プレドニゾロンの副作用と犬
プレドニゾロンの副作用で犬に見られる多飲多尿と食欲増進
プレドニゾロンの投与を開始して、飼い主様が最初に気づく最も一般的な変化は、愛犬の飲水量の劇的な増加と、それに伴う排尿量の増加(多飲多尿)、そして異常なまでの食欲の亢進です。これらは薬が効いている証拠でもありますが、生活の質(QOL)に直結するため、多くの飼い主様が戸惑うポイントです。
なぜこのようなことが起こるのか、そのメカニズムを理解しておくことが重要です。ステロイドホルモン(グルココルチコイド)には、体内の抗利尿ホルモン(ADH)の働きを阻害する作用があります。通常、腎臓で再吸収されるはずの水分がそのまま尿として排出されてしまうため、愛犬は薄い尿を大量にするようになります。その結果、体内の水分が不足し、喉の渇きを潤そうとして大量の水を飲むというサイクルに陥ります。トイレの失敗が増えたり、夜中におしっこのために起きてしまったりするのは、しつけの問題ではなく、この生理的な反応によるものです。
また、食欲増進も顕著な特徴です。ステロイドは代謝機能に影響を与え、満腹中枢を刺激しにくい状態を作ったり、体がエネルギーを蓄えようとする働きを強めたりします。今までご飯を残しがちだった子が、お皿を舐め回すほどガツガツ食べるようになるのはこのためです。一見、「元気になった」と勘違いしやすいのですが、これは薬理作用による「偽りの元気」である場合が少なくありません。
この時期に注意すべきは、欲しがるままにおやつやフードを与えすぎてしまうことによる急激な肥満です。特に脂肪分の多い食事は、ステロイド服用中にリスクが高まる膵炎(すいえん)の引き金になりかねません。愛犬が可哀想に見えるかもしれませんが、1日の総カロリー量は厳密に管理し、満腹感を得やすい低カロリーな野菜(キャベツやブロッコリーなど、その子に合ったもの)をトッピングするなど、食事内容を工夫して乗り切る必要があります。
プレドニゾロンの副作用には個体差があり、多飲多尿や食欲増進がどの程度出るかは犬によって異なります
参考)【獣医師執筆】犬のステロイド剤プレドニゾロンの副作用は?使用…
犬のプレドニゾロン長期服用による皮膚の石灰化や脱毛症状
痒みを抑えるためにプレドニゾロンを飲んでいるにもかかわらず、長期的な服用によって逆に皮膚の状態が悪化したり、独特の皮膚トラブルが現れたりすることがあります。これは「医原性クッシング症候群(副腎皮質機能亢進症)」と呼ばれる状態に体が近づいてしまうことで起こります。
特に注意が必要なのが「皮膚の石灰化(皮膚石灰沈着症)」です。これは、ステロイドの影響でタンパク質の分解が進み、皮膚のコラーゲン構造が変化することで、皮膚にカルシウムが沈着してしまう病態です。背中や首の後ろ、脇の下などに、硬いしこりや白い砂のような粒ができ、周囲の皮膚が赤く炎症を起こすことがあります。痒みを止める薬を使っているのに、この石灰化によって新たな激しい痒みや痛みが引き起こされるという悪循環に陥るケースがあり、非常に厄介です。
また、被毛の変化も顕著になります。ステロイドは毛包(毛根を包む組織)の活動を休止させてしまうため、新しい毛が生えてこなくなります。その結果、毛が薄くなったり、左右対称に脱毛したり、毛艶が悪くなったりします。一度刈った毛がなかなか伸びない、というのも典型的なサインです。皮膚自体も薄くペラペラになり(皮膚菲薄化)、血管が透けて見えたり、少しの刺激で傷つきやすくなったりします。お腹の皮膚に黒いポツポツとした角栓(コメド)ができるのも、ホルモンバランスの乱れによる特徴的な症状です。
さらには、筋肉量の低下による体型の変化も見逃せません。ステロイドには筋肉を分解してエネルギーに変える作用があるため、足腰の筋肉が落ちて細くなる一方で、肝臓の腫大や腹筋の弱化によってお腹だけがポッコリと膨らむ「太鼓腹」と呼ばれる体型になることがあります。これは単なる肥満とは異なり、体幹を支える力が弱まっているサインですので、散歩の距離を調整したり、滑りにくい床材に変更したりといった生活環境のケアも同時に必要になってきます。
長期投与によるクッシング症候群の兆候として、皮膚の菲薄化や筋肉の萎縮などの症状が現れることがあります
参考)犬猫のステロイド薬について獣医師が解説
プレドニゾロン投与中の犬の肝臓数値上昇とパンティングのリスク
血液検査の結果を見て、「肝臓の数値が跳ね上がった!」とショックを受ける飼い主様は非常に多いですが、これにはステロイド特有の理由があります。プレドニゾロンを服用中の犬では、血液検査項目のうち、特に「ALP(アルカリフォスファターゼ)」という数値が極端に上昇する傾向があります。
これは、肝臓の細胞が壊れている(肝障害)というよりも、ステロイドの刺激によって肝臓内で特定のアイソザイム(ステロイド誘導性ALP)が過剰に作られるために起こる現象であることが多いです。もちろん、肝臓にグリコーゲン(糖分)が蓄積して肝細胞が腫れ上がる「ステロイド肝症」という状態にはなっていますが、薬を減量・中止すれば数値が正常に戻ることがほとんどです。したがって、数値が高いからといって直ちに危険な状態というわけではありませんが、定期的なモニタリングは欠かせません。一方で、ALT(GPT)やAST(GOT)といった他の肝酵素も同時に著しく上昇している場合は、実質的な肝細胞の壊死やダメージが起きている可能性があるため、より慎重な判断が求められます。
また、肝臓の腫大や呼吸筋の筋力低下、さらには代謝の変化によって、犬は「パンティング(ハァハァという荒い呼吸)」をしやすくなります。ステロイドには体温を上げる作用や、中枢神経への作用もあるため、涼しい部屋にいても常にハァハァと息をしている状態が見られることがあります。これは犬にとって体力を消耗する原因となり、夜間の睡眠不足にもつながります。
さらに見落とされがちなのが、血栓(血の塊)ができやすくなるリスクです。ステロイドには血液を固まりやすくする作用があるため、特に元々心臓病や腎臓病のリスクがある犬やシニア犬では、肺血栓塞栓症などの重篤な合併症を引き起こす可能性がわずかながら高まります。呼吸が急に苦しそうになったり、舌の色が悪くなったりした場合は、副作用のパンティングだと決めつけずに、すぐに獣医師の診察を受けるべきです。
ステロイド投与中の犬ではALPが著しく上昇することがあり、これは胆汁うっ滞などによる避けられない副作用の一つです
参考)犬にステロイドを投薬したときにみられる副作用を簡単に解説しま…
プレドニゾロン服用時の犬の攻撃性や性格変化とメンタルケア
副作用というと身体的な症状ばかりに目が行きがちですが、実は多くの飼い主様が「うちの子、性格が変わってしまったかも?」と感じるほど、メンタル面への影響が出ることがあります。これは検索上位の記事ではあまり深く触れられていない、しかし飼い主様にとっては深刻な悩みとなり得る「独自の視点」での副作用です。
ステロイドホルモンは脳の神経伝達物質に影響を与え、不安感やイライラを増幅させることがあります。これまで温厚だった子が、些細なことで唸ったり、他の犬に攻撃的になったり、飼い主様が触ろうとしただけで噛み付こうとしたりするケースが報告されています。これを人間の医学用語を借りて「ステロイド精神病(ステロイド・サイコシス)」や「ロイド・レイジ(ステロイドによる怒り)」と呼ぶこともあります。
また、逆に無気力になったり、常に何かに怯えているようなそぶりを見せたりすることもあります。これは、ステロイドが脳の扁桃体(感情を司る部分)や海馬(記憶に関わる部分)に作用し、ストレスに対する耐性を下げてしまうためと考えられています。さらに、多飲多尿によるトイレの失敗で叱られたり、常に空腹でイライラしたりしている状況が重なることで、精神的な不安定さが加速してしまうのです。
このような変化が見られた場合、決して「わがままになった」「悪い子になった」と叱らないでください。これは薬の作用による一時的なものであり、愛犬自身も自分の感情をコントロールできずに苦しんでいます。対策としては、静かで落ち着ける環境を用意し、過度なスキンシップを避けてそっとしておく時間を増やすことが有効です。また、獣医師に相談して、精神的な興奮を抑えるサプリメント(GABAやL-テアニンなど)を併用したり、ステロイド以外の痒み止め(アポキルやサイトポイントなど)への切り替えを検討したりすることも、メンタルケアの一つとなります。愛犬の「心の副作用」に気づけるのは、毎日接している飼い主様だけなのです。
コルチコステロイドの投与を受けた犬では、遊びなどの肯定的な行動が減り、攻撃性や吠えなどの行動が増加する可能性が示唆されています
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8909229/
犬へのプレドニゾロンの正しい減薬方法と急な中止の危険性
副作用が怖いからといって、飼い主様の判断で急にプレドニゾロンをやめることは、実は副作用以上に危険な行為です。これには「視床下部-下垂体-副腎系(HPA軸)」という体のホルモン調整システムが関係しています。
外からステロイド薬としてホルモンが大量に入ってくると、体は「ホルモンは十分にあるから、もう自分で作らなくていいや」と判断し、副腎という臓器での天然のステロイドホルモン(コルチゾール)の製造を休止してしまいます。副腎は次第に萎縮し、サボり癖がついた状態になります。この状態で急に薬を断つと、体内のステロイドホルモンが枯渇してしまいます。これを「医原性アジソン病(副腎皮質機能低下症)」発作(アジソン・クライシス)と呼びます。
アジソン・クライシスに陥ると、元気が消失し、嘔吐、下痢、震え、低血糖、さらにはショック状態となり、最悪の場合は命に関わります。そのため、プレドニゾロンの服用を終える際には、必ず「漸減法(ぜんげんほう)」という慎重なプロセスを踏む必要があります。これは数週間から数ヶ月かけて、少しずつ薬の量を減らしたり、投与間隔を「毎日」から「2日に1回」「3日に1回」へと空けたりしながら、眠っていた副腎をゆっくりと起こし、自分でホルモンを作れるようにリハビリをしていく作業です。
減薬のスケジュールは、症状の改善度合いや副作用の出方によって細かく調整する必要があります。「痒みが治まったからもう飲ませなくていいだろう」という自己判断は禁物です。また、減薬中に痒みがぶり返した場合(リバウンド)の対応も事前に獣医師と決めておくことが大切です。最近では、副作用の少ない別の薬と併用しながらステロイドを減らしていくプロトコルや、漢方薬や鍼灸などの東洋医学を取り入れて体質改善を図りながら減薬を目指すアプローチも増えています。焦らず、愛犬の体のリズムに合わせて、ゆっくりと薬から卒業することを目指しましょう。
ステロイドの急な中止は危険であり、長期使用後は徐々に減薬することで副作用を防ぎながら治療を終了させる必要があります
参考)【獣医師監修】ステロイドの副作用を防ぐ!対策まとめ


