

皮膚に無害に見えても、じつはかゆみが続くとき抗菌薬なしで9割の菌には効かない場合があります。
コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(CNS:Coagulase-Negative Staphylococci)は、私たちの皮膚に常在している細菌の一種です。「コアグラーゼ」とは血液を凝固させる酵素のことで、この酵素を持たない(陰性の)ブドウ球菌の総称がCNSとなります。黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)がコアグラーゼ陽性であるのに対し、CNSは病原性が弱い菌として長らく扱われてきました。
しかし、かゆみに悩む皮膚トラブルとの関連で見ると、話はそれほど単純ではありません。CNSの中でも特に代表的な表皮ブドウ球菌(Staphylococcus epidermidis)は、毛包炎や外陰毛嚢炎の原因菌になることがあります。毛包部に軽い傷がついたとき、あるいは皮膚が長時間湿潤した状態のとき、表皮ブドウ球菌が増殖してかゆみや炎症を引き起こすのです。
つまり基本は「皮膚の常在菌」ということですね。
臨床検体から分離されるCNSの約75%はS. epidermidisであるとされており、その他に臨床的に重要なものとしてS. saprophyticus(腐性ブドウ球菌)やS. lugdunensis(S.ルグドゥネンシス)が知られています。特にS. lugdunensisは、CNSの中では例外的に黄色ブドウ球菌に近い強い病原性を持つことがあり、皮膚感染だけでなく菌血症や心内膜炎を引き起こすこともある菌です。
皮膚のかゆみとCNSの関係で見逃せないのは、表在性の毛包炎(毛包の浅い部分のみの感染)と深在性の毛包炎の違いです。表在性毛包炎ではかゆみはほとんどなく痛みも軽微ですが、深在性毛包炎では軽いかゆみが生じます。深在性毛包炎の原因は表皮ブドウ球菌よりも黄色ブドウ球菌による感染が多いと言われていますが、両菌が同時に感染することもあります。
また、免疫機能が低下した患者や体内に人工物(血管カテーテル、人工関節など)が挿入されている患者では、CNSが日和見感染の原因菌となり得ます。これが、皮膚のかゆみという軽いサインを単純に「ただのかぶれ」と見過ごしてはいけない理由の一つです。
【参考】MSDマニュアル:ブドウ球菌感染症の種類・病態・治療の詳細解説(医療専門家向け)
かゆみをおさえたい人が最初に知っておくべき驚きの事実があります。CNSは「弱い菌」というイメージがありますが、抗菌薬への耐性という観点では非常に手ごわい存在です。
CNSの80%以上にメチシリン耐性が見られることが報告されています。これはつまり、β-ラクタム系抗菌薬(ペニシリン系やセファロスポリン系など、最もよく使われる抗生物質の多く)が効かない菌が大多数を占めるということです。メチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌はMRCNSと呼ばれ、医療関連感染症の重要な原因菌の一つに位置づけられています。
これは深刻です。
なぜCNSはこれほど多くがメチシリン耐性を持つのでしょうか?その理由の一つは、耐性遺伝子(mecA遺伝子)の水平伝播です。実は、MRSAが持つSCCmec(メチシリン耐性を決定する遺伝子要素)は、もとはCNS由来と推定されています。長年にわたる抗菌薬の使用環境の中で、CNSは次々と耐性遺伝子を獲得・保持してきたのです。
メチシリン耐性が確認されたCNSに対する治療の第一選択薬は、バンコマイシンです。バンコマイシンはグリコペプチド系抗菌薬であり、MRSAやMRCNSに対して有効な「最後の砦」的な抗菌薬として使用されます。ただし、注意が必要な点として、CNS(特にS. epidermidis)の中にはバンコマイシンへの感受性も低下しつつある株が出現しているという報告もあります。
| CNSの耐性状況 | 使用可能な主な抗菌薬 |
|---|---|
| メチシリン感受性(MSCNS) | セファゾリン、ナフシリン、オキサシリンなど β-ラクタム系 |
| メチシリン耐性(MRCNS) | バンコマイシン(第一選択)、テイコプラニン、リネゾリド、ダプトマイシン |
| バンコマイシン感受性低下 | リネゾリド、ダプトマイシン(症例ごとに検討) |
さらに見落とされがちな事実として、テイコプラニン(グリコペプチド系の別の抗菌薬)については、フランスの研究でCNS分離株の3分の1がテイコプラニンのMIC(最小発育阻止濃度)が4μg/mLを超えており、感受性がないことが報告されています。バンコマイシン一択に見えても、施設によって感受性パターンは異なるため、薬剤感受性試験に基づく個別の判断が不可欠です。
内服治療が検討される場面(整形外科関連感染症で人工物が残存しているケースなど)では、メチシリン耐性株に対してはST合剤(トリメトプリム・スルファメトキサゾール)、テトラサイクリン系、リネゾリドが選択肢となります。一方、フルオロキノロン系は比較的耐性率が高く、治療中に耐性が出現するリスクがあるため適切ではないとされています。
【参考】亀田総合病院 感染症内科:コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(S. caprae含む)の治療・薬剤選択の実践的解説
皮膚のかゆみが抗菌薬を使っても一向に良くならない、という経験をお持ちの方がいるかもしれません。その背景には、CNSが形成する「バイオフィルム」が関係していることがあります。
バイオフィルムとは、細菌が表面(皮膚の傷、カテーテル表面、人工関節など)に付着し、多糖類などで構成されるぬめりのような膜(スライム層)に包まれてコロニーを形成した状態のことです。このバイオフィルムの中にいる細菌は、通常の浮遊状態(プランクトン状態)の細菌と比べて、抗菌薬に対する耐性が10〜1000倍以上になることがあると報告されています。
バイオフィルムが問題ということですね。
CNSは特にバイオフィルムを形成しやすい菌として知られており、医療関連感染の主原因のひとつとなっています。血管内カテーテルや人工弁、人工関節の表面にバイオフィルムを形成したCNSは、標準的なバンコマイシン投与量では完全に除菌できず、感染の再燃を繰り返すことがあります。
皮膚のかゆみという観点から見ると、バイオフィルム形成は次のような悪循環を生みます。
バイオフィルムに対しては、抗菌薬単独での治療に限界があります。感染した人工物(カテーテル、人工関節など)の抜去・除去が根治のために必要なケースが多く、皮膚の表在感染では物理的な清潔保持と適切なスキンケアが抗菌薬治療を補完する上で重要です。
また、副腎皮質ステロイドを外用している部位はCNSが感染しやすい状態となるため、ステロイド外用薬を使っている方が皮膚のかゆみを感じた場合は、単純な皮膚炎との区別を慎重に行う必要があります。
「いつものかゆみ」と「細菌感染によるかゆみ」は、どう見分ければいいのでしょうか?
CNSが関与する皮膚感染症の代表は、毛嚢炎(毛包炎)です。毛包炎は毛包(毛穴の根本)に細菌が感染し、赤みを持った小さな丘疹(ぶつぶつ)が現れます。表在性毛包炎の場合は痛みもかゆみも軽微ですが、深在性毛包炎になると軽いかゆみが生じ、丘疹が硬く根を持ったものになります。
症状の見分け方が重要です。
CNSによる感染とアレルギーによるかゆみ(接触性皮膚炎、アトピー性皮膚炎など)の区別は、素人目には難しいことがあります。以下の特徴が見られる場合は、細菌感染(CNS含む)を疑う根拠になります。
一方、アトピー性皮膚炎の患者さんは黄色ブドウ球菌の皮膚への定着が増加することで皮膚炎が悪化しやすいことが知られており、CNSと黄色ブドウ球菌の両方が関与している可能性もあります。アトピー性皮膚炎が急に悪化した場合、細菌感染の合併を疑うことも大切です。
かゆみが3日以上続くなら受診が基本です。
かゆみを自己判断でケアしたい場合は、患部を清潔に保つことが最優先です。温水での洗浄、通気性の良い木綿の下着の使用、患部を掻かないようにする(掻き壊しがあると感染を広げる恐れがあります)といった基本的なスキンケアを実践することで、軽症の毛包炎であれば自然治癒することもあります。ただし、膿がたまっている・広がっている・発熱がある場合は速やかに皮膚科や産婦人科への受診が必要です。
【参考】Doctors Me:感染性外陰皮膚炎・外陰毛嚢炎の症状・原因・治療法の解説(一般向け)
実際に医療機関を受診した場合、コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(CNS)の感染に対してどのような流れで治療が行われるのかを知っておくと、診察をよりスムーズに受けられます。
まず医師は皮膚の状態を確認し、必要に応じて細菌培養検査(皮膚の分泌物や膿を採取して、何の菌が増えているかを調べる検査)と薬剤感受性試験を指示します。薬剤感受性試験とは、検出された菌がどの抗菌薬に対して感受性(効くかどうか)があるかを調べるものです。CNSの80%以上がメチシリン耐性を持つため、この検査が治療薬の選択を左右する重要な意味を持ちます。
検査結果が判明するまで(通常2〜3日)、メチシリン感受性か耐性かが不明な段階では、バンコマイシンを含むグラム陽性球菌全体をカバーする抗菌薬が選択されることが多いです。検査結果が出たのちに、感受性のある抗菌薬に切り替えるデ・エスカレーション(抗菌薬の絞り込み)が行われます。
これが標準的な流れです。
皮膚表在の軽症感染(毛包炎など)では、外用の抗菌薬(ゲンタシン軟膏などのゲンタマイシン含有外用薬や、フシジン酸ナトリウムなど)が処方されることもあります。膿が形成されている場合には、外用薬や内服薬に加えて切開・排膿処置が行われることもあります。
ここで注意すべき点があります。抗菌薬は処方された期間きちんと飲み切ることが大切です。症状が良くなったからといって途中でやめてしまうと、耐性菌が残りやすくなり、再燃リスクが高まります。またフルオロキノロン系(レボフロキサシンなど)については、CNSに対して治療中に耐性が出現しやすいとされており、専門家の間では使用を慎重に判断すべき薬として認識されています。
受診前に皮膚の状態(いつから・どこに・どんな症状か)をメモしておくと、医師との情報共有がスムーズです。また、最近使用した外用薬(ステロイドなど)、基礎疾患、アレルギーの有無も確認しておきましょう。CNSによる皮膚感染と他の皮膚疾患を鑑別するためにも、これらの情報は医師にとって大きな手がかりになります。