肝機能検査数値見方とは
肝機能検査の基準値と異常値の判定
健康診断の結果表を受け取ったとき、多くの人が最初に目にするのがアルファベットの並んだ肝機能の項目です。しかし、それぞれの数値が何を意味し、どの程度であれば安心できるのかを正確に理解している人は多くありません。ここでは、主要な3つの項目であるAST、ALT、γ-GTPについて、その基準値と異常値が示す意味を深掘りします。
まず、これらの数値は「肝細胞が破壊されたときに血液中に漏れ出す酵素の量」を示していると理解してください。つまり、数値が高いということは、それだけ肝臓の細胞が壊れているという証拠なのです。
以下は、一般的な基準値の目安と、その数値が持つ意味をまとめた表です。
| 検査項目 | 基準値(目安) | 異常値の判定とリスク | 詳細な意味 |
|---|---|---|---|
| AST (GOT) | 30 U/L 以下 | 31以上は要注意、51以上は異常 | 肝臓だけでなく、心筋や筋肉、赤血球にも含まれる酵素です。この数値だけが高い場合は、心筋梗塞や筋肉の損傷の可能性も考えられます。 |
| ALT (GPT) | 30 U/L 以下 | 31以上は要注意、51以上は異常 | 肝臓に特異的に多く含まれる酵素です。ASTよりも肝臓の状態をより正確に反映するため、ALTの上昇は肝機能障害を強く示唆します。 |
| γ-GTP | 男性: 50以下女性: 30以下 | 51以上は要注意、100以上は要精査 | 肝臓の解毒作用に関わる酵素です。アルコールや薬剤による肝障害、あるいは胆道(胆汁の通り道)の閉塞などで敏感に上昇します。 |
ASTとALTのバランスに注目する
単独の数値だけでなく、「ASTとALTのどちらが高いか」という比率(AST/ALT比)を見ることで、病気の原因をある程度推測することができます。これは医師が診断を行う際にも重視するポイントです。
- AST > ALT の場合
アルコール性肝障害や肝硬変への進行、あるいは劇症肝炎などの急激な肝障害が疑われます。アルコールによるダメージは、ミトコンドリアという細胞内小器官を傷つけるため、そこに含まれるASTがより多く漏れ出しやすくなるためです。
- ALT > AST の場合
慢性肝炎や脂肪肝(非アルコール性脂肪性肝疾患など)の初期段階でよく見られるパターンです。肥満気味の方や、運動不足の方が健康診断で引っかかる場合は、こちらのパターンが多い傾向にあります。
数値が「基準値内だから安心」とも言い切れません。例えば、基準値の上限ギリギリである場合、肝臓への負担が蓄積し始めている可能性があります。特に「昨年より数値が上がっている」というトレンド(傾向)がある場合は、たとえA判定であっても生活習慣の見直しが必要です。
日本人間ドック学会:検査値の判定区分について(専門的な基準値の詳細が確認できます)
また、これらの数値は日々の変動もあります。前日の激しい運動(筋トレなど)によってASTが一時的に上昇することもありますし、風邪薬の服用で一時的に肝機能数値が変動することもあります。したがって、一度の検査結果だけで一喜一憂せず、再検査で推移を見守ることが重要です。
肝機能低下による皮膚のかゆみと原因
「皮膚がかゆい」と感じたとき、多くの人は乾燥や湿疹、虫刺されなどを疑い、皮膚科を受診したり保湿クリームを塗ったりします。しかし、いくら保湿をしても治まらない、身体の奥から湧き上がってくるようなしつこいかゆみがある場合、それは「肝臓からの危険信号」かもしれません。
肝機能障害に伴うかゆみは、一般的な皮膚トラブルとは発生のメカニズムが全く異なります。そのため、市販のかゆみ止め(抗ヒスタミン薬など)が効きにくいという大きな特徴があります。
なぜ肝臓が悪くなるとかゆくなるのか?
このかゆみの主な原因物質の一つと考えられているのが「胆汁酸(たんじゅうさん)」です。
- 胆汁の流れが滞る
肝臓は脂肪の消化を助ける「胆汁」という消化液を作っています。肝機能が低下したり、胆管が詰まったりすると、この胆汁の流れが悪くなります(胆汁うっ滞)。
- 血液中への逆流
本来であれば腸へと排泄されるはずの胆汁成分が、行き場を失って血液中に逆流し始めます。
- 皮膚への蓄積と神経刺激
血液に乗って全身を巡った胆汁酸などの成分が、皮膚の組織に沈着します。これが知覚神経である「C線維」を直接刺激したり、脳へかゆみの信号を送るオピオイド受容体に作用したりすることで、激しいかゆみを引き起こします。
肝性そう痒(かんせいそうよう)の特徴
肝臓が原因のかゆみ(肝性そう痒)には、以下のような特徴的なパターンがあります。ご自身の症状と照らし合わせてみてください。
- 見た目に異常が少ない
かきむしった跡(ひっかき傷)はあるものの、元々の皮膚には湿疹や赤みなどの異常が見られないことが多いです。
- 入浴時や就寝時に悪化する
体が温まったときや、リラックスしようとしている夜間に、眠れないほどのかゆみに襲われることがあります。
- 全身がかゆい
特定の場所だけでなく、背中、腕、脚など、全身に移動するかのようなかゆみを感じます。
- 塗り薬が効かない
皮膚表面の炎症ではないため、ステロイド外用薬や保湿剤を塗っても根本的な解決にならず、かゆみが治まりません。
日本皮膚科学会:皮膚そう痒症Q&A(内臓疾患とかゆみの関係について詳しい解説があります)
さらに、肝機能が低下すると「ビリルビン」という黄色い色素も血液中に増加します。これが進行すると、白目が黄色くなる「黄疸(おうだん)」が現れます。黄疸が出る前段階として、ビリルビンや胆汁酸の上昇によるかゆみが先行して現れるケースも少なくありません。
もし、「長期間続く原因不明のかゆみ」があり、健康診断でγ-GTPやALP(アルカリホスファターゼ)などの数値が高い場合は、皮膚科だけでなく内科や消化器内科で肝臓の状態をチェックしてもらうことを強くお勧めします。このかゆみは、肝臓の治療を行うことで劇的に改善する可能性があります。
アルコールやストレスが与える数値への影響
肝機能の数値を悪化させる原因として、真っ先に思い浮かぶのは「アルコール」でしょう。しかし、お酒を一滴も飲まない人でも肝機能障害を起こすケースが急増しています。その大きな要因の一つが「ストレス」です。ここでは、アルコールとストレスがそれぞれどのように数値を悪化させるのか、そのメカニズムを解説します。
アルコールによる数値悪化のメカニズム
アルコールは肝臓で分解されますが、その過程で「アセトアルデヒド」という毒性の強い物質が発生します。過度な飲酒を続けると、この処理が追いつかず、肝細胞が炎症を起こして破壊されます。
- γ-GTPの急上昇
アルコールに最も敏感に反応するのがγ-GTPです。これはアルコールを解毒しようとして酵素が誘導(増産)されるためです。
- 脂肪肝の形成
アルコールの分解に肝臓が忙殺されると、脂肪の分解が後回しにされ、肝臓に中性脂肪が溜まっていきます。これがアルコール性脂肪肝です。
ストレスが肝臓を攻撃する「見えないルート」
現代社会において見逃せないのが、精神的なストレスによる肝機能へのダメージです。「お酒も飲まない、暴飲暴食もしていないのに数値が悪い」という場合、過度なストレスが関与している可能性が高いです。
- 自律神経の乱れと血流低下
強いストレスを感じると、交感神経が優位になります。交感神経は血管を収縮させる作用があるため、肝臓への血流が減少します。肝臓は大量の血液を必要とする臓器であるため、血流不足(虚血)状態が続くと肝細胞の機能が低下し、再生能力も落ちてしまいます。
- 酸化ストレスの増大
ストレスを受けると体内で「活性酸素」が発生します。肝臓はこの活性酸素を無毒化する役割も担っていますが、ストレス過多で活性酸素が大量発生すると、処理しきれずに肝細胞自体が酸化され、傷ついてしまいます。これが炎症(肝炎)の引き金となります。
- NAFLD(非アルコール性脂肪性肝疾患)のリスク
ストレスホルモンであるコルチゾールの分泌が増えると、血糖値が上がりやすくなり、インスリンの働きが鈍くなります。結果として、肝臓に脂肪が蓄積しやすくなります。これが進行すると、NASH(非アルコール性脂肪肝炎)という深刻な病態へ移行し、肝硬変や肝がんのリスクとなります。
厚生労働省 e-ヘルスネット:アルコール性肝障害と関連疾患(アルコールによる臓器への影響が公的にまとめられています)
隠れ脂肪肝(NASH)の恐怖
特に注意が必要なのは、「痩せているのに肝機能が悪い」というタイプの人です。これは「隠れ脂肪肝」の可能性があり、過度なダイエットや不規則な食生活、そしてストレスが原因であることが多いです。筋肉量が少なく、代謝が落ちている状態でストレスがかかると、肝臓にダイレクトに負担がかかります。
数値の改善には、単なる禁酒だけでなく、ストレスマネジメントも不可欠です。
- 睡眠の質を高める: 肝臓は寝ている間に修復されます。
- 抗酸化食品を摂る: ビタミンCやビタミンEなど、酸化ストレスに対抗する栄養素を意識的に摂取しましょう。
「ストレスで肝臓が悪くなる」というのは比喩ではなく、医学的な事実です。数値の異常は、心と体の両方からの「休んでほしい」というメッセージだと受け止めてください。
肝臓と「爪」や「手のひら」に現れるサイン
肝機能検査の数値が悪化するよりも前、あるいは同時に、身体の表面には肝臓の不調を示す「隠れたサイン」が現れていることがあります。特に、自分でチェックしやすいのが「爪」と「手のひら」です。これらは、医師が診察時に必ず確認する重要なポイントでもあります。
検索上位の情報ではあまり詳しく触れられていないこともありますが、これらは肝硬変などの進行した病態を示唆する場合もあるため、見逃してはいけない重要な兆候です。
爪に現れる「テリー爪(Terry's nails)」
健康な人の爪は、根本にある半月部分が白く、それ以外は薄いピンク色をしています。しかし、肝機能が低下し、特に肝硬変や慢性肝炎が進行すると、爪に以下のような変化が現れることがあります。
- 爪全体が白く濁る
爪の根元から先端近くまでが白く濁り、先端のわずかな部分だけがピンク色(または赤褐色)に残る状態を「テリー爪」と呼びます。
- メカニズム
これは、肝機能低下に伴う血中のアルブミン(タンパク質の一種)の減少や、爪床(爪の下の皮膚)の結合組織の変化、血管の変化によるものと考えられています。
- チェック方法
すべての指の爪を見てください。加齢によっても爪は白っぽくなりますが、テリー爪は「すりガラスのような白さ」が特徴で、半月部分との境目がわからなくなるほど全体が白化します。
手のひらに現れる「手掌紅斑(しゅしょうこうはん)」
もう一つの代表的なサインが、手のひらの赤みです。
- 特徴的な赤み
手のひら全体が赤くなるのではなく、「親指の付け根の膨らみ(母指球)」と「小指の付け根の膨らみ(小指球)」の部分が、不自然に赤くなるのが特徴です。指先も赤くなることがありますが、手のひらの中央部分は白いままのことが多いです。
- エストロゲンの影響
肝臓は、女性ホルモンである「エストロゲン」を分解・代謝する働きも持っています。肝機能が低下するとエストロゲンが分解されずに体内に過剰に蓄積します。エストロゲンには血管を拡張させる作用があるため、毛細血管が豊富な手のひらの特定部位が赤く見えるようになります。男性であっても、肝機能低下によって女性化乳房(胸が膨らむ)などの症状と共に現れることがあります。
日本肝臓学会:肝臓病用語解説(手掌紅斑やクモ状血管腫などの専門用語が解説されています)
その他の皮膚サイン:クモ状血管腫
首や胸、頬などに見られる「クモ状血管腫」も肝機能低下のサインです。中心に赤い点があり、そこから放射状に細い糸のような血管が広がっている様子がクモの足のように見えることから名付けられました。これも手掌紅斑と同様、エストロゲンの血管拡張作用によるものです。指で中心を押すと、一時的に赤みが消えるのが特徴です。
これらのサインは、痛みやかゆみを伴わないことが多いため、見過ごされがちです。しかし、「なんとなく爪が白い」「手のひらがいつも赤い」と感じ、同時に「皮膚のかゆみ」や「倦怠感」がある場合は、肝臓がかなり悲鳴を上げている可能性があります。数値だけでなく、鏡で自分の体を観察することも、早期発見の第一歩です。
再検査や精密検査が必要なケースと何科
健康診断で「要再検査(D判定やE判定)」となった場合、あるいは自覚症状がある場合、具体的にどのような行動をとるべきでしょうか。放置することで取り返しのつかない状態になる前に、適切な医療機関を受診することが命を守ることにつながります。
何科を受診すべきか?
肝機能の異常が指摘された場合、受診すべき診療科は「消化器内科」です。
総合内科でも対応は可能ですが、より専門的な診断や治療が必要となる肝臓の病気は多岐にわたります。消化器内科であれば、肝臓専門医が在籍している可能性が高く、超音波検査や専門的な血液検査をスムーズに受けることができます。
もし近くに「肝臓内科」を標榜しているクリニックがあれば、そこがベストです。
精密検査では何をするのか?
「精密検査」と聞くと怖いイメージがあるかもしれませんが、基本的には以下の検査を組み合わせて、肝臓の状態を多角的に評価します。
- 詳細な血液検査
健康診断の項目(AST, ALT, γ-GTP)に加え、以下のような項目を調べます。
- 血小板数: 肝臓が硬くなる(線維化する)と血小板が減少します。肝硬変の進行度を測る重要な指標です。
- ウイルスマーカー: B型肝炎やC型肝炎ウイルスの感染有無を調べます。
- 自己抗体: 自己免疫性肝炎や原発性胆汁性胆管炎(PBC)など、免疫の異常による肝障害を調べます。
- 腫瘍マーカー: 肝がんのリスクがある場合は、AFPやPIVKA-IIといった数値をチェックします。
- 腹部超音波検査(エコー)
痛みを伴わない簡便な検査です。肝臓の形、表面の滑らかさ、脂肪のつき具合(脂肪肝の程度)、腫瘍の有無などを映像で確認します。「脂肪肝で白っぽく光っている(輝度上昇)」や「肝硬変で表面が凸凹している」といった所見が得られます。
- CT・MRI検査
超音波検査で異常が見つかった場合や、より詳細な情報が必要な場合に行われます。造影剤を使うことで、血流の状態や腫瘍の性質をより正確に診断できます。
- フィブロスキャン(肝硬度測定)
最近普及してきている新しい検査機器です。特殊な超音波を使って「肝臓の硬さ」と「脂肪量」を数値化します。肝生検(針を刺して組織を採る検査)に近い精度で肝臓の線維化レベルを測ることができ、痛みもありません。
南東北病院:肝機能異常と言われたら(精密検査の流れや重要性が分かりやすく解説されています)
再検査を先延ばしにしてはいけない理由
肝臓は「沈黙の臓器」と呼ばれ、予備能力が高いため、かなり進行するまで自覚症状が出ません。
しかし、今回の記事で触れた「皮膚のかゆみ」や「基準値の異常」が出ている時点で、肝臓はすでに限界に近いサインを出している可能性があります。
特に以下のケースは緊急性が高いです。
- 黄疸(白目や皮膚が黄色い)が出ている
- 尿の色が濃い(ウーロン茶色)
- 全身の強いかゆみがあり、眠れない
- 足のむくみやお腹の張り(腹水)がある
これらの症状がある場合は、検診の結果を待たずに、直ちに医療機関を受診してください。
初期の脂肪肝やアルコール性肝障害であれば、生活習慣の改善(断酒、食事療法、運動)で数値を正常に戻すことが十分に可能です。「たかが数値」と侮らず、専門医の指導のもとで適切な対策を講じることが、将来の健康な生活、そして「かゆみのない快適な毎日」を取り戻すための最短ルートです。


