マスト細胞とヒスタミン
皮膚のかゆみに長年悩まされている方にとって、「マスト細胞(肥満細胞)」と「ヒスタミン」という言葉は馴染み深いものかもしれません。しかし、これらが単に「アレルギー反応でかゆみを出す物質」という単純な図式だけで動いているわけではないことは、意外と知られていません。実は、マスト細胞は私たちの体内で「歩哨(見張り役)」としての高度な機能を持ち、アレルゲン以外の様々な刺激に対しても敏感に反応してヒスタミンを放出しています。ここでは、最新の研究知見に基づき、その複雑なメカニズムと具体的な抑制策について、専門的な視点から深掘りしていきます。
マスト細胞とヒスタミンの放出の仕組み
マスト細胞からヒスタミンが放出される現象は、専門用語で「脱顆粒(だつかりゅう)」と呼ばれます。マスト細胞の内部には、ヒスタミンをはじめとする様々な生理活性物質(ケミカルメディエーター)が詰まった袋(顆粒)が多数存在しています 。この顆粒が細胞の外へと一気に吐き出されるプロセスこそが、激しいかゆみや発赤の正体です。
参考)医学書院/週刊医学界新聞 【〔インタビュー〕アレルギーの本質…
この脱顆粒が起こる最も代表的なルートは、IgE抗体を介した免疫反応です。
- 感作(準備段階): まず、花粉やダニなどのアレルゲンが体内に侵入すると、それに対抗するために特異的なIgE抗体が作られます。このIgE抗体は、マスト細胞の表面にある受容体(FcεRI)に結合し、まるでアンテナのように待機状態に入ります 。
- 架橋(発火): 再びアレルゲンが侵入し、マスト細胞上の隣り合うIgE抗体同士を橋渡しするように結合(架橋)すると、細胞内部で爆発的なシグナル伝達が始まります。
- カルシウム流入: シグナルが伝わると、細胞外から細胞内へカルシウムイオンが急速に流入します。これと同時に細胞内のカルシウム貯蔵庫からもカルシウムが放出され、細胞内のカルシウム濃度が一気に上昇します 。これが引き金となり、顆粒膜と細胞膜が融合し、中身のヒスタミンが細胞外へと放出されるのです。
しかし、注目すべきは「非IgE依存性」の放出メカニズムです。実は、アレルギー抗体が関与しなくても、マスト細胞は直接的な刺激によって脱顆粒を起こすことがあります。例えば、特定の薬剤、急激な温度変化、機械的な摩擦、そして後述するストレス物質などが直接マスト細胞の受容体を刺激し、Gタンパク質共役型受容体(GPCR)などを介してヒスタミン放出を促すことが分かっています 。原因不明の蕁麻疹や、アレルギー検査で陰性だったのにかゆみが止まらないケースでは、この非IgEルートが関与している可能性が高いのです。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/arerugi/65/2/65_104/_pdf
日本生化学会 - マスト細胞活性化とアレルギー疾患(詳細な分子メカニズムの解説)
京都薬科大学 薬理学分野 - マスト細胞の成熟とヒスタミン合成の制御について
マスト細胞とヒスタミンの抑制の食べ物
薬物療法以外で、日々の食事からマスト細胞の安定化を図ることは可能です。特定の栄養素には、マスト細胞の膜を丈夫にし、脱顆粒を起こりにくくする作用(マスト細胞安定化作用)や、ヒスタミンの放出自体を抑制する働きが報告されています。特に注目されているのが、植物由来のポリフェノールの一種である「フラボノイド」です。
効果が期待される主な成分と食材:
- ルテオリン(Luteolin):
フラボノイドの中でも特に強力なヒスタミン遊離抑制作用を持つ成分として研究が進んでいます。動物実験において、ルテオリンを摂取させることでマスト細胞からのヒスタミン放出や炎症性サイトカインの産生が抑制され、アレルギー症状が改善したという報告があります 。
- 多く含む食材: セロリ、ピーマン、パセリ、春菊、カモミールティー
- ケルセチン(Quercetin):
「天然の抗ヒスタミン剤」とも呼ばれる成分で、マスト細胞の細胞膜を安定化させ、ヒスタミンの放出を防ぐ働きがあります。また、炎症を引き起こす酵素の働きを阻害する作用も併せ持っています。
- 多く含む食材: 玉ねぎ(特に皮に近い部分)、リンゴ、ブロッコリー、緑茶
- メチル化カテキン(Epigallocatechin-3-O-(3-O-methyl)gallate):
通常のお茶に含まれるカテキンよりも吸収率が高く、強力な抗アレルギー作用を持つとされています 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcam/3/1/3_1_1/_pdf
- 多く含む食材: べにふうき緑茶
注意すべき「ヒスタミン遊離促進物質」と「仮性アレルゲン」:
一方で、アレルギーそのものではないにもかかわらず、食べた直後にマスト細胞を刺激してヒスタミンを出させてしまう食品(ヒスタミンリベレーター)や、食品そのものにヒスタミンが多く含まれているものも存在します。かゆみが強い時期は、以下の食品の摂取をコントロールすることが推奨されます。- ヒスタミンを多く含む食品(直接摂取):
鮮度の落ちた青魚(サバ、マグロなど)、発酵食品(チーズ、サラミ、ワイン、納豆)、ほうれん草、トマト。ヒスタミンは加熱しても分解されないため、鮮度管理が重要です 。
参考)ヒスタミン - 脳科学辞典
- ヒスタミン遊離を促進する食品(リベレーター):
チョコレート、イチゴ、豚肉、タケノコ、山芋など。これらは体内のマスト細胞を直接刺激しやすいとされています。
食事療法は即効性を求めるものではなく、数週間から数ヶ月単位で体質を底上げしていくイメージで取り組むことが重要です。まずは毎日の食事に、セロリや玉ねぎを意識的に取り入れるところから始めてみてください。
J-Stage - アレルギーとフラボノイド(各種フラボノイドの抑制効果比較)
マスト細胞とヒスタミンの概日リズムと夜間のかゆみ
「夜、布団に入ってから体が猛烈にかゆくなる」という経験は多くの人が持っています。これは単に体が温まったから、という理由だけではありません。実は、マスト細胞自体が「体内時計」を持っており、時間帯によってその活動レベルを劇的に変化させていることが、近年の研究で明らかになっています。
私たちの体には、約24時間周期のリズムを刻む「時計遺伝子(Clock遺伝子やBmal1遺伝子など)」が存在します。驚くべきことに、マスト細胞の中にもこの時計遺伝子が組み込まれており、「夜間はヒスタミンを放出しやすく、昼間は放出しにくい」というリズムを自律的に刻んでいるのです 。
参考)第70回日本アレルギー学会学術大会 その1
山梨大学や京都薬科大学の研究グループによる報告では、マウスを用いた実験において、マスト細胞の体内時計が「休息期(人間でいう夜)」にアレルギー反応を強く引き起こすようにプログラムされていることが示されています。具体的には、夜間になるとマスト細胞内の時計遺伝子が、IgE受容体の量を増やしたり、脱顆粒に必要な分子の準備を整えたりして、"攻撃態勢"を強化してしまうのです 。
さらに、体内時計はホルモン分泌にも影響を与えています。- コルチゾールの低下: 副腎皮質から分泌されるコルチゾールは、強力な抗炎症作用を持ち、かゆみを抑える働きがあります。このコルチゾールの分泌量は朝にピークを迎え、夜間から深夜にかけて最も低くなります。つまり、夜は天然のかゆみ止めが切れている状態なのです。
- 皮膚バリア機能の低下: 皮膚の水分蒸散量(TEWL)も概日リズムの影響を受け、深夜に最大となります 。夜間は肌が最も乾燥しやすく、外部刺激に対して無防備になるため、マスト細胞への刺激が届きやすくなります。
独自視点:リズムを「騙す」可能性
最新の研究では、このマスト細胞の体内時計を薬理学的に操作し、細胞に「今は昼だ」と錯覚させることで、夜間の過剰なアレルギー反応を抑制できる可能性が示唆されています 。これは将来的に、単にヒスタミンをブロックするだけでなく、「細胞の時間をずらす」という全く新しいアプローチの治療薬につながるかもしれません。現状で私たちができる対策は、規則正しい睡眠と朝の光を浴びることで、この体内時計のズレを最小限に抑え、マスト細胞のリズムを正常に保つことです。夜更かしや不規則な生活は、マスト細胞の「攻撃モード」を長引かせる原因となり得ます。参考)https://www.yamanashi.ac.jp/2672
山梨大学 - 体内時計を標的としたアレルギーの新しい治療研究(マスト細胞の時計遺伝子制御)
伊勢丘内科クリニック - 概日リズムと皮膚バリア機能の関係マスト細胞とヒスタミンとストレス原因
「ストレスで蕁麻疹が出た」という話はよく聞きますが、これは単なる精神論ではありません。神経系と免疫系は密接に連携しており、ストレスを感じた脳からの指令が、物理的にマスト細胞を叩き起こすルートが存在するのです。これを「神経原性炎症(Neurogenic Inflammation)」と呼びます。
私たちが強い精神的ストレスや痛みを感じると、末梢神経の末端から「サブスタンスP(Substance P)」などの神経伝達物質(ニューロペプチド)が放出されます。マスト細胞は、皮膚の中で神経繊維と寄り添うように存在しており、このサブスタンスPを受け取る受容体(NK-1受容体など)を持っています 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/yakushi/125/9/125_9_671/_pdf/-char/en
神経から放出されたサブスタンスPがマスト細胞に結合すると、IgE抗体とは全く無関係に、急速かつ強力な脱顆粒が引き起こされます。つまり、アレルゲンが全くないクリーンな環境にいたとしても、強いプレッシャーや不安を感じた瞬間に、神経からのシグナルによって体内でヒスタミンがばら撒かれてしまうのです。さらに、ストレスによって自律神経のバランスが崩れ、交感神経が優位な状態が続くと、マスト細胞の感受性が高まることも示唆されています。慢性的なストレス下では、通常なら反応しない程度の微弱な刺激(衣服の擦れやわずかな温度変化)に対してもマスト細胞が過剰反応しやすくなります。これを「マスト細胞のプライミング(感作亢進)」と捉える研究者もいます。
したがって、かゆみ対策において「リラックス」は医学的にも理にかなった治療の一環です。深呼吸や入浴などで副交感神経を優位にすることは、神経からのサブスタンスPの放出を抑え、マスト細胞への「誤射命令」を止めることに直結します。
J-Stage - 顕微光学法によるマスト細胞活性化の分子動態(神経とマスト細胞の接着について)
国立精神・神経医療研究センター - ストレスと免疫機能(サブスタンスPと脱顆粒)マスト細胞とヒスタミンの生活での対策
これまでのメカニズムを踏まえ、日常生活でマスト細胞を刺激せず、ヒスタミンの影響を最小限に抑えるための具体的な対策をまとめます。アレルギー薬を飲むだけでなく、物理的・環境的要因をコントロールすることが重要です。
- 温度差の管理(温熱・寒冷刺激の回避):
急激な温度変化はマスト細胞への物理的な刺激となります。特に、入浴後に体が温まった状態から急に脱衣所の冷気にさらされたり、逆に冷えた体で熱いお風呂に入ったりすると、「コリン性蕁麻疹」や「寒冷蕁麻疹」のように、温度差そのものがトリガーとなってヒスタミンが放出されます。
- 対策: 脱衣所を暖めておく、ぬるめのお湯(38~40度)に浸かる、お風呂上がりはすぐに保湿して皮膚温度の急変を防ぐ。
- 物理的刺激の排除(振動・圧迫):
マスト細胞は「振動」や「圧迫」にも反応します。きつい下着のゴムの締め付けや、長時間座りっぱなしでお尻が圧迫されること、あるいはバイクや工具などの振動が長時間加わることも、局所的な脱顆粒の原因となります 。
- 対策: 締め付けの少ない天然素材(綿やシルク)の衣類を選ぶ。縫い目が肌に当たらないシームレスなものを着用する。
- 皮膚バリアの補強(保湿のタイミング):
前述の通り、夜間は皮膚バリア機能が低下し、外部刺激がマスト細胞に届きやすくなります。
- 対策: 入浴直後(5分以内)の保湿に加え、就寝直前にもう一度保湿剤を塗る「追い保湿」が有効です。これにより、深夜の乾燥ピーク時に備えることができます。
- 概日リズムの調整:
マスト細胞の時計を狂わせないために、起床・就寝時間を一定にします。特に「夜食」は、末梢の体内時計を乱す大きな要因となり、夜間のアレルギー反応を増悪させる可能性があります 。
- 対策: 就寝3時間前までに食事を済ませる。
かゆみは「我慢する」ものではなく、「細胞レベルの反応」です。精神論で耐えようとせず、マスト細胞という「体内の爆弾」をいかに静かにさせておくか、という戦略的な視点で生活環境を整えていくことが、解決への近道となります。
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