白癬菌の薬の副作用
白癬菌(はくせんきん)の治療薬は、かつてに比べると飛躍的に進化し、副作用のリスクもコントロールしやすくなってきました。しかし、どのような薬であっても副作用の可能性をゼロにすることはできません。特に白癬菌は真菌(カビ)の一種であり、ヒトの細胞と同じ「真核生物」に分類されるため、細菌(原核生物)をターゲットにする抗生物質とは異なり、薬がヒトの細胞にも多少なりとも影響を与えてしまうリスクを孕んでいます。
参考)診療項目:水虫 | もばら皮膚科
治療を成功させるためには、薬の効果だけでなく、副作用のサインを早期に見つけ、適切に対処することが不可欠です。「薬を飲んでいるから安心」ではなく、「薬を飲んでいるからこそ体調の変化に敏感になる」という姿勢が、完治への近道となります。ここでは、一般的な副作用から、あまり知られていない意外なリスクまでを深堀りしていきます。
白癬菌の薬の副作用と塗り薬や飲み薬の違い
白癬菌の治療には大きく分けて「塗り薬(外用薬)」と「飲み薬(内服薬)」の2種類があり、それぞれ副作用の出方や注意すべきポイントが全く異なります。副作用について理解するためには、まずこの2つの違いを明確にしておく必要があります。
塗り薬(外用薬)の特徴と副作用の傾向
塗り薬は、皮膚の表面に感染した白癬菌を直接攻撃するものです。そのため、副作用も「塗った場所」に現れる局所的なものがほとんどです。全身への影響は極めて少ないのが特徴ですが、皮膚が敏感な人や、薬の成分そのものにアレルギーがある人の場合、予期せぬトラブルが起こることがあります。
- 主な副作用: 接触皮膚炎(かぶれ)、刺激感、紅斑(赤み)、瘙痒(かゆみ)、落屑(皮むけ)
- 発生メカニズム: 薬剤に含まれる抗真菌成分や、クリームや液体に含まれる基剤(アルコールなど)が皮膚を刺激することで起こります。
- リスクの範囲: 基本的には皮膚表面に限られますが、広範囲に大量に使用した場合や、傷口がある場合はごく微量が血中に吸収される可能性があります(通常使用ではまず問題になりません)。
飲み薬(内服薬)の特徴と副作用の傾向
飲み薬は、血液に乗って抗真菌成分を全身の皮膚や爪に届ける治療法です。特に爪白癬(爪水虫)や、角質増殖型白癬(かかとがガサガサになるタイプ)など、塗り薬が浸透しにくい奥深い部分の菌を殺すのに強力な効果を発揮します。しかし、薬が全身を巡り、肝臓で代謝されるプロセスを経るため、内臓への負担や全身性の副作用が出るリスクがあります。
- 主な副作用: 肝機能障害、胃不快感、下痢、悪心(吐き気)、発疹、頭痛、味覚障害
- 発生メカニズム: 薬の成分が肝臓で分解・解毒される際に肝細胞に負荷をかけることや、他の薬剤との相互作用によって血中濃度が変動することで起こります。
- リスクの範囲: 全身に及びます。特に肝臓は「沈黙の臓器」と呼ばれるように自覚症状が出にくいため、数値による管理が必須となります。
治療方針を決める際、医師は「副作用のリスク」と「治療のメリット」を天秤にかけます。例えば、健康な成人で爪白癬がある場合は飲み薬が第一選択になりますが、高齢で多くの薬を飲んでいる方や肝臓に持病がある方の場合は、副作用のリスクを避けて塗り薬での治療を継続することもあります。
日本皮膚科学会:Q19 水虫の塗り薬でかぶれることはありますか?
(※皮膚科学会による公式のQ&Aで、塗り薬によるかぶれの頻度や対処法について専門的な解説があります。)
白癬菌の飲み薬の副作用と肝臓の数値や血液検査
白癬菌の飲み薬を使用する際、最も注意しなければならないのが「肝機能障害」です。これは決して珍しいことではなく、飲み薬による治療を行うすべての患者さんが意識しなければならない重要事項です。なぜ肝臓に負担がかかるのか、そして具体的にどのような検査値に注目すべきかを詳しく見ていきましょう。
なぜ抗真菌薬は肝臓に負担をかけるのか?
多くの薬は体内で役目を終えると肝臓で分解(代謝)されますが、抗真菌薬はそのプロセスにおいて肝臓の酵素を強く使ったり、肝細胞そのものにストレスを与えたりする性質があります。特に、爪白癬治療の主役である「テルビナフィン(ラミシールなど)」や「イトラコナゾール(イトリゾールなど)」、「ホスラブコナゾール(ネイリン)」は、いずれも肝臓での代謝が必要です。
参考)爪白癬治療薬「ネイリン(ホスラブコナゾール)」 - 巣鴨千石…
- テルビナフィン: 肝臓への毒性は比較的低いとされていますが、稀に重篤な肝障害を起こすことがあります。
- イトラコナゾール: 多くの他の薬との「飲み合わせ(相互作用)」が悪く、肝臓の代謝酵素(CYP3A4)を阻害するため、併用薬の血中濃度を異常に高めてしまうリスクがあります。
- ホスラブコナゾール: 新しい薬で1日1回12週間の服用で済みますが、やはり肝機能障害の副作用報告があり、定期的なチェックが必要です。
注意すべき血液検査の数値(肝機能マーカー)
治療中は、通常月に1回程度、または服用開始前と開始後の節目に血液検査を行います。以下の3つの数値が「肝臓の悲鳴」をキャッチする重要な指標となります。
| 検査項目 | 正式名称 | 何を表しているか | 副作用時の変化 |
|---|---|---|---|
| AST (GOT) | アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ | 肝細胞が壊れた時に漏れ出す酵素 | 数値が上昇する |
| ALT (GPT) | アラニンアミノトランスフェラーゼ | 肝臓に特異的に多く含まれる酵素 | ASTよりも肝臓の状態を敏感に反映して上昇する |
| γ-GTP | ガンマグルタミルトランスペプチダーゼ | 胆管系の障害やアルコールなどで変動 | 薬剤性肝障害で上昇することがある |
初期症状を見逃さないために
血液検査の数値が悪化する前に、体調の変化としてサインが出ることもあります。以下のような症状が出た場合は、次回の診察を待たずに医師に相談し、服薬を中止する判断が必要になることがあります。
- 全身の倦怠感: 「体がだるい」「疲れが取れない」といった漠然とした不調。
- 食欲不振・吐き気: 胃腸薬を飲んでも改善しない気持ち悪さ。
- 黄疸(おうだん): 白目の部分や皮膚が黄色っぽくなる。
- 褐色尿: 尿の色が濃いウーロン茶のような色になる。
- 皮膚のかゆみ: 湿疹がないのに全身がかゆくなる。
肝機能障害の多くは、早期に発見して薬を中止すれば回復します。しかし、無理をして飲み続けると、ごく稀ですが劇症肝炎などの取り返しのつかない事態に進行する可能性もあります。「たかが水虫の薬」と甘く見ず、定期検診は必ず受けるようにしましょう。
参考)爪水虫の患者さんへ(皮膚疾患)|さくら皮フ科(蒲郡市)
PMDA 重篤副作用疾患別対応マニュアル 薬物性肝障害
(※医薬品医療機器総合機構による公的文書で、薬による肝障害のメカニズムや初期症状について詳細に記載されています。)
白癬菌の塗り薬の副作用とかぶれや皮膚の症状
「塗り薬なら安全」と思われがちですが、実は皮膚科の外来では、塗り薬による副作用トラブルが後を絶ちません。その代表格が「接触皮膚炎(かぶれ)」です。白癬菌の薬を塗っているのに痒みが止まらない、むしろ悪化したという場合、実は「水虫が治っていない」のではなく「薬にかぶれている」というケースが意外に多いのです。
参考)白癬(水虫・たむしなど) Q19 - 皮膚科Q&A(公益社団…
「薬の効果」と「かぶれ」を見分けるポイント
水虫の症状とかぶれの症状は非常によく似ています。どちらも赤くなり、かゆみがあり、皮がむけます。しかし、よく観察すると違いがあります。
- 水虫の症状:
- 足の指の間や足の裏にできる。
- 縁(ふち)が堤防のように盛り上がって広がる傾向がある。
- 左右非対称であることが多い。
- 薬によるかぶれの症状:
- 薬を塗った範囲全体が赤くなる。
- 塗った直後〜数時間後にカッカと熱くなるような刺激感やかゆみが増す。
- 亀裂が入ったり、ジクジクとした汁(滲出液)が出たりする。
- 薬を変えても、塗ると必ず悪化する。
なぜかぶれるのか?2つの原因
塗り薬による副作用には、大きく分けて2つの原因があります。- 刺激性接触皮膚炎(一次刺激):
誰にでも起こりうる反応です。皮膚がジュクジュクして傷ついている状態の時に、浸透力の強いクリーム剤や液剤を塗ることで、薬剤そのものが刺激となって炎症を起こします。これは「薬が合わない」というよりは、「薬のタイプ(剤形)の選択ミス」や「皮膚のバリア機能が壊れている」ことが原因です。
- 対策: 傷がある場合やジュクジュクしている場合は、刺激の少ない「軟膏」タイプから始めるのが鉄則です。
- アレルギー性接触皮膚炎:
特定の成分に対するアレルギー反応です。イミダゾール系(ルリコン、アスタットなど)やアリルアミン系(ラミシール、メンタックスなど)といった抗真菌成分そのものにアレルギーがある場合と、保存剤や基剤に反応している場合があります。
参考)ラノコナゾール(アスタット)|こばとも皮膚科|栄駅(名古屋市…
- 対策: 一度アレルギーを起こした成分は、一生使うことができません。医師に相談し、化学構造の異なる別の系統の薬に変更する必要があります。
意外な落とし穴:自家感作性皮膚炎(ID反応)
これは副作用とは少し異なりますが、重要な反応です。白癬菌を薬で激しく攻撃した結果、菌の死骸やタンパク質が大量に放出され、それに対して体が過剰なアレルギー反応を起こすことがあります。これを「ID反応(イド反応)」と呼びます。足の水虫を治療しているのに、手に水疱ができたり、全身がかゆくなったりするのが特徴です。これも「薬が合わない」と勘違いされやすいですが、実は「治療効果が出ている証拠だが、反応が強すぎた」状態です。この場合は一時的に抗真菌薬を休み、ステロイドなどで炎症を抑える治療を優先することになります。
大木皮膚科:水虫治療は医療用の抗真菌薬(塗り薬)がベストでデメリット
(※塗り薬の副作用としてのかぶれについて、ステロイドとの関係も含めてわかりやすく解説されています。)白癬菌の薬の副作用と光線過敏症や味覚障害のリスク
ここでは、一般的によく語られる肝臓やかぶれ以外で、意外と知られていない、しかし生活の質(QOL)に大きく関わる副作用について解説します。これらは発生頻度こそ低いものの、知らなければ「原因不明の不調」として長く苦しむことになりかねない重要なトピックです。
味覚障害:食事が美味しくなくなるリスク
特に飲み薬の「テルビナフィン(ラミシール)」において報告されている特異な副作用に「味覚障害」があります。これは以下のような症状として現れます。参考)https://www.pmda.go.jp/files/000245252.pdf
- 症状:
- 何を食べても味が薄く感じる(味覚減退)。
- 口の中に何も入れていないのに、苦味や金属の味がする(自発性異常味覚)。
- 砂を噛んでいるような感覚になる。
- 発生頻度: 添付文書上では1%未満とされていますが、潜在的な軽度の異常を含めるともう少し多い可能性があります。
- 原因と経過: 詳しいメカニズムは完全には解明されていませんが、薬剤が亜鉛の代謝に影響を与える可能性などが示唆されています。多くの場合、服用を中止すれば数週間から数ヶ月で回復しますが、稀に回復まで半年以上かかるケースもあります。
- 対策: 治療中に「最近、料理の味が変だな?」「食事が砂っぽいな」と感じたら、すぐに医師に伝えてください。亜鉛サプリメントの併用が検討されることもありますが、自己判断せず医師の指示を仰ぐことが大切です。
光線過敏症:日光が敵になる
一部の抗真菌薬(特に内服薬や一部の外用薬)を使用中に、日光(紫外線)に対して過敏になることがあります。これを「光線過敏症(薬剤性光線過敏症)」と呼びます。- 症状:
- 普段なら日焼けしない程度の短時間の外出や洗濯干しで、露出部分(顔、首、腕など)が真っ赤に腫れ上がる。
- 強いかゆみや水ぶくれができる。
- 特徴: 日光が当たった部分だけに症状が出るのが特徴です。服で隠れている部分は無事であることが多いです。
- リスクのある薬剤: 抗真菌薬の中では、グリセオフルビン(現在はあまり使われない古い薬)で有名でしたが、稀に新しい薬剤でも体質によって起こる可能性があります。また、ケトコナゾールなどの塗り薬でも報告が散見されます。
- 対策: 服薬中は念のため、過度な日焼けを避ける、日焼け止めを使用する、帽子や長袖で物理的に遮光するなどの対策が推奨されます。特に夏場の治療開始時は注意が必要です。
その他のマイナーだが知っておくべき副作用
- 好中球減少・汎血球減少: 血液中の白血球などが減ってしまう副作用です。風邪をひきやすくなったり、熱が出やすくなったりします。これも定期的な血液検査でチェックします。
- めまい・ふらつき: 服用後にフワフワするようなめまいを感じることがあります。車の運転や高所作業をする方は、服用タイミングを医師と相談する(夜寝る前にするなど)工夫が必要です。
PMDA 重篤副作用疾患別対応マニュアル 味覚障害
(※薬剤性味覚障害の詳細なメカニズムや、高齢者におけるリスクなどが専門的に解説されています。)白癬菌の薬の副作用が出た時の医師への相談と対処
もし、あなたが「これって副作用かな?」と感じる症状に出くわした場合、どのように行動すべきでしょうか。適切な対処が、その後の回復と治療の継続を左右します。ここでは、具体的なアクションプランを提示します。
自己判断での中断はNG?それともOK?
基本原則として、「命に関わるような急激な症状」以外は、自己判断で勝手にやめるよりも、まず医師や薬剤師に連絡することが推奨されます。しかし、以下のような「緊急性の高い症状」が出た場合は、直ちに服用・使用を中止し、病院へ急行してください。【緊急性が高い危険なサイン】
- アナフィラキシーショナリ: 服用直後に息苦しさ、全身の蕁麻疹、唇や瞼の腫れ、意識の混濁が現れた場合。
- スティーブンス・ジョンソン症候群の兆候: 38度以上の高熱と共に、目・口・陰部の粘膜がただれ、全身に赤い斑点が急速に広がる場合。
- 重篤な肝障害の兆候: 白目が黄色い、尿が異常に濃い、激しい吐き気と腹痛が続く場合。
これらは極めて稀ですが、発生した場合は一刻を争います。救急外来を受診し、「水虫の薬を飲んでいる(塗っている)」ことを必ず伝えてください。お薬手帳を持参するのがベストです。
医師への上手な伝え方
「なんとなく調子が悪い」と伝えるだけでは、副作用なのか、単なる風邪や疲れなのか、医師も判断に迷うことがあります。以下のメモを準備してから受診・相談するとスムーズです。- いつから?
- 例:「薬を飲み始めて3日目の朝から」
- どんな症状が?
- 例:「胃がムカムカして、食事が美味しくない」
- 例:「塗った場所が、塗る前より赤く広がり、熱を持っている」
- 生活の変化は?
- 例:「他には新しい薬やサプリメントは始めていない」
- 例:「最近、お酒を飲む量が増えた」
副作用が出た後の治療の選択肢
副作用が出たからといって、白癬菌の治療を諦める必要はありません。医師は以下のような代替案を持っています。- 薬剤の変更(スイッチ):
内服薬で肝機能が悪化した場合、別の成分の飲み薬に変えるか、あるいは外用薬のみの治療に切り替えます。外用薬でかぶれた場合は、化学構造の異なる別の外用薬に変更します。抗真菌薬には「イミダゾール系」「アリルアミン系」「モルホリン系」「ベンジルアミン系」など多くの種類があり、一つがダメでも他が使える可能性は十分にあります。
- パルス療法への切り替え:
イトラコナゾールなどは、1週間飲んで3週間休む「パルス療法」という飲み方をすることがあります。総服用量を減らしつつ効果を維持する方法ですが、副作用リスクの管理もしやすくなる場合があります(ただし、併用薬の制限は変わりません)。
- 支持療法を行いながらの継続:
副作用が軽度の胃部不快感程度であれば、胃薬を一緒に処方してもらいながら慎重に継続することもあります。
副作用は「失敗」ではありません。あなたの体が発した重要なメッセージです。それを医師と共有し、二人三脚で乗り越えることで、頑固な白癬菌との戦いに勝利することができます。「おかしいな」と思ったら、我慢せずにすぐに相談する勇気を持ってください。
医療用医薬品 : イトラコナゾール (相互作用情報)
(※飲み合わせが悪い薬のリストなど、非常に詳細な添付文書情報が確認できます。他の薬を服用中の方は必見です。)


