-4受容体α(IL-4Rα)に結合し、IL-4とIL-13の両方のシグナルをブロックします。IL-4・IL-13はアトピー性皮膚炎の「炎症」を引き起こす中心的なTh2サイトカインです。炎症が治まると間接的にかゆみも改善する、というルートで効果を発揮します。
一方のネモリズマブが狙うIL-31は、炎症作用はそれほど強くありませんが、感覚神経を直接刺激してかゆみを起こす能力が高い物質です。つまり、炎症よりもかゆみに直接作用する薬と考えてよいでしょう。
| 比較項目 | ネモリズマブ(ミチーガ®) | デュピルマブ(デュピクセント®) |
|---|---|---|
| 標的 | IL-31RA(IL-31受容体A) | IL-4受容体α(IL-4Rα) |
| 主な効果 | かゆみを直接抑制 | 炎症を抑制→かゆみが間接的に改善 |
| 向いている状態 | 皮疹は軽めだが強いかゆみが残る | 炎症・皮疹が広範囲で重症 |
| 適応(2024年時点) | アトピー性皮膚炎のかゆみ(6歳以上)、結節性痒疹 | アトピー性皮膚炎全般など |
臨床の現場でも「皮疹はそれほど広くないがとにかくかゆみが強い患者さんにはミチーガが向いている」という判断がされることがあります。これはネモリズマブのかゆみへの直接作用という特性を踏まえた使い分けです。
なお、臨床試験において皮膚炎の重症度スコア(EASI)や睡眠障害スコア(ISI)の改善も確認されていますが、これはかゆみが治まることで掻破行動が減り、皮膚への物理的ダメージが減ったことによる副次的な効果と考えられています。かゆみを止めることが、炎症の悪循環(イッチ・スクラッチ・サイクル)を断ち切ることにつながるのです。
日本生化学会「生化学」誌(2025年)「痒みを標的とした創薬開発」(ネモリズマブとデュピルマブの作用の違いについて専門的に論じられています)
ネモリズマブの特筆すべき点の一つが、その効果発現のスピードです。意外です。
日本で実施された国内第Ⅲ相臨床試験(NEJMに掲載、2020年)では、13歳以上の中等症〜重症アトピー性皮膚炎患者を対象に、ネモリズマブ60mgを4週ごとに皮下投与するグループとプラセボグループを比較しました。
主要評価項目である「投与16週後のかゆみVAS(視覚的アナログスケール)変化率」では、次のような結果が出ています。
| 評価項目 | ネモリズマブ群 | プラセボ群 |
|---|---|---|
| かゆみVAS変化率(16週後) | −42.8% | −21.4% |
| 皮膚科QOL指数(DLQI)4以下の割合 | 40% | 22% |
| 不眠重症度指数(ISI)7以下の割合 | 55% | 21% |
かゆみのスコアはプラセボの約2倍改善されており、不眠の改善率に至っては55%対21%と大きな差が出ています。これが重要な数字です。
さらに注目したいのが「投与翌日からかゆみの有意な改善が認められた」という点です。成人・13歳以上では投与翌日、6歳以上13歳未満では投与3日後からプラセボとの有意差が確認されています。他の全身療法と比較しても、これほど早い段階でかゆみが改善するのはネモリズマブに特有の特徴とされています。
また、2024年にLancetに掲載されたARCADIA試験(国際共同フェーズ3試験)でも、ネモリズマブの有効性と安全性が改めて確認されています。この試験では外用薬との併用も評価されており、かゆみおよび皮膚症状の両方に有意な改善が示されました。
日本人患者のデータがNEJM(ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディシン)というトップジャーナルに掲載されたことは、ネモリズマブの信頼性を裏付けるエビデンスとして非常に意義があります。
新薬情報オンライン「ミチーガ皮下注(ネモリズマブ)の作用機序【アトピー性皮膚炎】」(臨床試験データの詳細な解説あり)
ここは検索上位ではあまり語られない、重要な落とし穴の話です。
ネモリズマブはかゆみをターゲットとした薬であり、「炎症そのもの」を直接抑える作用は限定的です。臨床試験でもAD悪化の割合はネモリズマブ群(24%)とプラセボ群(21%)で大きな差はありませんでした。つまり、かゆみが止まっても炎症が残っているケースがある、ということです。
よくある誤解があります。「かゆくなくなったからもうステロイド外用薬を塗らなくていい」という判断です。これが危険です。かゆみが消えると、掻く動作が減り皮膚の状態が一時的に改善したように見えることがあります。しかし外用療法をやめると炎症が再燃し、皮膚バリア機能の回復が止まり、かえって長期的な悪化につながることがあります。
臨床的には「ネモリズマブを使いながらも、ステロイド外用薬やプロトピック軟膏、保湿剤による外用療法は原則として継続する」とされています。外用療法が基本です。
また、ネモリズマブはIL-31RAをブロックする一方で、IL-31RAは好酸球・好塩基球・肥満細胞などの免疫細胞や角化細胞にも発現しています。つまり、IL-31はかゆみだけでなく、皮膚の炎症やバリア機能低下にも一定の役割を果たしている可能性があります。この点については、長期使用データのさらなる蓄積と研究が期待されています。
かゆみが取れると日常生活の質は大きく向上します。それは確かです。しかし、その状態を持続させるためには外用療法との組み合わせが欠かせません。ネモリズマブを最大限活かすには、「かゆみ止め+スキンケア継続」の両輪で考えることが条件です。
厚生労働省「最適使用推進ガイドライン ネモリズマブ(遺伝子組換え)」(適正使用の条件・外用療法の併用についての記載あり)