抗コリン作用と副作用
抗コリン作用の副作用と高齢者の認知機能リスク
皮膚のかゆみに悩む高齢者が処方薬や市販薬を使用する際、最も注意すべきなのが「抗コリン作用」による認知機能への影響です。抗コリン作用とは、神経伝達物質であるアセチルコリンの働きを阻害する作用のことを指します 。アセチルコリンは脳内で記憶や学習、注意力の維持に不可欠な役割を果たしているため、これを薬でブロックしてしまうと、一時的な物忘れや混乱、長期的な認知機能の低下を招く恐れがあります 。
参考)抗コリン薬①(〜トロピ)
特に高齢者は、加齢に伴い血液脳関門(脳への物質の移動を制限するバリア)の機能が低下していることが多く、薬の成分が脳に移行しやすくなっています。そのため、若年層に比べて中枢神経系への副作用が出やすく、「薬剤性認知症」と呼ばれる状態を引き起こすリスクが高まります 。研究によると、強い抗コリン作用を持つ薬の長期使用は、認知症の発症リスクを有意に上昇させることが示唆されています 。
参考)https://www.medicalonline.jp/review/detail?id=4426
このリスクは見過ごされがちですが、以下のような初期症状がある場合は注意が必要です。
- 会話の内容が頭に入らなくなる
- 日付や場所の感覚が曖昧になる
- 以前よりぼんやりしている時間が増える
これらの症状は「歳のせい」と誤解されやすいですが、実は服用しているかゆみ止めや睡眠改善薬の影響である可能性があります。医師に相談し、薬の変更を検討することが第一の対策となります 。
参考)日本人高齢者における抗コリン薬使用と認知症リスク~LIFE研…
日本老年薬学会:日本版抗コリン薬リスクスケールについて
※高齢者が避けるべき薬のリストやリスク評価に関する専門的な資料です。
抗コリン作用を含むかゆみ止めの薬と眠気
皮膚のかゆみを抑えるためによく使われる「抗ヒスタミン薬」には、抗コリン作用が強く出るものと、そうでないものがあります。これを区別するキーワードが「第一世代」と「第二世代」です 。
第一世代抗ヒスタミン薬は、開発時期が古く、脳内に入り込みやすい(脂溶性が高い)という特徴があります。かゆみを止める効果は強力ですが、同時に脳内のヒスタミンやアセチルコリンもブロックしてしまうため、強い眠気や集中力の低下(インペアード・パフォーマンス)を引き起こします 。
参考)Redirecting to http://error.ju…
- 代表的な第一世代薬(抗コリン作用が強い)
一方、第二世代抗ヒスタミン薬は、脳内への移行が少なくなるように改良されています。そのため、抗コリン作用による副作用も大幅に軽減されており、高齢者や車の運転をする人でも比較的安全に使用できます 。
- 代表的な第二世代薬(抗コリン作用が弱い・少ない)
市販のかゆみ止め軟膏やクリームであっても、広範囲に塗布した場合や、皮膚のバリア機能が壊れている場合は成分が体内に吸収され、副作用が出る可能性があるため注意が必要です 。
参考)抗ヒスタミン薬おすすめ市販薬6選を紹介!蕁麻疹・湿疹、鼻のア…
厚生労働省:日本版抗コリン薬リスクスケール一覧表
※具体的な薬剤名とその抗コリン作用の強さがスコア化された公式リストです。抗コリン作用による口の渇きや便秘への対策
抗コリン作用は、自律神経の一つである「副交感神経」の働きを抑制します。副交感神経はリラックス時に活発になり、唾液の分泌や腸の運動(蠕動運動)を促進する役割を持っています。したがって、これを薬でブロックしてしまうと、口渇(ドライマウス)や便秘といった不快な症状が現れます 。
参考)中枢性抗コリン薬のゴロ(覚え方)|薬学ゴロ - 薬学部はゴロ…
口の渇きへの対策:
唾液が減ると、口の中の不快感だけでなく、虫歯や歯周病のリスク、誤嚥性肺炎のリスクも高まります。- こまめな水分補給(一度に大量ではなく、少量を回数多く)。
- キシリトールガムを噛んで唾液分泌を促す。
- 保湿効果のある口腔ケアジェルを使用する。
便秘への対策:
腸の動きが鈍くなる「弛緩性便秘」になりやすいため、下剤を安易に追加する前に生活習慣を見直します 。- 水溶性食物繊維(海藻、オクラ、もち麦など)を積極的に摂り、便を柔らかくする。
- 朝起きたらコップ一杯の水を飲み、腸を目覚めさせる。
- 腹部の「の」の字マッサージを行い、物理的に腸を刺激する。
もし、かゆみ止めを服用し始めてから「便が硬くなった」「口がパサパサして話しにくい」と感じた場合は、抗コリン作用の弱い薬への変更を医師や薬剤師に相談するサインです 。
参考)25年4月神ワザ集◎交感神経◎副交感神経表◎覚え方ゴロ看護完…
日本消化器内視鏡学会:薬が引き起こす便秘と下痢の症状
※薬剤性の便秘のメカニズムと対処法について消化器の専門家が解説しています。抗コリン作用と緑内障や前立腺肥大の禁忌
抗コリン作用を持つ薬を使用する際、絶対に確認しなければならないのが「緑内障」と「前立腺肥大症」の有無です。これらは、多くの抗コリン薬の添付文書で「禁忌(使用してはいけない)」または「慎重投与」に指定されています 。
参考)抗コリン作用のある薬
緑内障へのリスク:
抗コリン作用によって瞳孔が開く(散瞳)と、眼球内の水分(房水)の出口が狭くなり、眼圧が急激に上昇する可能性があります。特に「閉塞隅角緑内障」の患者さんが服用すると、失明につながる急性緑内障発作を誘発する恐れがあります。前立腺肥大症へのリスク:
膀胱の筋肉(排尿筋)の収縮力が弱まるため、尿が出にくくなる「尿閉」を引き起こすことがあります。前立腺肥大症ですでに尿道が圧迫されている高齢男性の場合、薬の影響で完全に尿が出なくなり、救急処置(導尿)が必要になるケースも珍しくありません 。参考)https://www.urol.or.jp/lib/files/other/guideline/38_woman_lower-urinary_v2.pdf
病院を受診する際は、必ず「お薬手帳」を持参し、眼科や泌尿器科にかかっていることを医師に伝えてください。また、市販薬のパッケージの裏面にも「次の人は服用しないでください」という欄にこれらの病名が記載されているため、購入前の確認が必須です 。参考)https://pharmacist.m3.com/column/quiz/5924
医療用医薬品添付文書:ポララミン錠(参考)
※実際の添付文書で「禁忌」の項目に緑内障や前立腺肥大などが記載されている例を確認できます。抗コリン作用の総負荷と生活習慣の影響
多くの人が見落としている視点として、「抗コリン作用の総負荷(ACB:Anticholinergic Cognitive Burden)」という概念があります。これは、一つの強い薬だけが問題なのではなく、弱い抗コリン作用を持つ複数の薬を併用することで、身体への負担が蓄積し、重篤な副作用を引き起こすという考え方です 。
参考)薬剤師のためのお役立ちcolumn/トレーシングレポートにお…
意外なことに、かゆみ止めだけでなく、以下のような身近な薬にも抗コリン作用が含まれていることがあります。- 市販の胃腸薬(胃酸分泌を抑える成分)
- 酔い止め薬
- 一部の精神安定剤や抗うつ薬
例えば、「かゆみ止め」と「胃薬」と「風邪薬」を同時に飲んだ場合、それぞれの抗コリン作用は弱くても、合算されたスコア(総負荷)は危険域に達する可能性があります。日本老年薬学会のガイドラインでは、このスコアが高いほど認知機能低下のリスクが上がると警告しています 。
参考)https://www.jsgp.or.jp/wp/wp-content/uploads/2024/05/anticholinergic-risk-scale.pdf
さらに、独自の視点として注目すべきは「脳-腸-皮膚相関」です。抗コリン作用によって便秘(腸の動きの停滞)が起きると、腸内環境が悪化し、悪玉菌が増殖します。近年の研究では、腸内環境の乱れが皮膚のバリア機能を低下させ、結果としてかゆみをさらに悪化させるという悪循環が生じることが指摘されています 。
参考)肌荒れがおなかの不調や不安を招く⁉脳・腸・皮膚の相互作用「脳…
つまり、かゆみを止めるために飲んだ薬が原因で便秘になり、その便秘が巡り巡って肌荒れやかゆみを治りにくくさせている可能性があるのです。薬を選ぶ際は、単に「かゆみが止まるか」だけでなく、「腸や脳への負担(抗コリン負荷)が少ないか」という視点を持つことが、根本的な解決への近道となります。日本版抗コリン薬リスクスケール(詳細版)
※どの薬がスコア1~3に該当するかを確認し、ご自身の服薬状況(総負荷)をチェックするのに役立ちます。
- 代表的な第二世代薬(抗コリン作用が弱い・少ない)


