血管新生と胎児
仕組みの血管新生と胎児の神経伸長とアトピー
アトピー性皮膚炎において、なぜこれほどまでに執拗な「かゆみ」が発生するのか。その根本的な原因の一つとして、血管新生と胎児の発育プロセスの類似性が、近年の皮膚科学研究で注目を集めています。通常、私たちの皮膚の表皮(一番外側の層)には、神経線維は入り込んでいません。痛みやかゆみを感じる神経の末端は、表皮のすぐ下の「真皮」にとどまっているのが健康な状態です。しかし、アトピー性皮膚炎の患者さんの皮膚では、このルールが破られています。
胎児が母親のお腹の中で成長する際、身体の隅々まで酸素や栄養を届けるために、急速に新しい血管を作る「血管新生」が起こります。そして、非常に重要な点として、血管と神経は並走して伸びるという性質があります。血管が伸びる場所には、神経もまた誘導されるのです。これは胎児が身体機能を獲得するために不可欠なプロセスですが、大人のアトピー性皮膚炎の皮膚では、この「胎児期のような爆発的な成長モード」が誤ってスイッチオンになってしまっていると考えられています。
具体的には、炎症によって血管内皮増殖因子(VEGF)などが放出され、血管新生が活発化します。すると、あたかも胎児の組織が形成されるときのように、かゆみを伝える知覚神経(C線維など)が血管と共に表皮のギリギリまで、時には表皮の中まで侵入してきます(神経伸長)。
- 通常の皮膚:神経は真皮深層にあり、外部刺激に過剰反応しない。
- アトピーの皮膚:血管新生と共に神経が表皮直下まで伸び、衣服のこすれや髪の毛の接触程度の刺激でも「強いかゆみ」として脳に伝達してしまう。
このメカニズムは、「皮膚バリアが壊れているからかゆい」という従来の理解に加え、「皮膚内部の配線が、胎児期のように過密・過敏になっている」という構造的な問題を浮き彫りにしています。
順天堂医学 - アトピー性皮膚炎の皮膚における痒み特異的神経線維の組織学的検討(痒みと神経伸長のメカニズムに関する詳細な研究)
タンパク質の血管新生と胎児のアルテミンと原因
ここでさらに深掘りして、なぜ血管新生と共に神経が伸びてしまうのか、その鍵を握る「あるタンパク質」について解説します。それはアルテミン(Artemin)と呼ばれる神経栄養因子です。
アルテミンは、本来であれば胎児の発育期において、神経を正しい場所に誘導するために働く重要なタンパク質です。胎児の成長が終われば、その役割は一旦落ち着きます。しかし、アトピー性皮膚炎の皮膚においては、このアルテミンが異常に蓄積していることが研究で明らかになりました。皮膚の細胞が炎症シグナルを受けると、「傷を治さなければ」という反応の一部として血管新生を促すと同時に、アルテミンを大量に産生してしまうのです。
このアルテミンの厄介な点は、単に神経を伸ばすだけではないということです。アルテミンは、神経を「過敏化」させる作用を持っています。
| 特徴 | 通常の状態 | アルテミンが蓄積した状態(アトピー) |
|---|---|---|
| 神経の位置 | 真皮にとどまる | 表皮付近まで異常に伸長(sprouting) |
| 刺激への反応 | 強い刺激のみ感知 | 軽微な接触も「かゆみ」として感知 |
| 温度への反応 | 正常な温感 | 「温まるとかゆい」という温熱過敏 |
特に注目すべきは、表の最後に挙げた「温熱過敏」です。アトピーの方の多くが、「お風呂に入って体が温まると猛烈にかゆくなる」「布団に入って体温が上がるとかゆくて眠れない」という悩みを抱えています。これは単に血行が良くなったからという理由だけではありません。アルテミンによって変質した神経は、温度受容体(TRPV1など)の感度が異常に高まっており、熱刺激をかゆみ信号として誤変換して伝えてしまっている可能性が高いのです。つまり、血管新生とセットで現れるこの胎児期由来のタンパク質こそが、夜間の耐え難いかゆみの真犯人の一つと言えます。
厚生労働科学研究費補助金研究報告書 - 難治性疾患克服研究事業(アルテミンとかゆみの温熱過敏に関する研究成果)
対策の血管新生と胎児の抑制と温まるかゆみ
血管新生と胎児期のメカニズムが、大人のかゆみの原因となっていることがわかったところで、これをどのように日々の対策に落とし込めばよいのでしょうか。重要なのは、「血管新生と神経伸長をこれ以上進ませないこと」と「すでに伸びてしまった神経を鎮めること」の二段構えです。
まず、日常生活で意識すべきは「温度管理」による抑制です。前述の通り、血管新生に関わるアルテミンは熱に対する感受性を高めます。
- 入浴温度:40度以上の熱いお湯は、かゆみ神経を強烈に刺激し、さらなる炎症(=血管新生の促進)を招きます。38度〜39度のぬるま湯を徹底しましょう。
- 就寝時の環境:就寝中に体温が上がると、副交感神経優位になり血管が拡張します。血管が拡張すると、血管内皮細胞からの因子放出が活発になりがちです。通気性の良い寝具を選び、熱をこもらせない工夫が必要です。
次に、物理的な刺激の遮断です。かゆいからといって皮膚を掻きむしると、その物理的破壊が「組織を修復しなければ」という誤った指令となり、さらなる血管新生因子(VEGF)の放出を促してしまいます。これを「イッチ・スクラッチ・サイクル(かゆみと搔破の悪循環)」と呼びますが、分子レベルで見れば、これは「掻くことで皮膚が胎児期の成長モードを強制再起動させられている」状態と言えます。
対策としては、以下の成分が含まれた保湿剤や外用薬を医師と相談して選ぶことが有効な場合があります。
- 抗炎症成分:ステロイドやタクロリムスなど。炎症の火を消すことで、結果的に血管新生因子の放出を止めます。
- 鎮痒成分:抗ヒスタミン薬だけでなく、神経の興奮自体を抑えるアプローチ。
- バリア機能改善成分:セラミドなど。外部刺激を入れないことで、神経を「休ませる」時間を稼ぎます。
また、意外な対策として「冷却」があります。強いかゆみを感じた際、保冷剤をタオルで巻いて患部を冷やすことは、一時的に血管を収縮させ、神経の伝達速度を遅くする効果があります。これは、暴走した「温熱過敏」の逆を行く対症療法として非常に理にかなっています。
日本皮膚科学会 - アトピー性皮膚炎診療ガイドライン 2021(標準的な治療と対策の根拠)
治療の血管新生と胎児の最新研究と薬の可能性
ここでは、現在研究が進められている、血管新生と胎児メカニズムに着目した新しい治療の可能性について触れます。これまでのアトピー治療は、主に「免疫の暴走を抑える(ステロイド)」か「ヒスタミンをブロックする」ことが中心でした。しかし、血管新生と神経伸長が根本原因の一つであるならば、そこを直接ターゲットにした治療薬が求められます。
注目されているのが、「セマフォリン3A」という物質です。これは、神経の伸長を抑制する因子です。
実は、健康な皮膚では「神経を伸ばす因子(NGFやアルテミン)」と「神経を反発して追い払う因子(セマフォリン3A)」のバランスが保たれています。胎児期には伸ばす因子が優位に働きますが、大人の皮膚では抑制因子が働き、神経が表皮に入り込まないようにバリアを張っています。
アトピー性皮膚炎の患者さんでは、このセマフォリン3Aが著しく減少していることがわかっています。つまり、「神経の侵入禁止サイン」が消えてしまっているのです。
現在、このセマフォリン3Aを補充する、あるいはその産生を促すような薬剤(軟膏など)の開発研究が進められています。これが実用化されれば、免疫を抑えるのとは全く違うルートで、「物理的に神経を表皮から遠ざける」という根本治療が可能になるかもしれません。
また、漢方薬や特定のサプリメント成分の中にも、血管新生を適度に調節する作用を持つものが研究されています。例えば、一部の植物由来成分には、過剰なVEGF(血管内皮増殖因子)を抑制する働きがあることが報告されており、将来的には「飲むスキンケア」として、内側から血管と神経の暴走をなだめる選択肢が増えることが期待されています。
順天堂大学 - 難治性かゆみの発症機構解明と予防・治療法開発の研究(セマフォリン3Aとアルテミンのバランスに関する記述)
ストレスの血管新生と胎児の視点と自律神経
最後に、あまり語られることのない独自の視点として、ストレスと血管新生の関係について解説します。
「ストレスでアトピーが悪化する」というのはよく知られていますが、これを「血管新生と胎児」の視点で見ると、非常に興味深い繋がりが見えてきます。
胎児期の発達において、血管や神経の成長は非常にデリケートなプロセスですが、これは自律神経系の形成とも密接に関わっています。大人になっても、強い精神的ストレスを感じると、自律神経のバランスが崩れ(交感神経の過緊張など)、血管の収縮・拡張のリズムが乱れます。
最新の研究では、慢性的なストレスが体内のコルチゾールなどのホルモンバランスを変え、それが間接的に皮膚の血管新生因子(VEGF)の発現を高める可能性が示唆されています。つまり、イライラや不安を感じ続けていると、脳が「非常事態だ」と判断し、体の修復機能を過剰に働かせようとして、結果的に皮膚の下で血管と神経を増やしてしまう恐れがあるのです。
また、ストレスは「掻く」という行動のトリガーにもなります。これを防ぐためには、以下のような「神経を鎮めるライフスタイル」を取り入れることが、遠回りのようでいて、実は皮膚内部の微細構造(マイクロアナトミー)を正常化する近道となります。
- 深呼吸とマインドフルネス:副交感神経を優位にし、血管の過剰な反応を鎮める。
- デジタルデトックス:眼精疲労や脳の興奮は、顔や首回りの神経過敏に直結します。
- 「触れる」ケア:スキンケアの際、優しく手のひらで包み込むように触れることは、オキシトシンなどの安心ホルモンを出し、かゆみ神経の興奮を抑制する効果が期待できます。
血管新生と胎児のメカニズムを知ることは、単に薬を塗るだけでなく、自分の体を「慈しむ」ことの科学的な裏付けとなります。あなたの皮膚は、今も胎児のように成長しようと必死なのかもしれません。その暴走を優しくなだめてあげることが、解決への第一歩となるでしょう。
理化学研究所 - アトピー性皮膚炎のかゆみ伝達機序を解明(ストレスや神経伝達物質とかゆみの関係性)


