造影剤の副作用と下痢
造影剤を使用したCTやMRI検査は、病気の早期発見や詳細な診断に欠かせない医療技術ですが、体内に異物を入れる以上、どうしても副作用のリスクがゼロではありません。特に、デリケートな体質の方や、普段から皮膚のかゆみを感じやすい方にとっては、検査後の体調変化は非常に気がかりなものです。その中でも「下痢」は、比較的頻繁に報告される消化器症状の一つです。
参考)造影剤について
一般的に、造影剤による副作用は大きく分けて「即時性」と「遅発性」の2種類が存在します。検査中すぐに現れる症状もあれば、家に帰ってから数時間後、あるいは翌日以降に忘れた頃にやってくる症状もあります。下痢や軟便は、どちらのタイミングでも起こりうる症状ですが、その意味合いや緊急度は異なります。単なるお腹の緩みだと軽く考えて良いのか、それとも重大なアレルギー反応の一種なのか、正しい知識を持って見極めることが大切です。
参考)https://hokkaidoh.johas.go.jp/cooporation/files/2019_cooporation_16.pdf
ここでは、造影剤検査に伴う「下痢」に焦点を当て、なぜお腹が緩くなるのかというメカニズムから、危険なサインの見分け方、そして検査後にどのように過ごせば早く回復できるのかについて、専門的な知見を交えながら詳しく掘り下げていきます。
期間とタイミング 遅発性の下痢と即時性の便意
造影剤による副作用を理解する上で最も重要なのが「時間軸」です。副作用が現れるタイミングによって、その原因や対処法が大きく異なるからです。まず知っておくべきは、造影剤による副作用の多くは「即時性副作用」と呼ばれ、薬剤を投与してから数分以内、あるいは検査後1時間以内に発生します。しかし、下痢に関しては、検査が終わって帰宅し、安心した頃にやってくる「遅発性副作用」として現れるケースも少なくありません。
遅発性の副作用は、検査終了後1時間から、長い場合では数日〜1週間後に出現することがあります。統計的には、造影剤検査を受けた人の数%程度に遅発性の症状が現れるとされており、その代表的な症状の一つが下痢や軟便です。これは、体に入った造影剤が体内で代謝され、排出される過程で腸管に刺激を与えたり、遅れてやってくるアレルギー反応の一種として生じたりするためです。遅発性の下痢は、多くの場合一過性であり、数回トイレに通う程度で自然に治まることがほとんどですが、症状が1週間近く続く場合は別の感染症や腸炎を併発している可能性もあるため注意が必要です。
参考)https://www.mtopia.jp/renkei/style/pdf/document07.pdf
一方で、即時性の反応として現れるお腹の異変もあります。これについては後述しますが、検査直後の吐き気や腹痛を伴う下痢は、体が造影剤を「異物」として認識し、急いで外に出そうとする防御反応の現れでもあります。もし、あなたが過去に薬で副作用が出た経験がなくても、体調やその日のコンディションによって遅発性の反応が出ることがあるという点を覚えておいてください。特に「家に帰ってからお腹が緩くなったけれど、これは検査のせいだろうか?」と迷う場合、検査から1週間以内であれば、遅発性副作用の可能性があります。
参考)https://omutatenryo-hp.jp/system/wp-content/uploads/2020/07/%E8%AA%AC%E6%98%8E%E3%83%BB%E5%95%8F%E8%A8%BA%E3%83%BB%E5%90%8C%E6%84%8F%E6%9B%B8@%E9%80%A0%E5%BD%B1CT%E7%94%A8.pdf
造影検査同意書 - 遅発性副作用の発現時期に関する詳細データ
危険なサイン 検査中の急激な便意とアナフィラキシー
下痢に関連する症状の中で、最も警戒しなければならないのが、検査中(造影剤注入中や直後)に襲われる「急激な便意」です。これは単なる下痢の前兆ではなく、重篤なアレルギー反応である「アナフィラキシーショック」の初期症状である可能性があるからです。
参考)造影剤副作用の対処法!遅発性や急変時の対応法を事前にチェック…
アナフィラキシーショックは、血圧の急激な低下や意識障害を引き起こす生命に関わる状態ですが、その前段階として、体内の平滑筋が急激に収縮したり、腸管への血流が変化したりすることで、強烈な便意をもよおすことがあります。多くの人が「検査中にトイレに行きたくなったら恥ずかしい」と我慢してしまいがちですが、これは非常に危険です。もし、造影剤を入れている最中に、これまでにないような急なお腹の痛みや便意、あるいは吐き気を感じたら、それは「我慢するべき生理現象」ではなく「伝えるべき危険信号」です。
参考)https://www.m3.com/clinical/news/664108
医療現場では、「あくび」「くしゃみ」そして「急激な便意」はショック状態へ移行する前の重要なサインとして知られています。特に便意は、血圧低下に伴う自律神経の乱れから生じることがあります。もし検査中にこの感覚に襲われたら、躊躇なく技師や医師に伝えてください。これが単なる緊張によるものなのか、アナフィラキシーの予兆なのかを判断できるのは医療スタッフだけです。
参考)アナフィラキシーショックへの対応 - ナースハッピーライフ
また、下痢だけでなく、同時に息苦しさ、喉の違和感、冷や汗などが出ている場合は、緊急性が極めて高い状態です。これらの症状は進行が早いため、初期の「お腹の違和感」を見逃さないことが、最悪の事態を防ぐ鍵となります。検査中の便意は、単なる「お腹が弱い」という問題ではないことを、強く心に留めておいてください。
参考)https://www.suitamhp.osaka.jp/assets/03c3dbb34be1f77b36ae526684384831.pdf
造影剤副作用の対処法!遅発性や急変時の対応法 - 急激な便意の危険性
原因のメカニズム 経口造影剤の軟便と浸透圧の影響
なぜ造影剤を使用すると下痢や軟便になりやすいのでしょうか。その原因は、使用する造影剤の種類や投与方法によってメカニズムが異なります。特に、CT検査などで消化管を明瞭に写すために使用される「経口造影剤」や、大腸CT検査で使用される造影剤の場合、物理的・化学的な作用によって下痢が引き起こされることがよく知られています。
参考)大腸3DCT検査について
主な原因の一つは「浸透圧」です。造影剤の多くは、体液よりも高い浸透圧を持っています。高浸透圧の液体が腸管内に流れ込むと、体は浸透圧のバランスを保とうとして、腸壁から水分を腸管内へと引き込みます。この結果、腸内の水分量が急激に増加し、便が水っぽくなって下痢や軟便が生じるのです。これは、ある意味で下剤を使用した時と同じような原理が働いていると言えます。特に大腸検査などで意図的に腸をきれいにする必要がある場合、造影剤自体に緩下作用(便を緩くする作用)が含まれていることもあります。
参考)https://www.tokyokita-jadecom.jp/theme-data/pdf/02.pdf
また、MRI用の経口造影剤の中には、鉄分やマンガンを含む製剤があります。鉄分は胃腸粘膜を刺激する作用があるため、人によってはこれによって消化器症状が引き起こされ、下痢に至ることがあります。さらに、ヨード造影剤(血管注射)の場合でも、薬剤自体の化学的な刺激(ケモトキシシティ)が迷走神経を刺激し、腸の蠕動(ぜんどう)運動を過剰に活発化させることで下痢を誘発することがあります。
参考)ウイルス性下痢症(Viral gastroenteritis…
このように、造影剤による下痢は、単に「体に合わなかった」というアレルギー的な側面だけでなく、薬剤の性質上、必然的に起こりやすい物理的な現象である場合も多いのです。経口造影剤を使用した場合は、むしろ「下痢気味になることで造影剤が早く排出される」という側面もあるため、過度に心配しすぎる必要はありませんが、脱水症状には注意が必要です。
造影剤について - MRI経口消化管造影剤と副作用のメカニズム
回復のコツ 検査後の水分補給と腎臓からの排出
造影剤によって下痢や軟便になった場合、あるいはそれらを予防するために最も重要なことは、検査後の「積極的な水分補給」です。造影剤の大部分(特にヨード造影剤やガドリニウム造影剤)は、腎臓でろ過され、尿として体外に排出されます。通常、健康な腎機能を持っていれば、投与後24時間以内に造影剤のほとんどが尿とともに排泄されます。
参考)放射線科
水分を多く摂ることは、この排出プロセスを加速させ、体内の造影剤濃度を速やかに下げる効果があります。これにより、副作用のリスクを減らすとともに、腎臓への負担(造影剤腎症のリスク)を軽減することができます。具体的には、検査終了後は普段よりもコップ2〜3杯(約500ml以上)多めに水分を摂ることが推奨されています。水やお茶、スポーツドリンクなどが適していますが、アルコールは利尿作用によって脱水を招く恐れがあるため、検査当日は控えるべきです。
参考)https://www.mrso.jp/colorda/az/6434/
もし下痢が起きている場合は、体から水分が失われている状態ですので、なおさら水分補給が重要になります。ただし、冷たい水を一気飲みすると腸を刺激して下痢を悪化させる可能性があるため、常温の水や白湯を少しずつ、こまめに飲むのがコツです。
食事については、検査直後は消化の良いものを選ぶと安心です。うどんやお粥など、胃腸への負担が少ないメニューを選び、脂肪分の多い食事や刺激物は避けましょう。下痢が続く場合は、腸内環境を整えるためにビフィズス菌などの整腸剤を併用するのも一つの手ですが、症状がひどい場合や腹痛を伴う場合は自己判断で下痢止めを飲まず、必ず医師に相談してください。造影剤を排出しようとする体の反応を無理に止めることが、逆効果になる場合もあるからです。
参考)副作用対策について
造影剤検査後の過ごし方と水分摂取の目安量
体質との関連 皮膚のかゆみや蕁麻疹と下痢の併発
皮膚にかゆみを感じやすい方や、普段からアレルギー体質の方は、造影剤による副作用のリスクがやや高い傾向にあります。実際、造影剤の副作用として報告される症状の中で、下痢と並んで非常に多いのが「発疹」「蕁麻疹(じんましん)」「かゆみ」などの皮膚症状です。これらは、体内に入った造影剤に対してヒスタミンなどの化学伝達物質が放出されることで引き起こされます。
参考)よくあるご質問 造影剤を使うといわれましたが,造影剤について…
興味深いのは、下痢(消化器症状)とかゆみ(皮膚症状)が併発することがあるという点です。これは、アレルギー反応が全身性のものであることを示唆しています。軽度のアレルギー反応として、皮膚にはブツブツとした赤みやかゆみが出現し、同時に腸管では粘膜がむくんだり動きが過剰になったりして下痢が起こるのです。もし、検査後に下痢だけでなく、体のどこかにかゆみを感じたり、皮膚が赤くなっていることに気づいたら、それは単なる「お腹の不調」ではなく、軽度のアレルギー反応(過敏症)である可能性が高まります。
参考)https://sendai-roic-or-jp.secure-web.jp/shindan/chui.html
特に遅発性の副作用では、検査から数時間〜数日経ってから、皮膚のかゆみと軟便がセットで現れることがあります。皮膚のかゆみに悩んでいる方(アトピー性皮膚炎や慢性蕁麻疹などを持つ方)は、もともと体が刺激に対して敏感になっている状態と言えます。そのため、造影剤という強い刺激が加わることで、皮膚症状の悪化とともに消化器症状も誘発されやすいという側面があるかもしれません。
参考)https://ny-ishikaihp.jp/wp-content/uploads/2020/04/7878bd86373a14e711f73f138104f35a.pdf
もし、下痢と同時に強いかゆみや全身の発疹が現れた場合は、たとえ夜間であっても病院に連絡して指示を仰ぐべきです。抗ヒスタミン薬の処方などで症状が劇的に改善することもあります。ご自身の「かゆみを感じやすい」という体質は、副作用のサインを早期にキャッチするための重要なセンサーになり得ます。些細な変化でも、主治医に伝えることが、安全な検査と回復への第一歩です。
MRIの造影剤使用に関する説明 - 皮膚症状と消化器症状の発生頻度


