腸内細菌の種類と数
1000種類100兆個の腸内細菌が作るフローラの正体
私たちの腸内には、想像を絶する数の微生物が住み着いています。その数は、従来「約100兆個」と言われてきましたが、近年の遺伝子解析技術(メタゲノム解析)の進歩により、より精緻な推計では「約40兆個」とも、あるいは微細なものを含めると「600兆〜1000兆個」に達するという説まで存在しており、研究手法によってその数値には幅があります 。しかし、いずれにせよ、私たちの体を構成する細胞数(約37兆個)と同等か、それ以上の数の「他者」が体内に共生しているという事実は変わりません。
参考)https://www.iab.keio.ac.jp/research/highlight/papers/201911261340.html
これらの細菌は決して無秩序に存在しているわけではなく、種類ごとにグループを作って腸壁にびっしりと張り付いています。その様子が、色とりどりの草花が咲き乱れる「お花畑(フローラ)」に見えることから、「腸内フローラ(腸内細菌叢)」と呼ばれています。このフローラを構成する「種類」に関しては、かつては培養技術の限界から数百種類程度と考えられていましたが、現在では「約1,000種類」、あるいはそれ以上の多種多様な菌が確認されています 。
参考)https://www.eiken.co.jp/uploads/modern_media/literature/P1-6.pdf
驚くべきことに、これらの腸内細菌の総重量は約1.0kg〜1.5kgにも及びます 。これは、肝臓や脳といった主要な臓器の重さに匹敵する質量です。つまり、私たちは常に1kg以上の「細菌の塊」をお腹の中に抱えて生活しているのです。この巨大な細菌の塊は、単なる居候ではなく、私たちが食べたものを分解・代謝し、ビタミンを合成し、病原菌の侵入を防ぐといった、生命維持に不可欠な機能を担っています。
参考)腸内細菌、腸内フローラの話
特に重要なのは、この1000種類という「種類の多さ」です。特定の菌だけが爆発的に増えるのではなく、多様な菌が共存している状態こそが、外部からのストレスや病原菌に対する「抵抗力(レジリエンス)」を生み出します。種類が多ければ多いほど、環境の変化に対して柔軟に対応できるシステムが構築されるのです。逆に、抗生物質の乱用や偏った食事によってこの菌種(種類)が減少してしまうと、腸内エコシステムが崩壊し、様々な疾患のリスクが高まることが分かっています。
さらに興味深いのは、便の構成成分です。一般的に便は「食べカスの集まり」だと思われがちですが、実はその構成比率において、水分を除いた固形成分のうち約3分の1から半分は、腸内細菌そのもの(あるいはその死骸)で占められています 。毎日の排便は、実は体内で増殖した膨大な数の細菌を排出する行為でもあり、腸内細菌がいかに活発に増殖を繰り返しているかを物語っています。
ヤクルト中央研究所:腸にはおよそ1000種類、数にして100兆個の菌がすみついている!
※腸内細菌の数や種類に関する基本的なデータや、解析技術の進歩による数値の変化について詳しく解説されています。
腸内細菌の種類と数が崩れると皮膚のかゆみが出るメカニズム
「お腹の調子」と「皮膚のかゆみ」。一見すると遠く離れた別々の問題のように思えますが、実は「腸脳相関」ならぬ「腸皮膚相関(Gut-Skin Axis)」と呼ばれる密接なネットワークが存在します 。皮膚のかゆみに悩む人の多くは、この腸内細菌の種類と数のバランスが崩れている(ディスバイオシス)状態にあることが、近年の研究で明らかになりつつあります。
参考)「腸皮膚相関(gut-skin axis)」肌質や炎症、全身…
腸内細菌のバランスが崩れ、悪玉菌が優勢になると、腸内で有害物質が産生されます。具体的には、アンモニア、フェノール、インドールといった腐敗産物です。通常、健康な腸壁はこれらの有害物質をブロックする「バリア機能」を持っています。しかし、腸内環境が悪化すると、腸壁の細胞同士の結合(タイトジャンクション)が緩み、隙間ができてしまう「リーキーガット症候群(腸管壁浸漏症候群)」という状態に陥ることがあります。
この「漏れ出した腸」の隙間から、本来なら排出されるはずの有害物質や、未消化のタンパク質、そして細菌が出す毒素(エンドトキシン)が血液中に侵入します。血液に乗って全身を巡ったこれらの毒素が皮膚に到達すると、皮膚の細胞で炎症反応が引き起こされます。これが、難治性の湿疹やアトピー性皮膚炎の悪化因子、そして「原因不明のかゆみ」の正体の一つと考えられています。
さらに、かゆみの直接的な原因物質である「ヒスタミン」の関与も見逃せません。特定の腸内細菌は、食事に含まれるヒスチジンというアミノ酸をヒスタミンに変換する能力を持っています。腸内細菌の種類と数のバランスが乱れ、こうしたヒスタミン産生菌が異常増殖したり、あるいはヒスタミンを分解する能力が低下したりすると、体内のヒスタミン総量が増加します。これを「ヒスタミン不耐症」と呼びますが、この状態になると、アレルギー反応がないはずの食品を食べても、腸から吸収された過剰なヒスタミンによって、皮膚にかゆみや赤みが引き起こされるのです 。
参考)アトピーと腸カンジダの関係は?かゆみ悪化の仕組み・便検査・対…
また、腸内細菌は免疫システムの「教育係」でもあります。体内の免疫細胞の約70%は腸に集中しており、腸内細菌からの刺激を受けて、攻撃すべき敵とそうでないものを見分ける訓練を受けています。腸内細菌の多様性(種類)が低下すると、この免疫システムが暴走しやすくなります。その結果、本来無害な花粉や食品、あるいは自分の皮膚に対して過剰に攻撃を仕掛けてしまい、アレルギー反応としてのかゆみが悪化するのです。つまり、皮膚のかゆみを鎮めるためには、皮膚表面のケアだけでなく、腸内細菌という「根源」へのアプローチが不可欠なのです。
国立駅前クリニック:腸皮膚相関(gut-skin axis)肌質や炎症、全身の病気について
※腸の膜透過性が亢進する(リーキーガット)ことで皮膚に悪影響が及ぶメカニズムや、腸内細菌叢の乱れと皮膚疾患の関連について専門的な解説があります。
善玉菌と悪玉菌の理想バランス「2:1:7」と日和見菌の真実
腸内細菌の話になると必ず登場するのが、「善玉菌」「悪玉菌」「日和見(ひよりみ)菌」という3つの分類です。一般的に、これらの理想的なバランスは「善玉菌 2 : 悪玉菌 1 : 日和見菌 7」であると言われています 。しかし、この比率はあくまで目安であり、最新の研究ではより複雑な実態が分かってきています。
参考)あなたの腸内環境は大丈夫?
まず、最大勢力である「日和見菌」についてです。全体の7割を占めるこの菌たちは、名前の通り「どっちつかず」の存在です。腸内で善玉菌が優勢なときは大人しく、あるいは善玉菌に加勢して良い働きをします。しかし、ひとたび悪玉菌が優勢になると、裏切って悪玉菌の側につき、有害物質を作り出すようになります。つまり、腸内環境の良し悪しは、わずか1割の悪玉菌を、2割の善玉菌がいかに抑え込み、7割の日和見菌を味方につけるかという「勢力争い」によって決まるのです。
- 善玉菌(有用菌): ビフィズス菌、乳酸菌など。糖を分解して乳酸や酢酸を作り、腸内を酸性に保つことで悪玉菌の増殖を防ぎます。
- 悪玉菌(有害菌): ウェルシュ菌、黄色ブドウ球菌、一部の大腸菌など。タンパク質を腐敗させ、発がん性物質や毒素を作り出します。ただし、これらも完全にゼロになれば良いというわけではなく、外部からの病原菌を排除するなど、必要悪としての役割も一部担っていると考えられています。
- 日和見菌: バクテロイデス、連鎖球菌など。土壌菌や連鎖球菌など多種多様な菌が含まれます。
ここで重要なのが、単に「善玉菌を増やせばいい」という単純な話ではない点です。例えば、ヨーグルトを食べて特定のビフィズス菌(善玉菌)だけを大量に送り込んでも、それだけでは根本的な解決にならないことがあります。なぜなら、健康な腸内フローラにとって最も重要な指標は、特定の菌の数ではなく、「菌の多様性(ダイバーシティ)」だからです 。
参考)理想的な腸内フローラとは?”多様性”と”短鎖脂肪酸”から読み…
「2:1:7」というバランスも大切ですが、その内訳として、いかに多種類の細菌が存在しているかが重要です。多様性が低い(菌の種類が少ない)状態では、ストレスや食生活の変化といったダメージに対して脆くなります。一方で、多種多様な菌が共存していれば、ある菌がダメージを受けても、別の菌がその機能を補うことができます。皮膚のかゆみ改善を目指す場合も、特定の菌サプリメントに頼るだけでなく、様々な発酵食品や食物繊維を摂取して、腸内という「生態系」全体を豊かにするという視点が必要です。
また、最近の研究では「悪玉菌」とレッテルを貼られていた菌の中にも、実は免疫調整に関わる重要な役割を果たしているものがいることが分かってきています。単純な善悪二元論ではなく、「全体の調和と多様性」こそが、皮膚とかゆみのトラブルを解決する鍵なのです。
Mykinso:理想的な腸内フローラとは?”多様性”と”短鎖脂肪酸”から考える
※腸内細菌の「種類の多さ(多様性)」がいかに重要か、そしてそれが短鎖脂肪酸の産生や免疫調整にどうつながるかを図解入りで解説しています。
腸内細菌の種類と数は指紋のように固有であり「Enterotypes」で決まる
腸内細菌についてあまり知られていない事実の一つに、「腸内細菌の構成は指紋のように一人ひとり全く異なる」という点があります。親子や兄弟であっても、腸内フローラのパターンは完全に一致することはありません。生活環境、食事、年齢、さらには生まれた時の分娩方法(自然分娩か帝王切開か)によっても、定着する菌の種類と数は大きく異なります。
世界中の研究者が膨大な数の腸内細菌データを解析した結果、人間の腸内フローラは大きく分けて3つのタイプ(エンテロタイプ:Enterotypes)に分類できることが提唱されています。
- バクテロイデス型: 脂質やタンパク質の摂取が多い人に多く見られるタイプ。
- プレボテラ型: 炭水化物や食物繊維の摂取が多い人に多く見られるタイプ。
- ルミノコッカス型: 上記の中間的なタイプ(※最近の研究では分類が再考されることもあります)。
この「エンテロタイプ」の違いによって、同じ食事をしても太りやすさが違ったり、特定の病気へのかかりやすさが変わったりすることが分かっています。そして、これは「皮膚のかゆみの出やすさ」にも関係している可能性があります。
例えば、ある特定の菌種(例:Faecalibacterium prausnitzii)が減少している人は、腸管のバリア機能が低下しやすく、アトピー性皮膚炎のリスクが高いという報告もあります。また、日本人の腸内細菌は、海藻を分解する酵素を持つ菌が多いなど、欧米人とは異なる特徴を持っています。これは、日本人が古くから海藻を食べてきたことによる、細菌レベルでの適応進化です。
これは非常に重要な示唆を含んでいます。つまり、「テレビや雑誌で紹介された『最強の菌』が、必ずしもあなたの腸に合うとは限らない」ということです。ある人には劇的に肌質改善効果があったヨーグルトが、別の人には全く効果がない、あるいは逆にお腹が張ってしまうという現象は、この「固有のフローラ」の違いによって起こります。
自分自身の腸内細菌の「種類と数」の傾向を知ることは、闇雲にサプリメントを飲むよりも遥かに効率的です。最近では、自宅で簡単に便を採取して郵送するだけで、自分の腸内フローラのバランスや多様性、太りやすさ、肌トラブルのリスクなどを解析してくれる「腸内フローラ検査」のサービスも普及しています。長引くかゆみに悩んでいる場合、一度自分の「お腹の中の指紋」を解析し、自分に足りない菌(種類)は何か、どの菌が多すぎるのかを客観的に把握することも、解決への近道となるかもしれません。
慶應義塾大学先端生命科学研究所:メタボロゲノミクス 腸内細菌と腸内代謝物の統合解析
※腸内細菌叢の個人差や、細菌叢と代謝物質(メタボローム)の統合解析に関する最先端の研究成果が紹介されています。
腸内細菌の種類と数を育てる「短鎖脂肪酸」と食事戦略
皮膚のかゆみを改善し、強固なバリア機能を手に入れるために、腸内細菌に作ってもらわなければならない最強の物質があります。それが「短鎖脂肪酸(たんさしぼうさん)」です 。
短鎖脂肪酸(主に酢酸、プロピオン酸、酪酸など)は、腸内細菌が食物繊維をエサにして発酵分解する過程で産生されます。この短鎖脂肪酸こそが、腸内環境を整え、皮膚の健康を守るための司令塔として働きます。その効果は多岐にわたります。
- 腸内を弱酸性に保つ: 悪玉菌は酸性の環境を嫌います。短鎖脂肪酸が増えて腸内が弱酸性になると、悪玉菌の増殖が抑えられ、日和見菌が善玉菌の味方につきます。
- 腸壁のエネルギー源になる: 特に「酪酸」は、大腸の粘膜上皮細胞の主要なエネルギー源となり、腸壁のターンオーバーを促進します。これにより、腸壁のバリア機能が強化され、アレルゲンの侵入(リーキーガット)が防がれます。
- 過剰な免疫反応を抑える: 短鎖脂肪酸は、免疫細胞(制御性T細胞:Treg)に働きかけ、「暴走するな」という指令を出します。これにより、アレルギー反応による皮膚の炎症やかゆみが鎮静化されます。
では、この短鎖脂肪酸を増やし、腸内細菌の種類と数を理想的な状態にするにはどうすればよいのでしょうか。答えは「プレバイオティクス(育菌)」の実践です。
有用な菌そのものを摂取する「プロバイオティクス(ヨーグルトや納豆など)」も大切ですが、それらの菌は通過菌として排出されてしまうことが多いのが現実です。それよりも、既に自分のお腹の中に住んでいる常在菌(種類)にエサを与え、彼らを元気に増やす(数)ことが重要です。
最強のエサとなるのが「水溶性食物繊維」です。
- 水溶性食物繊維が多い食品: 海藻類(ワカメ、昆布、メカブ)、大麦(押し麦)、ごぼう、オクラ、納豆、キウイフルーツなど。これらは腸内細菌の発酵を受けやすく、短鎖脂肪酸を効率よく生み出します。
- 発酵食品の摂取: 味噌、ぬか漬け、キムチなどの発酵食品には、死菌(死んだ菌)も多く含まれていますが、この死菌自体も腸内の善玉菌のエサとなり、免疫を刺激するスイッチとして働きます(バイオジェニックス)。
特に、現代人は水溶性食物繊維が不足しがちです。白米を大麦入りのご飯に変える、味噌汁に海藻をたっぷり入れるといった毎日の小さな積み重ねが、腸内細菌の種類(多様性)を維持し、数を増やし、結果として皮膚のかゆみに負けない体を作ることにつながります。100兆個のパートナーたちに、毎日美味しい「エサ」を届けてあげる意識を持ちましょう。
モダンメディア:腸内細菌叢に影響を及ぼす因子
※食事内容がどのように腸内細菌叢の変化に影響を与えるか、食物繊維や脂肪摂取の影響について科学的なデータに基づき解説されています。
