ざ瘡のガイドライン
ざ瘡の尋常性治療と急性炎症期の薬剤推奨度
尋常性ざ瘡(ニキビ)の治療において、日本皮膚科学会が策定した「尋常性痤瘡・酒皶治療ガイドライン2023」は、皮膚科医が治療方針を決定する際の最も重要な指針となっています。このガイドラインでは、ニキビの状態を「急性炎症期」と「維持療法期」に分け、それぞれの時期に適した薬剤や治療法について、エビデンスレベルに基づいた推奨度が設定されています。
参考)蟆句クク諤ァ逞、逖。繝サ驟堤垳豐サ逋ゅぎ繧、繝峨Λ繧、繝ウ2…
特に急性炎症期、つまり「赤ニキビ」や「黄ニキビ」が多発している状態では、炎症を速やかに鎮静化させることが最優先事項となります。ガイドラインでは、推奨度A(強く推奨する)として、以下のような薬剤が挙げられています。
参考)https://www.dermatol.or.jp/dermatol/wp-content/uploads/xoops/files/guideline/zasou2023.pdf
- アダパレン・過酸化ベンゾイル配合ゲル
これらは毛穴の詰まり(面皰)を改善する作用と、アクネ菌に対する抗菌作用を併せ持っています。二つの有効成分を配合することで、単剤よりも高い治療効果が期待できます。 - クリンダマイシン・過酸化ベンゾイル配合ゲル
抗生物質であるクリンダマイシンと、耐性菌を生じにくい過酸化ベンゾイルの配合剤です。炎症が強い場合に特に有効とされています。 - 過酸化ベンゾイル単剤
アクネ菌の殺菌作用と角質剥離作用を持ちます。抗生物質ではないため、長期間使用しても薬剤耐性菌が出現するリスクが極めて低いのが特徴です。
ガイドラインで推奨される治療薬のグレード分類は以下の通りです。この表を参考に、医師と相談しながら最適な薬を選択することが重要です。
参考)https://www.radionikkei.jp/maruho_hifuka/__a__/maruho_hifuka_pdf/maruho_hifuka-091029.pdf
| 推奨度 | 定義 | 代表的な薬剤(外用) |
|---|---|---|
| A | 行うよう強く推奨する | アダパレン・BPO配合剤 クリンダマイシン・BPO配合剤 BPO単剤、アダパレン単剤 |
| B | 行うよう推奨する | ゼビアックス(オゼノキサシン) アクアチム(ナジフロキサシン) |
| C1 | 選択肢の一つとして推奨する | イオウ製剤、サリチル酸ワセリン 漢方薬(内服) |
急性炎症期において、抗生物質の内服(飲み薬)も中等症以上の症例で推奨度Aとなっていますが、耐性菌の出現を防ぐため、漫然とした長期投与は避けるべきと明記されています。ガイドラインの重要な変更点として、急性期症状が落ち着いた後は、速やかに維持療法へ移行し、抗生物質の使用を中止することが強調されています。
参考)https://www.momotaro-net.com/pdf/yakuin_nikibi_pdf.pdf
日本皮膚科学会の公式ガイドラインPDFへのリンクです。
ざ瘡の維持療法期間とアダパレン等の副作用
「ニキビが治ったから薬をやめる」というのは、実は再発の最大のリスク要因です。目に見える赤い炎症が引いた後でも、皮膚の下では微小面皰(マイクロコメド)と呼ばれるニキビの種が残っていることが多く、これを放置すると再び炎症性ざ瘡へと進行してしまいます。この再発を防ぐための治療期間を「維持療法期」と呼びます。
維持療法において推奨度Aとされているのは、アダパレン(ディフェリン)や過酸化ベンゾイル(ベピオ)などの外用薬です。これらの薬剤は、毛穴の角化異常を正常化し、新たな詰まりができるのを防ぐ働きがあります。
- 維持療法の期間
ガイドラインでは明確な終了時期は定義されていませんが、一般的に急性期の治療終了後、少なくとも6ヶ月から1年程度は継続することが望ましいと臨床現場では考えられています。再発を繰り返す患者さんの場合、数年にわたって継続することもあります。 - 主な副作用とその対策
アダパレンや過酸化ベンゾイルは高い効果を持つ反面、「随伴症状」と呼ばれる副作用が出やすい薬剤です。
- 乾燥・皮剥け(落屑):使用開始から2週間以内に多く見られます。保湿剤を十分に塗布してから薬剤を重ねることで軽減できます。
- 赤み・ヒリヒリ感:皮膚のバリア機能が一時的に低下するために起こります。症状が強い場合は、隔日塗布やショートコンタクトセラピー(塗布後しばらくして洗い流す方法)を検討します。
- 漂白作用(過酸化ベンゾイル):髪の毛や衣類、寝具に付着すると脱色してしまうことがあります。塗布後は手をよく洗い、枕カバーにはタオルを敷くなどの対策が必要です。
副作用は「薬が合わない」と自己判断して中止してしまう最大の原因ですが、これらは皮膚が薬剤に慣れる過程で生じる一時的な反応であることが大半です。事前に副作用について理解し、適切な保湿ケアと組み合わせることで、治療脱落を防ぐことができます。特に維持療法期は、患者さん自身のモチベーション維持が難しくなる時期でもあります。「塗っても変化がない」のではなく、「塗っているから新しいニキビができていない」という意識を持つことが重要です。
マルホ株式会社による、ざ瘡治療薬の副作用と対策についての解説ページです。ざ瘡ガイドラインにおけるスキンケアと化粧品
ざ瘡治療において、薬物療法と同じくらい重要なのが日々のスキンケアです。ガイドラインでは、スキンケアも治療補助として推奨度C1(選択肢の一つとして推奨する)に分類されており、科学的根拠に基づいたケアが求められます。誤ったスキンケアは、逆に毛穴を詰まらせたり、薬剤の副作用を悪化させたりする原因となります。
- 洗顔の重要性
1日2回の洗顔が推奨されています。過剰な洗顔は皮脂を取りすぎて乾燥を招き、かえって皮脂分泌を促してしまう可能性があります。逆に洗顔不足は皮脂や汚れが毛穴に蓄積します。洗顔料をよく泡立て、皮膚をこすらないように優しく洗うことが基本です。スクラブ入りや強いピーリング効果のある洗顔料は、炎症がある時期には刺激となるため避けるべきです。 - ノンコメドジェニックテスト済み化粧品
ガイドラインでは、ニキビ患者の化粧品選択において「ノンコメドジェニックテスト済み」の製品を使用することが推奨されています。これは、実際にその製品を人間に使用して、初期のニキビ(コメド)ができにくいことを確認した試験をクリアしていることを意味します。 - 保湿と紫外線対策
アダパレンや過酸化ベンゾイルなどの治療薬を使用している期間は、皮膚が乾燥しやすく、紫外線の影響を受けやすくなります(光感受性が高まるわけではありませんが、バリア機能低下により日焼けしやすくなることがあります)。
- 保湿:セラミドやヒアルロン酸などを含む、油分の少ない保湿剤(ジェルやローションタイプ)が適しています。クリームなどの油分が多いものは毛穴を塞ぐリスクがあるため注意が必要です。
- 紫外線対策:紫外線は毛穴の角化を促進し、ニキビを悪化させる要因となります。治療中は低刺激の日焼け止めを使用し、物理的な遮光(帽子や日傘)も併用しましょう。
特に、女性の患者さんにおいて「化粧をしてはいけないのか」という質問が多く聞かれますが、適切な化粧品を選び、正しくクレンジングを行えば、化粧はQOL(生活の質)を向上させるために有用であるとされています。ポイントメイクを活用し、ファンデーションはパウダータイプなどの油分の少ないものを選ぶ工夫も効果的です。
ざ瘡と痒みのメカニズムとバリア機能の低下
多くの人がニキビの「赤み」や「痛み」に注目しますが、実は「痒み(かゆみ)」に悩まされている患者さんも少なくありません。ざ瘡ガイドラインでは痒みそのものに対する特異的な治療薬は大きく取り上げられていませんが、臨床現場では痒みがニキビを悪化させる悪循環(イッチ・スクラッチ・サイクル)の要因として重要視されています。
参考)赤みを伴うニキビ(ざ瘡)の原因と治療についてー専門医がガイド…
なぜニキビができると痒くなるのでしょうか。そこにはいくつかのメカニズムが関係しています。- 炎症性メディエーターの放出
アクネ菌が増殖し炎症が起こると、ヒスタミンやサブスタンスPといった痒みを引き起こす物質(起痒物質)が放出されます。これらが真皮内の知覚神経を刺激することで痒みが生じます。特に炎症が強い赤ニキビでは、この反応が顕著になります。 - 表皮内神経線維の伸長
皮膚のバリア機能が低下すると、通常は真皮と表皮の境界付近に留まっている神経線維(C線維)が、角層の直下まで伸びてくることが分かっています。これにより、わずかな外部刺激(髪の毛の接触や衣類の摩擦など)に対しても敏感に反応し、強い痒みを感じるようになります(知覚過敏状態)。 - 治療薬による乾燥(ドライスキン)
前述したアダパレンや過酸化ベンゾイルなどの治療薬は、副作用として皮膚の乾燥を引き起こします。乾燥した皮膚はバリア機能が脆弱であり、外部からの刺激が侵入しやすくなるため、これが痒みの原因となることがあります。
痒みがあるからといって患部を搔いてしまうと、ニキビを物理的に破壊し、細菌感染を広げたり、深い傷(瘢痕)を残したりする原因になります。痒みが強い場合の対処法としては、以下のようなアプローチが考えられます。
- 徹底した保湿:バリア機能を補い、神経の過敏性を鎮める基本ケアです。
- 冷却:患部を保冷剤などで冷やすことで、痒みの神経伝達を一時的に抑制できます。
- 抗ヒスタミン薬の内服:ガイドライン上の推奨度は高くありませんが、痒みが強く睡眠を妨げる場合などに、医師の判断で処方されることがあります。
痒みは「治りかけのサイン」と言われることもありますが、実際には炎症が持続しているサインや、バリア機能崩壊の警告である場合が多いのです。
ざ瘡の瘢痕予防と早期治療の重要性
ざ瘡治療の最終的なゴールは、単に今あるニキビを治すことではなく、「瘢痕(ニキビ跡)」を残さないことです。一度できてしまった深い瘢痕、特に陥凹性瘢痕(クレーター)や肥厚性瘢痕(ケロイド状の盛り上がり)を元の滑らかな皮膚に完全に戻すことは、現代の医療技術をもってしても非常に困難です。
ガイドラインでは、瘢痕形成のリスク因子として以下の点が挙げられています。- 炎症の期間が長いこと
- 炎症の程度が強いこと(重症ざ瘡)
- ニキビを自分で潰したり触ったりすること
- 家族歴(遺伝的要因)
特に重要なのは「炎症の期間」です。炎症が長引けば長引くほど、真皮層のコラーゲンなどの組織が破壊され、修復時に線維化が起こって瘢痕となります。したがって、瘢痕を防ぐ唯一かつ最大の方法は「早期発見・早期治療」に尽きます。
参考)難治性ニキビ
「たかがニキビ」と考えて市販薬や民間療法で様子を見ている間に、皮膚の奥深くでは不可逆的なダメージが進行している可能性があります。ガイドラインでも、面皰(白ニキビ・黒ニキビ)の段階から医療機関での適切な治療を開始することが推奨されています。面皰治療薬であるアダパレンや過酸化ベンゾイルは、目に見える炎症が起きる前の段階で毛穴の詰まりを解消し、炎症性ざ瘡への移行を阻止する効果があります。
また、もし瘢痕ができてしまった場合の治療についても、ガイドラインではいくつかの選択肢が提示されています(推奨度は限定的です)。治療法 対象となる瘢痕 備考 フラクショナルレーザー 萎縮性瘢痕(クレーター) 皮膚に微細な穴を開け、再生を促す治療。保険適用外が一般的。 ケミカルピーリング 軽度の瘢痕、色素沈着 グリコール酸やサリチル酸を使用。推奨度C1またはB。 トラニラスト内服 肥厚性瘢痕、ケロイド コラーゲンの過剰産生を抑える。保険適用あり。 瘢痕治療は時間と費用がかかる上、完全な改善は保証されません。だからこそ、「跡になってから治す」のではなく、「跡になる前に治す」という意識転換が、患者さん自身にも求められています。
瘢痕治療や難治性ニキビに関する専門的な解説ページです。


