

「傷が治る途中のかゆみは、実は治癒が進んでいるサインではなく、感染が始まっているケースが約3割もあります。」
傷のかゆみが長引いたり、褥瘡がなかなか治らないとき、「どうして治らないのか」と不安になる方は多いはずです。そこで注目されているのが、NPWT(Negative Pressure Wound Therapy)=局所陰圧閉鎖療法という医療技術です。
NPWTとは、傷口にスポンジ状のフォーム材を当て、その上から特殊なフィルムで密閉し、専用の吸引ポンプを接続して創部に陰圧(負の圧力)をかけ続ける治療法です。いわば「傷に小型の掃除機を当て続けるような状態」をコントロールしながら維持します。1990年代にアメリカで生まれ、日本では2010年4月から保険適用となった比較的新しい治療法です。
NPWTが傷に働きかける仕組みは、主に5つあります。まず①創縁を物理的に引き寄せて傷を収縮させること、②余分な浸出液を吸い取り、適切な湿潤環境を保つこと、③陰圧による機械的刺激で肉芽(傷を修復する新しい組織)の形成や血管新生を促すこと、④吸引によって創部の細菌量を減少させること、そして⑤局所の血流量を増加させること、以上が連動しながら傷の回復を早めます。
かゆみについても重要なポイントがあります。傷が治癒するプロセスでは、炎症期→増殖期→成熟期という段階を経ます。増殖期に入ると、肉芽組織や新しい皮膚が形成される際に神経末端が刺激を受けてかゆみが生じます。これは「回復の証拠」の側面もありますが、浸出液が過剰に溜まっていたり感染が起きている場合もかゆみや違和感は出ます。NPWTは浸出液を適切に除去し、感染リスクを下げることで、こうした不快なかゆみの原因そのものに働きかけます。
従来のガーゼ交換では対応が難しかった深い傷や難治性の褥瘡に対して、NPWTは「傷の治る環境づくり」を集中的に行います。つまり薬を塗るのではなく、創部の物理的・生物学的な環境を整える治療法です。
看護roo!「NPWT(局所陰圧閉鎖療法)って何?」:NPWTの作用機序と適応・実際の使用方法について詳しく解説された医療従事者向け解説記事
NPWTはあらゆる傷に使えるわけではありません。これは非常に重要な点です。
NPWTが有効とされる主な創傷
一方で、以下の状態では使用を避けなければなりません。これが禁忌事項です。
糖尿病や動脈硬化を持つ方の傷に多い「虚血肢」の場合は要注意です。血流が極端に低下している状態では、いくら優れた局所治療を行っても回復が難しく、まず血行再建術(血管を広げたり、バイパス手術を行う)を先行させる必要があります。血流の評価なしにNPWTを始めても、結果が出ないどころか悪化する恐れがあります。
「感染がなければ使える」が基本です。ただし感染が疑われる場合でも、専門医の判断のもとで慎重に使用されるケースはあります。自己判断はリスクがあります。
治療開始前に確認すること
| チェック項目 | 内容 |
|---|---|
| 褥瘡の深さ・大きさ | Stage分類で確認 |
| 感染の有無 | 細菌検査・視診 |
| 壊死組織の有無 | デブリ処置を先行 |
| 血流状態 | 虚血肢の除外 |
| 栄養状態 | 低栄養は治癒を妨げる |
治療開始のタイミングは「感染が制御され、壊死組織が少なくなってきたとき」が最も効果的です。早すぎても遅すぎても治療効果は下がります。
アルメディアWEB「局所陰圧閉鎖療法(NPWT)はどんなとき、どのように行う?」:褥瘡ガイドライン第5版に基づくNPWTの適応・使用機器・保険算定などを解説したページ
「実際にNPWTを受けたらどういう流れになるのか?」という疑問を持つ方は多いはずです。ここでは治療のステップを具体的に説明します。
まず治療を始める前の前処置として、創部の壊死組織の除去(デブリードマン)と感染のコントロールを行います。この段階を省くと、密閉した環境で感染が一気に悪化する危険があります。前処置が肝心です。
NPWTの治療ステップ
陰圧は「持続モード」と「間欠モード」の2種類があり、創傷の状態に応じて医師が設定します。−60〜−125mmHgという数値は、気圧に換算すると地上より若干気圧が低い高山の状態に相当しますが、創部だけにピンポイントで陰圧をかけるため安全に管理できます。
ドレッシング交換は3〜4日に1回が目安です。従来のガーゼ交換(1日1〜2回が必要な場合もある)と比べて、処置回数が大幅に減ります。ガーゼ交換時のピリピリとした痛みや引っ張られる感覚が苦手な方にとって、これは大きなメリットです。
治療期間については、保険適用の範囲は原則「開始日から3週間」であり、特に必要と認められる場合のみ4週間まで延長できます。4週間以内でも創傷が十分に回復した段階で通常の治療に切り替えます。杏林大学形成外科が行った臨床試験では、VAC療法(NPWTの一種)による傷の閉鎖日数の平均は17.7日で、従来治療の平均63.5日に比べて約3.6倍のスピードで改善したという結果が出ています。
治療中は浸出液がキャニスター(容器)に回収されるため、傷の周囲が清潔に保たれます。かゆみや滲みといった不快感も、ガーゼ交換と比べると軽減されるケースが報告されています。
杏林大学医学部形成外科「新しい創傷治療法」:VAC療法の治療日数17.7日という具体的な臨床データが掲載されているページ
「入院しないとNPWTは受けられないのでは?」と思っている方も多いですが、これは2020年以前の話です。2020年6月1日から、NPWTは在宅医療においても保険適用となりました。意外ですね。
在宅での保険適用に対応しているのは、現在「PICO® 7 創傷治療システム」(スミス・アンド・ネフュー社)と「3M™ Snap™ 陰圧閉鎖療法システム」(ケーシーアイ社)などのポータブル製品です。中でもPICO 7は重さが107.3g(電池含む)という超軽量設計で、スマートフォンより少し重い程度です。
在宅NPWT保険算定の主なポイント
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 手技料(初回加算・100cm²未満) | 1,690点 |
| 処置料(100cm²未満) | 240点/回 |
| 消耗材料費 | 18円/cm²(PICOドレッシング) |
| 機器費 | 19,800円(PICO陰圧維持管理装置) |
| 保険算定期間 | 開始日より3週間〜最長4週間 |
在宅でNPWTを受けるためには、いくつかの条件を満たす必要があります。まず医師による「既存の治療に効果がない難治性創傷」の診断が必要です。そのうえで、ドレッシング交換を行う看護師に関しても、資格要件があります。「創傷管理関連の特定行為研修を修了した看護師」「皮膚・排泄ケアの認定看護師」または「日本在宅医療連合学会の在宅NPWT認定教育制度を修了した者」に限られています。
これは非常に重要な点です。誰でも在宅でNPWTを交換できるわけではありません。
保険適用となる具体的な疾患・創傷は下記の4種類です。
在宅でNPWTを希望する場合は、まずかかりつけ医や訪問診療を行うクリニックに相談し、「訪問看護ステーションに認定看護師や特定行為研修修了者がいるか」を確認することが最初の一歩になります。
日本在宅医療連合学会「在宅NPWT認定教育制度」:在宅でNPWTを安全に実施するための認定制度について説明されている公式ページ
NPWTを受けている期間中、患者さんや介護するご家族が最も不安に感じるのが「今の状態は正常なのか」という判断です。特に「かゆみ」は、治っているサインにも見えれば、感染のサインにも見えるため、判断が難しいのが実情です。
「良いかゆみ」と「注意が必要なかゆみ」の違い
| 状態 | 特徴 |
|---|---|
| 治癒が進んでいる場合のかゆみ | 傷の周囲が徐々に閉じてきている、発赤がない、浸出液が透明・淡黄色 |
| 感染が疑われる場合のかゆみ | 熱感・腫れ・赤みが強い、浸出液が濁っている・においがある、痛みが増している |
治癒が進んでいる段階では、新しい皮膚(上皮)が形成されるときに皮膚の神経が刺激を受けてかゆみが出ます。これは自然な反応です。しかし同時に、かゆいからといって傷を掻いたり、ドレッシング材をずらしたりすると密閉が解けてしまい、陰圧が維持できなくなります。陰圧が抜けると治療効果がゼロになります。
NPWT使用中の生活上で気をつけることも覚えておきたいポイントです。
ドレッシング材の密着不良は最も多いトラブルのひとつです。フィルムが少し浮いているだけでも陰圧が漏れ、機器がアラームを出します。そのときは追加のテープで密封すれば多くの場合は解決します。解決しない場合は速やかに看護師に連絡することが原則です。
もうひとつ見落とされがちな点として、栄養管理があります。傷が治るためにはタンパク質やビタミンCが不可欠で、低栄養状態ではNPWTを使っても肉芽形成が進みません。治療中は1日あたりのタンパク質摂取量(体重1kgあたり1.2〜1.5g程度が目安とされる)を意識し、食事の見直しも同時に行うことが、治癒を早める近道になります。
かゆみをなんとかしたい気持ちはよくわかります。ただ、むやみに引っ掻いたり、ドレッシングを触ることよりも、「機器の状態を確認し、異常があれば医療者に伝える」という行動がもっとも早く傷を治す道です。それが原則です。
富士クリニック「難治性の床ずれ治療|陰圧閉鎖療法(VAC)を在宅で行う方法」:在宅でのNPWT実施の流れ・日常的な観察ポイントをわかりやすく解説したページ