

かゆみで悩んでいる場合、抗ヒスタミン薬を飲んでも効かないなら、アドレナリン(エピネフリン)系の問題かもしれません。
エピネフリンとアドレナリンは、化学式C₉H₁₃NO₃で表される完全に同一の物質です。「名前が違うから成分も違うのでは」と思いがちですが、これは大きな誤解です。つまり、同じ物質ということですね。
なぜ2つの名前が存在するのかというと、歴史的な経緯が深く関係しています。1900年に日本人科学者の高峰譲吉と助手の上中啓三がウシの副腎から世界で初めてこの物質を結晶化に成功し、「アドレナリン(adrenaline)」と命名しました。ラテン語で「ad(〜の近くに)+ren(腎臓)」、つまり「副腎に由来する物質」という意味です。
一方、ほぼ同時期にアメリカのジョン・ジェイコブ・エイベルという研究者が「エピネフリン(epinephrine)」という名称を提唱しました。こちらはギリシャ語の「epi(〜の上に)+nephros(腎臓)」に由来します。意味は同じ「副腎由来」ですが、語源の言語がラテン語かギリシャ語かの違いにすぎません。
歴史的な主導権争いの結果、アメリカでは「エピネフリン」が採用され、ヨーロッパでは「アドレナリン」が使われ続けました。日本はアメリカの影響を受け、1971年から「エピネフリン」を公式名称としていましたが、2006年4月の第十五改正日本薬局方において、高峰譲吉の業績を称えて「アドレナリン」に正式に変更されました。この名称逆転は意外ですね。
現在、日本の医療現場では「アドレナリン」が正式名称ですが、現場では年配の医師や看護師が「エピ(エピネフリン)」と呼ぶことも珍しくありません。カルテや処方箋で「エピネフリン」と書かれていても、それは「アドレナリン」と同じ薬だと理解しておけばOKです。
| 項目 | アドレナリン | エピネフリン |
|---|---|---|
| 語源 | ラテン語(副腎の意) | ギリシャ語(副腎の意) |
| 命名者 | 高峰譲吉(日本、1900年) | J.J.エイベル(アメリカ) |
| 主な使用国 | 日本・欧州 | アメリカ |
| 化学式 | C₉H₁₃NO₃(完全に同一) | |
| 日本薬局方 | 2006年〜現在の正式名 | 2005年以前の正式名 |
参考:日本における名称変更の経緯と高峰譲吉の業績について詳しい解説があります。
かゆみで悩む方にとって「アドレナリン(エピネフリン)」という物質は、実は非常に重要なキーワードです。アドレナリンはかゆみの原因物質であるヒスタミンの放出を抑える働きを持っています。これは使えそうです。
かゆみが起こる仕組みを整理すると、次のような流れになります。アレルゲン(花粉・食べ物・虫刺されなど)が体内に入る → 免疫細胞(肥満細胞)が活性化される → 肥満細胞からヒスタミンが大量放出される → ヒスタミンが神経を刺激してかゆみが生じる、という流れです。
アドレナリン(エピネフリン)はこの流れの「肥満細胞からのヒスタミン放出」を抑制する方向に働きます。また、気管支を拡張させ、血圧を維持する作用もあるため、アナフィラキシーという命に関わる重篤なアレルギー反応の治療では、抗ヒスタミン薬よりもアドレナリン注射が第一選択とされています。
実際、アナフィラキシーの治療ガイドラインでは、抗ヒスタミン薬はあくまでかゆみや蕁麻疹などの皮膚症状への補助的な治療に位置づけられており、生死に関わる症状にはアドレナリンが必須です。アドレナリンが条件です。
一般向けのアドレナリン自己注射薬として「エピペン®」があります。食物アレルギーや蜂アレルギーなど、アナフィラキシーを起こしやすい人が処方を受け、外出時に携帯するものです。日本では体重15kg以上の患者に0.15mg製剤が、体重30kg以上の患者に0.3mg製剤が処方可能です。アナフィラキシーの疑いがある症状が出たら、エピペン®を太ももに筋肉注射してすぐに救急を呼ぶことが基本です。
参考:アナフィラキシーにおけるエピペン(アドレナリン)の使用法と注意点
アナフィラキシー補助治療薬「エピペン(アドレナリン)」(巣鴨千石皮フ科)
「アドレナリンはかゆみを抑える」と説明しましたが、実は逆の現象も存在します。それが「アドレナリン性蕁麻疹(コリン性蕁麻疹の一種)」です。ストレス・緊張・激しい運動などで体内のアドレナリンやノルアドレナリン(ノルエピネフリン)が急激に上昇すると、かゆみを伴う蕁麻疹が出ることがあります。意外ですね。
この蕁麻疹の特徴は、1〜3mm程度の小さな膨疹(ふくらみ)が多数でき、強いかゆみが生じることです。発症するのは「試験前の緊張」「職場でのプレッシャー」「スポーツの本番」など、心身にストレスがかかるタイミングが多く、蕁麻疹=食物アレルギーというイメージを持っている人には想定外の原因です。
通常の蕁麻疹では抗ヒスタミン薬が有効ですが、アドレナリン性蕁麻疹は抗ヒスタミン薬が効きにくいケースも多いとされています。日本皮膚科学会の皮膚瘙痒症ガイドライン(2020年)でも「汎発性皮膚瘙痒症のかゆみは一般に抗ヒスタミン薬が奏功しにくい」と明記されており、原因によって治療薬を変える必要があるのが現実です。
つまり「かゆみ=抗ヒスタミン薬で対処」だけでは不十分なことがあります。かゆみの引き金がストレスや緊張であれば、ストレスを軽減するアプローチも並行して重要です。具体的には、症状が2週間以上続く場合や日常生活に支障が出る場合は、皮膚科を受診して正確な診断を受けることが先決です。
ストレス性のかゆみに対しては、以下のようなセルフケアも組み合わせると効果的とされています。
「エピネフリン」「アドレナリン」が同じ物質とわかったところで、混同しやすい「ノルアドレナリン(ノルエピネフリン)」との違いも整理しておきましょう。これが基本です。
アドレナリン(エピネフリン)とノルアドレナリン(ノルエピネフリン)はどちらも副腎髄質から分泌されるホルモンであり、「カテコールアミン」という物質群に属します。ノルアドレナリンはアドレナリンの前駆体(アドレナリンへ変換される一つ手前の物質)でもあります。合成経路は「チロシン→ドーパミン→ノルアドレナリン→アドレナリン」という順です。
最も大きな違いは、それぞれが働く「受容体の種類と割合」です。アドレナリンは心臓のβ₁受容体と肺・骨格筋のβ₂受容体に強く作用し、心拍数増加・気管支拡張・血糖上昇などを引き起こします。対してノルアドレナリンはα受容体への作用が強く、主に血管収縮と血圧上昇が中心的な働きになります。
かゆみとの関係でいえば、アドレナリンはアナフィラキシー時のかゆみ・腫れ・呼吸困難を全体的に抑えるのに対し、ノルアドレナリンは主に血圧低下に対処するために使われます。ノルアドレナリンのワンショット静脈注射は、急激な血圧上昇を招くため禁忌とされており、医療現場では細心の注意が必要です。厳しいところですね。
| 項目 | アドレナリン(エピネフリン) | ノルアドレナリン(ノルエピネフリン) |
|---|---|---|
| 主な作用受容体 | α・β₁・β₂受容体 | α・β₁受容体(β₂はほぼなし) |
| 心臓への作用 | 心拍数増加・収縮力増強 | 収縮力増強(心拍数はあまり変わらない) |
| 血管への作用 | 全体的に拡張(筋肉・肝臓) | 強い血管収縮 |
| 気管支 | 拡張(かゆみ・アナフィラキシーに有効) | 作用弱い |
| 主な使用場面 | アナフィラキシー・心停止・喘息 | 血圧低下・ショック |
参考:アドレナリンとノルアドレナリンの作用の違いについて詳しく解説されています。
ここまでの内容を踏まえ、かゆみで悩む人が実際の生活でどう活かすかをまとめておきます。かゆみが抗ヒスタミン薬で改善しないとき、アドレナリン系のホルモンバランスや自律神経の乱れが背景にある可能性があります。
まず知っておきたいのは「歯科治療とアドレナリン(エピネフリン)の関係」です。歯科麻酔に使われるリドカイン系の麻酔薬には、アドレナリン(エピネフリン)が血管収縮薬として配合されていることが多くあります。これは麻酔効果を高め、出血を抑えるためですが、このアドレナリン成分が吸収されると動悸・血圧上昇・発疹・かゆみを引き起こすことがあります。歯科治療後にかゆみや蕁麻疹が出た経験がある場合は、次の受診時に必ず歯科医師に申告することが重要です。
また、かゆみとアドレナリンには「闘争・逃走反応(fight-or-flight response)」という観点からも興味深い関係があります。強い恐怖やパニック時に分泌されるアドレナリンは、痛みの感覚を一時的に麻痺させる作用も持ちます。骨折しても気づかないほど痛みが消えるケースもあるくらいです。これは使えそうです。これはかゆみ刺激に対しても同じで、極度の興奮状態ではかゆみを感じにくくなることがあります。反対に、リラックス時にかゆみが強くなる(夜間のかゆみが強い)のはアドレナリンが少なくなるためです。
夜になるとかゆみが増す理由には、副腎からのアドレナリン分泌が昼間より少なくなること、さらに体温上昇でヒスタミンが活発になること、副交感神経が優位になることなど複数の要因が関係しています。つまり夜のかゆみ対策には、体を冷やさず、リラックスしすぎない環境づくりも含まれます。
かゆみは単純に見えて、ヒスタミン・アドレナリン・自律神経・ストレスなどが複雑に絡み合う症状です。「なかなか治らないかゆみ」には必ず理由があります。自己判断で市販薬を使い続けるのではなく、2週間以上続く場合や日常生活に支障が出る場合は皮膚科への相談が大切です。かゆみに注意すれば大丈夫です。
参考:かゆみのメカニズムと抗ヒスタミン薬が効かない場合の詳細な解説
皮膚瘙痒症診療ガイドライン2020(日本皮膚科学会)