

保湿クリームをたっぷり塗っても、クローディンが減るとかゆみが止まらなくなります。
かゆみが止まらないとき、多くの人はまず保湿剤を手に取ります。それは間違いではありませんが、皮膚のバリアには保湿剤では補いきれない"構造的な壁"が存在することをご存じでしょうか。その壁の正体が、タイトジャンクション(密着結合)と呼ばれる細胞間接着の仕組みです。
タイトジャンクションは皮膚の顆粒層に存在し、隣り合う表皮細胞同士をぴったりと密着させています。その主要な構成タンパク質が「クローディン(Claudin)」と「オクルディン(Occludin)」です。クローディンは分子量約22kDの4回膜貫通タンパク質で、細胞膜の中でジッパーのように鎖状に並び、タイトジャンクションのストランド(線維状の構造体)を形成します。
ポイントはこの「ジッパー構造」にあります。
隣り合う細胞のクローディン分子どうしが手をつなぐことで細胞間のすき間を物理的に封鎖し、外からの異物(アレルゲンや細菌など)の侵入と、内側からの水分・保湿成分の蒸発を同時に防ぎます。クローディンは現在27種類のサブタイプが確認されており、組織によって発現パターンが異なりますが、正常な皮膚ではCLDN1(クローディン1)・CLDN4・CLDN7が主に働いています。
一方のオクルディンはタイトジャンクションのストランドそのものを構成するというよりも、クローディンと協働してバリアの安定性を高める役割を持っています。興味深いことに、1999年に京都大学・月田早智子教授らのグループがオクルディンをノックアウト(欠失)させたマウスを作製したところ、オクルディンがなくてもタイトジャンクションのストランドは形成されることが判明しました。これにより、タイトジャンクションの"主役"はクローディンであり、オクルディンはその機能を調節・補完するパートナーであることが明らかになりました。意外ですね。
皮膚の顆粒層第2層(SG2層)にのみタイトジャンクションが形成される仕組みも精巧です。下層のケラチノサイトでは、クローディンがTROP2という別のタンパク質と結合して"待機状態"に置かれています。細胞が分化してSG2層に達したとき、Rho-ROCKというシグナル経路が活性化され、クローディンが開放されて初めてタイトジャンクションが形成されます(九州大学・池ノ内順一教授ら、2025年)。このような精密な制御があるからこそ、皮膚は正常な分化と水分バリアを同時に維持できるのです。
アトピー性皮膚炎(AD)は日本の小児のおよそ1割、成人でも有病率が数%に達する炎症性皮膚疾患です。かゆみ→掻破→炎症悪化という「負の連鎖」で知られていますが、その出発点のひとつが、クローディン1発現の低下であることが明らかになっています。
アトピー性皮膚炎患者の皮膚ではCLDN1の発現量が健常者に比べて有意に低下しているという報告があります(Benedict AD, J. Allergy Clin. Immunol., 2011)。さらに大阪大学の徳増玲太郎・月田早智子教授らのグループは2016年にPNASで発表した研究で、クローディン1の発現量が野生型の約50%以下になると急激にバリア機能が低下し、アトピー性皮膚炎に類似した症状が生じることをマウスで実証しました。この「50%という閾値」は非常に重要です。
つまり「半分ぐらいは残っている」では不十分ということですね。
CLDN1が減るとどうなるか、順を追って整理します。まずタイトジャンクションのバリアが崩れると、アレルゲンや刺激物質が細胞間を通り抜けて皮膚内に侵入しやすくなります。これが免疫細胞を刺激してType2炎症(IL-4・IL-13・IL-31などのサイトカイン)を引き起こします。さらに、炎症によって皮膚内の知覚神経線維が表面に向かって伸長し、角層直下にまで達するようになります。
この状態になると、ほんの軽い刺激でもかゆみを感じてしまいます。
花王株式会社が2025年に発表した研究では、敏感肌の人では健常肌と比べてクローディン3(CLDN3)の遺伝子発現量が有意に低下しており、それに伴って角層深部まで伸長する神経線維の数が増加していることが確認されました。アトピー性皮膚炎でも同様のメカニズムが働いており、知覚神経がタイトジャンクションの"制限ライン"を超えて伸びてくることでかゆみ感受性が高まるのです。
| クローディンの種類 | 主な役割 | 低下した場合の影響 |
|---|---|---|
| CLDN1 | 皮膚バリアの主役的存在 | アトピー性皮膚炎様の症状、炎症細胞の侵入 |
| CLDN3 | 神経線維の伸長を抑制 | 敏感肌・知覚過敏(チクチク・ひりひり) |
| CLDN4 | 加齢に関連したバリア維持 | 高齢者の乾皮症、かゆみ増悪 |
科学技術振興機構(JST):アトピー性皮膚炎の発症に関わる新たな要因 〜クローディン1の量依存的な役割を解明〜
高齢者の皮膚疾患として非常に広く見られるのが老人性乾皮症です。日本では高齢者約3,600万人のうち、90%以上が老人性乾皮症を罹患しているというデータがあります(J. Dermatol., 2013)。命に直接かかわる病気ではないものの、かゆみによる睡眠不足や集中力の低下など、日常生活の質(QOL)への影響は深刻です。
その原因の一つとして、加齢に伴うCLDN4(クローディン4)の発現低下が注目されています。岐阜薬科大学・五十里彰教授らの研究では、老齢マウスの皮膚組織でCLDN4タンパク質の発現を示す蛍光が明らかに減弱することが確認されました。CLDN4が低下すると細胞間バリア機能が弱まり、電解質イオンや低分子物質が細胞間を通過しやすくなります。これが乾燥、そしてかゆみへとつながります。
なぜ加齢でCLDN4が減るのか? その鍵を握るのが「SIRT2」という脱アセチル化酵素です。
SIRT2の活性が加齢によって低下すると、CLDN4タンパク質のアセチル化が亢進してリソソームによる分解が促進される、という経路が解明されました。これはクローディンが単に「つくられなくなる」のではなく、「壊されやすくなる」という点が重要です。対策のアプローチが変わります。
研究グループはローヤルゼリーに含まれるデセン酸(10H2DA)がSIRT2を活性化し、CLDN4の発現を回復させることを見出しました。これはまだ研究段階の知見ですが、ローヤルゼリーには「女王蜂への栄養供給」以上の意味があることを示す発見として注目されています。これは使えそうです。
かゆみで眠れない夜が続くようなら、皮膚科での相談と並行して、保湿剤による角質層のケアを毎日続けることがバリア維持の基本です。市販の保湿成分(セラミド、ヘパリン類似物質など)は角質層の水分保持を助け、タイトジャンクションへの過剰なストレスを軽減することにつながります。
JST科学技術振興機構(岐阜薬科大学・五十里彰教授):加齢による皮膚細胞間バリア機能の低下改善に向けた治療薬の開発(CLDN4とSIRT2の関係、ローヤルゼリー含有成分の機能評価)
「お腹の調子が悪いと肌が荒れる」という経験はよくある話ですが、その背景にあるメカニズムは想像以上に精密です。「腸皮膚相関(gut-skin axis)」と呼ばれる概念は1930年代に提唱されましたが、近年になってオクルディンやクローディンを介した具体的な経路が明らかになってきました。
腸管上皮にも皮膚と同じようにタイトジャンクションが存在し、オクルディン(Occludin)やクローディン(Claudin)が腸管バリアを形成しています。腸内細菌は代謝物や分泌物を通じてこのバリアを制御しており、2019年に発表された研究では、腸内細菌が誘導するマイクロRNA「miR-21-5p」がオクルディンとクローディンの発現量を直接制御することが報告されました。
腸内細菌叢が乱れると、miR-21-5pが正常に誘導されなくなります。
その結果、腸管のオクルディン・クローディンが低下して腸管バリアが崩れ(いわゆる「リーキーガット」状態)、細菌・毒素・未消化タンパク質が血液中に流れ出します。これが全身性の炎症反応を引き起こし、皮膚の免疫環境にも波及することで、かゆみや湿疹が悪化すると考えられています。
アトピー性皮膚炎の患者の皮膚にはStaphylococcus aureus(黄色ブドウ球菌)が多く見られるとともに、腸内でも酪酸産生菌(Faecalibacterium prausnitzii)の減少が確認されています。腸内と皮膚のバリアはクローディン・オクルディンを介して「連動している」と考えると、皮膚だけをケアする従来のアプローチには限界があることが分かります。
腸内環境の改善には、発酵食品(ヨーグルト、納豆など)や食物繊維を意識した食事が有効とされています。直接クローディン・オクルディンに働きかける食品成分としての研究はまだ途上ですが、腸内バリアと皮膚バリアを同時に意識した生活習慣を取り入れることは、かゆみ対策の新しい視点として十分に意味があります。
国立市クリニック:腸皮膚相関(gut-skin axis)の最新研究と、miR-21-5pによるオクルディン・クローディン制御の経路について
ここまで見てきたように、かゆみの根本には「クローディン・オクルディンによるタイトジャンクションバリアの低下」が関わっています。では、日常生活でこのバリアを守るために何ができるのでしょうか。科学的根拠のある情報を整理します。
まず押さえておきたいのは、タイトジャンクションへのアプローチと角質層への保湿アプローチは「別物」だということです。
市販の保湿剤(セラミド含有クリームやヘパリン類似物質など)は角質層の水分を保つことでバリアを補助しますが、顆粒層のタイトジャンクションを直接強化するわけではありません。ただし保湿を続けることで角質層の乾燥ストレスが緩和され、タイトジャンクションへの負荷も間接的に下がります。保湿ケアが基本です。
紫外線と酸化ストレスはCLDN1発現を低下させる直接的な要因として確認されています(Marunaka K, Int. J. Mol. Sci., 2019)。日焼け止めの使用や抗酸化成分(ビタミンC・E)を含むスキンケアは、クローディンを守る意味でも有効な選択肢です。
次に、花王の研究グループが見出したγ-アミノ-β-ヒドロキシ酪酸(アミノ酸の一種)は、クローディン3の発現を濃度依存的に増強し、敏感肌特有の不快感を8週間の連用で改善したという結果が得られています。この成分は現在化粧品への応用が研究されており、今後製品化の動向に注目です。
九州大学のグループが2025年に発表した研究では、Rho-ROCK経路を活性化する化合物の外用によってクローディンを介したタイトジャンクション形成が促進され、バリア機能が強化されることが示されています。将来的にはこの経路を標的とした外用薬がアトピー性皮膚炎や老人性乾皮症の新たな治療法になる可能性があります。
かゆみに悩んでいる場合、「保湿を続けているのになぜ改善しないのか」という疑問を持つことが大切です。もし保湿ケアだけで限界を感じているなら、クローディン・オクルディンというバリアの根本、そして腸内環境という体の内側からのアプローチを加えることが次のステップになります。かゆみの根本原因に注意すれば大丈夫です。
日本香粧品学会・花王研究発表:クローディン3と敏感肌の知覚過敏メカニズム、γ-アミノ-β-ヒドロキシ酪酸による表皮タイトジャンクション強化の臨床試験データ