抗てんかん薬の副作用と精神症状
抗てんかん薬の副作用で精神症状が出るメカニズム
抗てんかん薬を服用することで、なぜ「イライラ」や「抑うつ」といった精神症状が現れるのでしょうか。その背景には、薬が作用する脳内の神経伝達物質のバランス変化が深く関わっています。
まず理解しておきたいのは、てんかん発作が「脳の神経細胞の過剰な興奮」によって引き起こされるという点です 。抗てんかん薬はこの過剰な興奮を鎮めるために、主に2つのアプローチをとります。ひとつは、興奮性の神経伝達物質である「グルタミン酸」の働きを抑えること。もうひとつは、抑制性の神経伝達物質である「GABA(ギャバ)」の働きを強めることです 。
参考)バイナリファイル (標準入力) に一致しました
しかし、この「脳の興奮を抑える」という作用は、てんかん発作だけでなく、人間の感情や意欲をつかさどる部分にも影響を及ぼします 。例えば、脳の活動全体が抑制されることで、気分の落ち込みや意欲の低下、いわゆる「抑うつ状態」が引き起こされることがあります 。逆に、特定の神経回路の抑制が不均衡になると、感情のブレーキが効かなくなり、「易刺激性(いしげきせい)」と呼ばれる、些細なことで怒りっぽくなる状態や、攻撃性が高まる現象が起こることもあります 。
参考)https://shizuokamind.hosp.go.jp/epilepsy-info/news/n15-5/
さらに、興味深い現象として「強制正常化(きょうせいせいじょうか)」というメカニズムも知られています 。これは、抗てんかん薬によって脳波上のてんかん放電が強力に抑制され、脳波が「正常化」した途端に、反比例するように精神症状(幻覚や妄想、激しい気分の変動など)が現れる現象です 。発作が止まっているのに心が不安定になるこの現象は、患者さん本人や家族にとって非常に戸惑いが大きいものですが、薬が効きすぎている、あるいは脳のバランスが急激に変化したことによる副作用の一つと考えられています 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/ninchishinkeikagaku/18/1/18_1/_pdf/-char/ja
このように、抗てんかん薬による精神症状は、単なる「気分の問題」ではなく、薬理学的な作用機序に基づく脳の生理的な反応なのです。特に、脳の機能が未発達な小児や、代謝機能が低下している高齢者、あるいはもともと精神疾患の既往がある方では、これらのメカニズムがより強く働き、症状が出やすくなる傾向があるため注意が必要です 。
参考)帯状疱疹
参考:抗てんかん薬と精神症状 - 日本精神神経学会(薬剤ごとの詳細な精神症状メカニズムについて)
抗てんかん薬の副作用による精神症状の種類と特徴
抗てんかん薬の副作用として現れる精神症状は多岐にわたりますが、大きく分けて「活動性が低下する症状」と「活動性が過剰になる症状」の2つのパターンがあります。
1. 活動性が低下する症状:抑うつ、無気力、認知機能の低下
多くの抗てんかん薬に見られるのが、鎮静作用に伴う症状です 。
参考)1.抗てんかん薬の副作用
- 抑うつ・不安: 気分がふさぎ込む、何をするのも億劫になる、将来への不安が強まるといった症状です。フェノバルビタールなどの古い薬だけでなく、トピラマートやゾニサミドといった比較的新しい薬でも報告されています 。
- 眠気・集中力低下: 薬の血中濃度が上がるピーク時などに、強い眠気やぼーっとする感覚(傾眠)が生じます。これが続くと「認知機能が落ちた」と感じたり、仕事や勉強のパフォーマンスが著しく低下したりします 。
- 思考の緩慢化: 言葉がすぐに出てこない、判断が遅くなるなど、脳の回転が鈍くなったように感じることがあります 。
参考)https://shizuokamind.hosp.go.jp/epilepsy-info/question/faq6-2/
2. 活動性が過剰になる症状:易刺激性、攻撃性、焦燥感
一方で、感情のコントロールが難しくなり、攻撃的になる副作用も問題となります 。
参考)医学界新聞プラス [第2回]抗てんかん薬の向精神作用による精…
- 易刺激性(イライラ): 普段なら気にならないような小さな音や他人の言動に対して、過剰に腹を立ててしまう状態です。本人も「なぜこんなにイライラするのか分からない」と苦しむケースが少なくありません 。
参考)イラつき・怒りについて考える
- 攻撃性・暴力: 易刺激性が高まると、物にあたったり、家族に対して暴言を吐いたり、時には手が出てしまうこともあります。これは性格の問題ではなく、薬剤による「脱抑制(理性のブレーキが外れること)」が原因である可能性があります 。
参考)https://epilepsy-center.ncnp.go.jp/pdf/221211_document1_03.pdf
- 精神病様症状: まれにですが、現実にはない声が聞こえる(幻聴)、誰かに狙われていると思い込む(被害妄想)といった統合失調症に似た症状が現れることもあります 。
これらの症状は、薬を飲み始めて数週間以内に現れることが多いですが(初期副作用)、用量を増やしたタイミングで出現したり、あるいは長期間服用している中で徐々に変化が現れたりすることもあります 。重要なのは、これらの変化が「患者さんのわがまま」や「性格の悪化」ではなく、「薬の副作用である可能性が高い」と周囲が理解することです 。
参考)https://www.neurology-jp.org/guidelinem/epgl/sinkei_epgl_2010_08.pdf
参考:てんかんと精神症状 - NCNP(具体的な症状の現れ方と家族の対応について)
抗てんかん薬の副作用と精神症状が出やすい薬剤
すべての抗てんかん薬が同じように精神症状を引き起こすわけではありません。薬剤によって「イライラが出やすいもの」「落ち込みが出やすいもの」、あるいは逆に「気分を安定させるもの」といった特徴があります。ここでは主要な薬剤ごとの傾向を解説します。
| 薬剤名(一般名) | 主な精神的副作用の傾向 | 備考 |
|---|---|---|
| レベチラセタム | 易刺激性、攻撃性、焦燥感 | 新規抗てんかん薬の中で最も使用頻度が高いが、イライラや攻撃性の副作用報告が多い 。 |
| ペランパネル | 易怒性、暴言、敵意 | 「他者への攻撃性」が警告欄に記載されるほど特徴的。用量依存的にリスクが高まる 。 |
| ゾニサミド | 抑うつ、無気力、思考緩慢 | 活動性が低下し、うつ状態になるリスクが比較的高いとされる 。 |
| トピラマート | 抑うつ、言葉が出にくい | 認知機能への影響や抑うつに加え、語想起障害(言葉に詰まる)が出ることがある 。 |
| フェノバルビタール | (小児)多動、興奮(成人)抑うつ、眠気 | 古い薬だが、子供と大人で真逆の精神症状が出やすいのが特徴 。 |
| カルバマゼピン | 気分安定作用(ポジティブ) | 躁うつ病の治療にも使われるため、基本的には精神を安定させるが、眠気は強い 。 |
| ラモトリギン | 気分安定作用(抗うつ的) | 気分の落ち込みを持ち上げる作用があるが、一部の患者では逆に不眠や興奮を招くこともある 。 |
レベチラセタム(イーケプラ)の注意点:
現在、てんかん治療の第一選択薬として非常に多く処方されているレベチラセタムですが、最大の特徴は「易刺激性(イライラ)」です 。研究によると、レベチラセタム服用者の約20%以上に精神的な副作用が見られ、特に「怒りっぽくなる」ことが中断の理由になりやすいとされています 。これはビタミンB6の併用で軽減できるという報告もありますが、性格が変わったように感じたら早めの相談が必要です 。
参考)Psychiatric and behavioral sid…
ペランパネル(フィコンパ)の注意点:
この薬も強力な発作抑制効果を持ちますが、副作用として「易怒性(怒りっぽさ)」や「暴力的な行動」が出現することがあります 。特に高用量で使用した場合や、急速に増量した場合にリスクが高まります 。
一方で、カルバマゼピン(テグレトール)、バルプロ酸(デパケン)、ラモトリギン(ラミクタール)などは、精神科領域でも「気分安定薬」として双極性障害(躁うつ病)の治療に使われる薬です 。これらの薬は、てんかん発作を抑えると同時に、不安定な精神状態を穏やかにする「一石二鳥」の効果が期待できる場合があります 。しかし、副作用には個人差が大きく、「気分安定薬だから絶対に安心」というわけではありません。
参考:レベチラセタム添付文書(副作用の項目に易刺激性や攻撃性に関する記載あり)
【独自視点】かゆみ治療の抗てんかん薬と精神症状の関連
ここまでは「てんかん治療」の文脈で解説してきましたが、実は「皮膚のかゆみ」に悩む皆さんにとっても、この抗てんかん薬の精神症状は他人事ではありません。
慢性的なかゆみ、特に「神経障害性掻痒(しんけいしょうがいせいそうよう)」と呼ばれるタイプのかゆみ(帯状疱疹後神経痛に伴うかゆみや、透析患者さんのかゆみなど)に対して、皮膚科やペインクリニックではガバペンチン(ガバペン)やプレガバリン(リリカ)という薬が頻繁に処方されます 。
参考)https://www.seirei.or.jp/mikatahara/doc_kanwa/contents1/14.html
これらは分類上、立派な「抗てんかん薬」です。脳や神経の興奮を抑えることで、かゆみの信号が脳に伝わるのをブロックする仕組みですが、当然ながら脳全体への作用も伴います 。
参考)抗てんかん発作薬の副作用とそのマネジメント
かゆみ治療薬(プレガバリン・ガバペンチン)の精神的リスク:
これらの薬は、レベチラセタムのような激しい攻撃性を引き起こすことは比較的少ないですが、以下のような精神・神経症状が高い頻度で現れます 。
参考)精神科・心療内科の薬と飲み合わせに注意が必要な薬②プレガバリ…
- 強い眠気とふらつき: 服用初期にガクッと意識が遠くなるような眠気や、千鳥足になるようなふらつきが出やすく、これが原因で「やる気が出ない」「頭が働かない」という抑うつ的な状態に陥ることがあります 。
- 気分の変動・離脱症状: プレガバリンなどを長期間服用した後に急に飲むのをやめると、反動で「神経過敏」「不安」「不眠」「抑うつ」といった離脱症状が現れることが知られています 。かゆみが治まったからといって自己判断でスパッとやめると、急激に心が不安定になるリスクがあるのです。
- 自殺念慮のリスク: 海外の研究や添付文書では、ガバペンチンを含む抗てんかん薬全般において、自殺念慮や自殺企図のリスクがわずかながら上昇する可能性が警告されています 。かゆみ自体が強いストレス源である上に、薬の副作用で気分が沈んでしまうと、精神的に追い詰められてしまう悪循環が生じかねません。
「ただのかゆみ止め」だと思って飲んでいた薬が、実は「脳に作用する強力な薬」であり、その副作用で「最近なんだか気分が優れない」「不安で仕方がない」といった状態になっている可能性があります 。もし、かゆみの治療を始めてから心の不調を感じるようになった場合は、皮膚科医に「精神的な副作用ではないか?」と相談することが極めて重要です。皮膚科の先生は皮膚の専門家ですが、精神的な副作用については患者さんからの訴えがないと気づきにくい場合があるからです。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpm/57/12/57_1237/_pdf
参考:神経障害性疼痛薬の副作用 - 日本ペインクリニック学会(プレガバリン等の副作用とめまい・眠気について)
抗てんかん薬の精神症状への対処法と注意点
抗てんかん薬による精神症状が現れた場合、あるいはその疑いがある場合、どのように対処すればよいのでしょうか。自己判断での対応は症状を悪化させる危険があるため、必ず以下のステップを踏んでください。
1. 「副作用メモ」をつけて医師に伝える
まず、「いつから」「どのような状況で」「どんな変化があったか」を記録します 。
参考)https://epilepsy-center.ncnp.go.jp/pdf/200808_document_05.pdf
- 例:「薬が増えた3日後から、些細なことで子供を怒鳴るようになった」
- 例:「朝起きた時にひどい憂鬱感があり、仕事に行けない日が週2回ある」
このように具体的に伝えることで、医師は「病気の悪化」なのか「薬の副作用」なのかを判断しやすくなります 。
2. 薬の調整(減量・変薬)
最も基本的な対処法は、原因となっている薬剤の量を減らすか、別の種類の抗てんかん薬に変更することです 。
参考)てんかん 合併する精神症状|横浜 こころと脳波・てんかんのク…
- 減量: 効果を維持できるギリギリまで量を減らすことで、精神症状だけが消失することがあります 。
- 置換(変薬): 例えば、イライラが強いレベチラセタムから、気分安定作用のあるラモトリギンやバルプロ酸に変更するといった対応がとられます 。
- 緩徐導入: 新しい薬を始める際、ごく少量からスタートし、数週間かけてゆっくり増やしていくことで、脳を徐々に慣らし、副作用の出現を防ぐことができます 。
3. ビタミンB6や漢方薬の併用
薬をどうしても変更できない場合、補助的な治療が有効なことがあります。
- ビタミンB6: 特にレベチラセタムによるイライラや攻撃性に対して、ビタミンB6(ピリドキシン)を併用することで症状が緩和されるという臨床報告があります 。
- 漢方薬: 「抑肝散(よくかんさん)」などの漢方薬は、神経の興奮を鎮め、イライラや不眠を和らげる効果があり、抗てんかん薬と併用されることがよくあります。
4. 決して自己中断しない(重要)
精神症状が辛いからといって、自分の判断で急に薬を飲むのをやめること(断薬)は絶対に避けてください 。急な中断は、反動で重篤なけいれん発作(てんかん重積状態)を引き起こしたり、離脱症状による激しい不安や不眠を招いたりする危険があります 。必ず医師の指導の下で、計画的に減量する必要があります。
5. 生活環境の調整
薬の調整と並行して、ストレスを減らす環境作りも大切です。睡眠不足は精神症状を悪化させる最大の要因の一つです。規則正しい生活を心がけ、家族や職場にも「薬の副作用で一時的に情緒が不安定になっている可能性がある」ことを伝え、理解と協力を求めることも、精神的な負担を減らす大きな助けとなります 。
参考:抗てんかん薬の副作用・内服管理の仕方 - NCNP(副作用への具体的な対応フローチャート)


