マレイン酸とフマル酸の融点の違いと痒み止めの意外な関係

マレイン酸とフマル酸の関係
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かゆみ止め成分

マレイン酸は「クロルフェニラミンマレイン酸塩」として、一般的なかゆみ止め薬に広く使われています。

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融点の決定的な差

マレイン酸の融点は約130℃と低いのに対し、フマル酸は約300℃と非常に高い融点を持ちます。

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溶解度の秘密

融点が低いマレイン酸は水に溶けやすく、融点が高いフマル酸は水に溶けにくいという対照的な性質があります。

マレイン酸とフマル酸の融点の違い

有機化学の学習において、マレイン酸とフマル酸のペアは最も有名な「幾何異性体」の例として登場します。しかし、単なる試験勉強の知識だと思って通り過ぎてしまうにはもったいないほど、この二つの物質には興味深い性質の違いが隠されています。特に「融点」における劇的な差は、物質のミクロな構造がマクロな性質にどう影響するかを示す完璧な教科書的実例です 。

 

まず、具体的な数値を見てみましょう。マレイン酸の融点は約130℃~135℃です。これに対し、フマル酸の融点は約287℃~300℃(封管中で測定、通常は昇華する)と、倍以上の開きがあります 。同じ「C4H4O4」という分子式を持ち、同じ原子の数で構成されているにもかかわらず、なぜこれほどまでに融点に差が出るのでしょうか。

 

参考)マレイン酸とフマル酸の酸の強さとそのメカニズム

この違いを理解することは、実は私たちが日常的に使用している「皮膚のかゆみ止め薬」や「食品添加物」が、なぜその成分を選んでいるのかを理解する鍵にもなります。融点が低いということは、結晶としての結合が弱いことを意味し、それは水への溶けやすさ(溶解度)に直結します 。逆に、融点が高いということは、結晶が強固で安定していることを意味します。この「安定性」と「溶解性」のトレードオフこそが、マレイン酸とフマル酸の運命を分けているのです。

 

参考)フマル酸とマレイン酸で、水に対する溶解度が違う理由は何でしょ…

以下では、この融点の違いが生じる化学的なメカニズムと、それが実際の医薬品や私たちの生活にどう応用されているのかを、専門的なキーワードを交えながら詳しく解説していきます。

 

融点が違う決定的な理由:分子内と分子間の水素結合

マレイン酸とフマル酸の融点の違いを決定づけている最大の要因は、「水素結合」が形成される場所の違いにあります。これを理解するためには、それぞれの分子がどのような形をしているかをイメージする必要があります。

 

ここで重要なのは、「分子」の結合が結晶全体の強さを決めるということです。

 

  1. フマル酸の強固な結束: フマル酸は分子間水素結合によって、隣の分子と次々に手をつなぎ、ジャングルジムのように強固で規則正しいネットワーク(結晶格子)を作ります。この強い結びつきを切断して液体にするには、非常に大きな熱エネルギーが必要です。これが、フマル酸の融点が約300℃と極めて高い理由です 。​
  2. マレイン酸の孤立: 一方、マレイン酸は分子内で「自分自身の手」を握ってしまっています(分子内水素結合)。その分、隣の分子と手をつなぐ余力が残っておらず、分子同士の結びつきが弱くなります。結果として、少しの熱エネルギーを加えるだけで分子がバラバラになりやすく、融点が約130℃と低くなるのです 。

    参考)https://ameblo.jp/memorymap/entry-11592400433.html

この「誰と手をつなぐか」という選択の違いが、融点という物理的な性質に劇的な差を生み出しています。

 

シス型とトランス型の構造が生む溶解度の差

融点の違いは、水への「溶解度」にも逆相関する形で影響を与えます。一般的に、結晶が強固であればあるほど、水分子がその結晶を崩して溶かし込むのが難しくなります。

 

  • マレイン酸(溶解度 大): 融点が低く、分子間の結合が弱いマレイン酸は、水分子のアタックによって容易に結晶が崩れます。さらに、シス型の構造は極性(電気的な偏り)が大きいため、極性溶媒である水と非常になじみやすい性質を持っています 。具体的なデータでは、25℃の水100gに対してマレイン酸は約78g~79gも溶けることができます 。これは驚異的な溶けやすさです。
  • フマル酸(溶解度 小): 一方、融点が高く強固な結晶構造を持つフマル酸は、水分子が入り込む隙を与えません。トランス型の構造は対称性が高く、無極性に近い性質を持つため、水との親和性も低くなります 。溶解度は25℃の水100gに対してわずか0.63g程度しかありません 。

    参考)フマル酸 - Wikipedia

以下の表に、構造と性質の違いをまとめます。

 

特徴 マレイン酸 (Maleic Acid) フマル酸 (Fumaric Acid)
立体構造 シス (Cis) 型 トランス (Trans) 型
カルボキシ基の位置 同じ側 (近い) 反対側 (遠い)
主な水素結合 分子内水素結合 分子間水素結合
結晶の結合力 弱い (分子同士が緩い) 強い (ガッチリ固まる)
融点 低い (約130-135℃) 高い (約287-300℃)
水への溶解度 非常に溶けやすい 溶けにくい
主な用途 医薬品の塩 (溶解性向上) 食品酸味料、乾癬治療薬

 

参考)マレイン酸

この「水への溶けやすさ」という性質こそが、次のセクションで解説する「かゆみ止め」としての運命を決定づけているのです。

 

なぜ「マレイン酸」がかゆみ止めに使われるのか?

皮膚のかゆみに悩む方の多くが手にする市販薬や処方薬。その成分表を見ると、「クロルフェニラミンマレイン酸塩」という名前を頻繁に目にするはずです 。なぜ、ただのクロルフェニラミンではなく、わざわざ「マレイン酸」とくっつけて(塩にして)いるのでしょうか。

その答えは、先ほど解説した「溶解度の高さ」にあります。

 

医薬品が体内で効果を発揮するためには、まず体液(水分)に溶けなければなりません。クロルフェニラミン自体(フリー体)は油には溶けやすいものの、水には溶けにくい性質があります。そのままでは吸収効率が悪く、速効性が期待できない場合があります。そこで、水に非常に溶けやすい性質を持つ「マレイン酸」と反応させて「塩(えん)」の形にします 。

 

参考)クロルフェニラミンマレイン酸塩(クロルフェニラミンマレインサ…

マレイン酸塩となることで、薬の成分は水に劇的に溶けやすくなります。

 

もしこれが「フマル酸塩」だったとしたらどうでしょうか。フマル酸は水に溶けにくいため、薬としての吸収が遅くなり、かゆみがなかなか引かないという事態になりかねません。私たちが普段、「飲めばすぐに効く」と感じられるのは、マレイン酸というパートナーが持つ「溶けやすさ(低い融点由来の不安定さ)」のおかげなのです。

 

参考リンク:エスエス製薬 - クロルフェニラミンマレイン酸塩(成分の効果や用途について詳しく解説されています)

フマル酸の意外な使い道:乾癬治療と食品

マレイン酸が「溶けやすさ」を武器に即効性のある医薬品(抗ヒスタミン薬など)で活躍する一方、融点が高く安定しているフマル酸は役に立たないのでしょうか?実は、フマル酸にはその「安定性」と独自の生理作用を活かした、全く異なる活躍の場があります。

 

その一つが、難治性の皮膚疾患である「乾癬(かんせん)」の治療です。

 

日本ではあまり馴染みがないかもしれませんが、ヨーロッパでは古くからフマル酸エステル(フマル酸ジメチルなど)が乾癬の治療薬として認可され、広く使われています 。

 

参考)CareNet Academia

乾癬は、皮膚の細胞が異常なスピードで増殖し、炎症やかゆみを引き起こす病気です。フマル酸誘導体には、免疫細胞のバランスを調節し、過剰な炎症反応を抑える働きがあることが分かっています 。

 

参考)フマル酸ジメチルは乾癬患者のTreg-Th17細胞軸を調節す…

ここでのポイントは、フマル酸が持つ独特の生化学的特性です。フマル酸は私たちの体内(クエン酸回路)でも作られる物質であり、細胞の代謝に深く関わっています。この特性を利用して、免疫系に穏やかに作用させるのです。最近の研究では、フマル酸ジメチルが細胞内の特定のタンパク質に作用し、抗酸化反応を引き起こすことで症状を改善するメカニズムも解明されつつあります 。

 

参考)https://www.cosmobio.co.jp/aaas_signal/archive/rr-20160913.asp

また、もっと身近なところでは、フマル酸はその「強烈な酸味」と「熱への安定性」を活かして、食品添加物(酸味料)として利用されています 。

 

参考)110-17-8・フマル酸・Fumaric Acid・069…

  • ラムネ菓子やサイダー: スッキリとした強い酸味をつけるために使われます。
  • ベーキングパウダーの助剤: 熱に強いため、高温で焼くパンやクッキーの中でも安定して炭酸ガスの発生を助けます。

このように、「融点が高い=ガッチリ固まって安定している」というフマル酸の性質は、長期保存が必要な食品や、体内でじっくり作用させる薬剤としての用途に適しているのです。

 

マレイン酸とフマル酸。「融点の違い」というたった一つの物理的データの裏側には、分子レベルのドラマがあり、それが私たちの「かゆみ止め」の効き目や、「お菓子の味」、さらには「難病治療」にまで繋がっています。次に薬の成分表を見たときは、ぜひその背景にある化学的な工夫に思いを馳せてみてください。

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