

犬のかゆみが「ほとんどない」のに、毛がごっそり抜けていたら皮膚糸状菌症かもしれません。
皮膚糸状菌(ひふしじょうきん)は、人の水虫に近い仲間のカビで、皮膚・毛・爪に感染して皮膚病を引き起こす真菌の一種です。顕微鏡で観察すると糸のような形をしていることから「糸状菌」という名前がついています。犬に感染する主な菌種は Microsporum canis(ミクロスポラム・カニス) と Trichophyton spp.(トリコフィトン属) の2種類で、どちらも直接接触によって感染が成立します。
「カビ」と聞くと異常なものに感じますが、実は健康な犬や人の皮膚の上にも少量の真菌は常在しています。問題になるのは、免疫力の低下や皮膚バリアの傷つきをきっかけに菌が急増したときです。特に子犬・老犬・基礎疾患のある犬はリスクが高まります。
つまり「菌がいる=即発症」ではありません。
感染経路はいくつかに分かれます。感染している犬・猫との直接接触、汚染されたブラシ・タオル・寝具・リードなどの用品を介した間接接触、そして土壌中の菌からの感染(穴掘りが好きな犬に多い)の3パターンが代表的です。動物病院・トリミングサロン・ペットホテルなどで他の動物の抜け毛に触れることも感染経路になり得ます。注意が必要なのは、ハムスターやうさぎなどのげっ歯類が無症状でも菌を保有している場合がある点で、多頭飼いや異種動物を同居させている家庭では特別な注意が求められます。
| 感染経路 | 具体的な場面 |
|---|---|
| 直接接触 | 感染した犬・猫・うさぎなどとの触れ合い |
| 間接接触 | ブラシ・タオル・リード・寝具の共用 |
| 環境接触 | 感染した毛やフケが落ちた床・カーペット |
| 土壌 | 土遊び・穴掘りが好きな犬 |
品種による差も報告されており、ヨークシャー・テリア・ペキニーズ・ジャックラッセルテリアは重症化しやすい傾向があります。梅雨時期から残暑にかけては温度・湿度が菌の増殖に適しているため、感染報告が増える季節です。
動物専門の真菌ラボ「mycolabo」による犬猫の皮膚糸状菌症完全ガイド(飼い主向け)。感染経路・診断・治療・環境ケアまで網羅した権威ある情報源です。
皮膚糸状菌症で最も特徴的な症状は「円形の脱毛」です。英語では「リングワーム(Ringworm)」とも呼ばれ、コインや消しゴムほどの丸い形で毛が抜ける様子が典型的です。この脱毛は頭部・顔面・前肢に発症しやすく、左右非対称に現れる傾向があります。症状が出ている部分と出ていない部分の境界がはっきりしているのも特徴のひとつです。
意外ですね。
かゆみの程度は様々ですが、強烈なかゆみを伴うことは少なく、犬がしきりに体を搔いたり舐めたりしている場合は、むしろ他の皮膚病(アトピーやマラセチア皮膚炎など)の可能性も考えられます。脱毛に気づいても「かゆそうにしていないから大丈夫」と判断するのは危険です。症状が軽くても菌はすでに環境中に広がっている場合があります。
脱毛だけが症状ではありません。
皮膚糸状菌症では、脱毛に加えて以下のような症状が組み合わさって現れることがあります。
初期症状は足先や顔など皮膚糸状菌と接触しやすい末端部に出る傾向があります。その後、犬が患部を舐めることで他の部位へ症状が拡大することも多く見られます。また、皮膚糸状菌にだけ現れるユニークな症状はないため、見た目だけでは他の皮膚病との区別が難しく、動物病院での検査が不可欠です。
「見た目でわからない」が基本です。
特に警戒が必要なのは、毛が少しずつ薄くなってきた・フケが増えた・皮膚に小さな赤みが出てきたといった初期の変化です。これらに気づいた場合は、自宅での様子見よりも早めの受診が治療期間の短縮につながります。
KINS WITH動物病院グループ(日本獣医皮膚科学会認定医監修)による皮膚糸状菌症の症状・検査・治療の詳細解説。症状の具体的な描写を確認できます。
皮膚糸状菌症は「人獣共通感染症(ズーノーシス)」のひとつで、犬から飼い主や同居家族へ感染するリスクがあります。これを知らずに治療中の犬を素手で抱っこしたり、一緒に寝たりしていると、いつの間にか家族にも症状が出ていた、ということが実際に起こります。
感染したまま見過ごすと健康被害が出ます。
人に感染した場合の典型的な症状は、ドーナツ状(リング状)の赤い発疹です。発疹ができやすい部位は顔・首・胸元・腕の内側など、ペットと触れ合いやすい柔らかい部分です。軽症であれば皮膚の赤みと軽いかゆみが主な症状ですが、長期間放置したり免疫が低下している状態だと、炎症がひどくなりただれてしまうこともあります。頭部に感染した場合(ケルスス禿瘡)は、適切な治療が遅れると脱毛の後遺症が残るケースも報告されています。
子どもや高齢者は特に感染リスクが高く、注意が必要です。
もうひとつ見落とされがちな重要な事実があります。環境中に落ちた皮膚糸状菌の胞子は、非常に丈夫で「1年間」感染力を保ったまま生存できるというデータがあります。これはつまり、犬の症状が治まったように見えても、部屋の床・カーペット・カーテン・ソファに菌の胞子が残っていれば、そこから再感染が起こるリスクがあるということです。
1年間は菌が生きています。
家族への感染を防ぐための基本的な行動として、以下を参考にしてください。
自己判断でかゆみ止めやステロイドを塗ると、菌が繁殖しやすくなり悪化するリスクがあります。必ず皮膚科の受診を先行させてください。
サーカス動物病院による「犬の皮膚糸状菌症と人間への感染リスク」の解説。環境中での感染力保持期間についての具体的な情報が記載されています。
皮膚糸状菌症は「見た目だけでは診断できない病気」です。他の皮膚病(アレルギー性皮膚炎・マラセチア皮膚炎・脂漏症など)とよく似た症状を示すため、複数の検査を組み合わせた総合的な判断が必要になります。自己判断で「たぶんカビかな」と市販薬で対処するのは危険で、正確な診断を得ることが治療の出発点になります。
まず検査から始めるのが基本です。
動物病院では主に以下の検査を組み合わせて診断が行われます。
これらの検査のうち、1つだけで確定診断するのではなく、複数の検査結果と皮膚症状を総合的に組み合わせて判断するのが標準的なアプローチです。ウッド灯検査は特にMicrosporum canis(犬に最も多い菌種)に有効ですが、Trichophyton属の菌はウッド灯では光らないため注意が必要です。
「光れば確定」ではありません。
症状が消えたとしても自己判断で治療をやめるのは再発の原因になります。治療終了の判断は培養検査で2回連続して陰性が確認されてから行うのが正しい手順で、獣医師の指示に従って最後まで治療を続けることが重要です。
皮膚糸状菌症の治療は「犬の体への治療」と「生活環境のクリーニング」を同時並行で行うことが大原則です。犬の症状を薬で治しても、部屋の中に菌の胞子が残っていれば再感染してしまいます。この2本立てを怠ると、治ってはまた再発するという悪循環に陥りやすくなります。
両方同時にやることが条件です。
犬への治療は、症状の範囲や重症度によって3つのアプローチが選ばれます。
まず抗真菌薬の内服(イトラコナゾール・テルビナフィンなど)が最も一般的な治療です。治療期間は最低でも6週間以上、多くの場合は1〜3か月継続します。服用中は肝臓への負担がかかることがあるため、定期的な血液検査が必要になります。嘔吐・下痢・食欲不振などの消化器症状が出た場合はすぐに担当獣医師に相談してください。
次に抗真菌薬の外用薬・塗り薬です。クリームタイプやローションタイプがあり、内服薬の補助として使われます。注意点は「犬が舐めないようにすること」で、必要に応じてエリザベスカラーを使用し、1日中装着するのではなく時間を区切って使うことが推奨されます。
そして薬用シャンプーによる薬浴です。ミコナゾールやクロルヘキシジンなどの抗菌成分を含む薬用シャンプーが皮膚糸状菌症に対して有効とされています。シャンプーの際に激しくこすると菌が環境中に飛散するリスクがあるため、やさしく丁寧に洗うことが大切です。
これは使えそうです。
自宅での環境ケアについては、週2回を目安に徹底した掃除と消毒を行うことが推奨されます。消毒には、家庭用キッチンハイター(次亜塩素酸ナトリウム6%)を100倍に薄めた液が有効です。作り方は「ハイター2mlを水198mlで薄める」だけです。これをスプレーして10分置いてから水拭きします。ただし漂白作用があるため、色落ちしては困る場所では事前に目立たない部分でテストを行ってください。
洗濯物は通常の洗剤で最長コースを2回繰り返すことで、消毒薬を使わずとも菌を除去できるとされています。カーペット・ペットベッド・ソファカバー・クッションカバーはこまめに洗濯することが重要です。
治療費用の目安については、軽度の場合(外用薬・シャンプー療法のみ)は2か月・6回通院で1万5,000円前後が一般的な報告値です。中程度〜重度になり内服薬が加わると、総額で3万〜5万円以上になることもあります。ペット保険に加入している場合は適用される場合が多いため、加入内容を事前に確認しておくと安心です。
西山動物病院による「皮膚糸状菌に罹患したペットの在宅管理」。チェックポイント形式で隔離・消毒・洗濯・投薬の自宅ケア方法が詳しく解説されています。