

かゆみが「50」の人は「25」の人の2倍つらいわけではありません。
VAS(Visual Analogue Scale)とは、「ビジュアル・アナログ・スケール」の略称で、主観的な感覚である痛みやかゆみを視覚的に数値化するための評価ツールです。日本語では「視覚的評価スケール」とも呼ばれます。使い方はシンプルで、白紙の上に100mm(10cm)の直線を引き、左端を「かゆみなし:0」、右端を「想像できる最悪のかゆみ:100」とした線上に、今感じているかゆみの強さに対応する点を自分でつけます。
そのポイントが左端から何mmの位置にあるかを定規で測ることで、かゆみが数値として記録されます。はがきの長辺(約14.8cm)より少し短い10cmの線、と覚えると長さのイメージがつかみやすいでしょう。
つまり自分のかゆみを「見える形」に変換する道具です。
VASが医療現場で広く使われるようになった背景には、かゆみや痛みが本質的に主観的な体験であるという事実があります。どれだけ強いかゆみを感じていても、他人にそのまま伝えることはできません。「かなりかゆい」「少しかゆい」という言葉の表現は人によって大きく異なるため、同じ表現をしていても実際の強さが全然違う、ということが起こります。VASはそうした曖昧さを減らし、継続的なかゆみの変化を客観的に記録するために開発された手法です。
特にアトピー性皮膚炎や慢性じんましん、透析患者のかゆみ(透析そう痒症)など、慢性的なかゆみを伴う皮膚疾患の診療において、VASは治療経過の記録ツールとして広く活用されています。日本の「アトピー性皮膚炎診療ガイドライン」でも、VASはかゆみの評価法として推奨されています。
以下に基本的な仕様をまとめました。
| 項目 | 内容 |
|------|------|
| 線の長さ | 100mm(10cm)が標準 |
| 左端の意味 | かゆみなし(0) |
| 右端の意味 | 想像できる最悪のかゆみ(100) |
| 評価の単位 | mm(左端からの距離) |
| 向き | 水平(横向き)が一般的 |
これが基本です。
参考:アトピー性皮膚炎のかゆみ評価におけるVAS・NRSの使い方(日本皮膚科学会 アトピー性皮膚炎診療ガイドライン)
https://www.dermatol.or.jp/dermatol/wp-content/uploads/xoops/files/guideline/atopicdermatitis_guideline.pdf
実際にVASスケールを使ってかゆみを評価する手順を確認していきましょう。手順そのものはシンプルですが、正確に記録するためにいくつかのポイントがあります。
まず紙と定規を用意します。白紙に100mmの水平な直線を引き、左端に「0(かゆみなし)」、右端に「100(最悪のかゆみ)」と書き込みます。次に、「今この瞬間のかゆみがどの位置に当たるか」を判断して、線上に印(✓ や縦線)をつけます。最後に、左端から印の位置までの距離を定規で測り、その数値(mm)が今日のかゆみスコアになります。
✅ VAS評価の手順まとめ
- 白紙に100mmの直線を引く
- 左端に「0:かゆみなし」、右端に「100:最悪のかゆみ」と記入
- 今感じているかゆみを線上の1点で示す
- 左端から印までの距離をmmで測定する
- 記録した日付とともにノートや手帳に残す
記録する際は必ず日付を一緒に書いておくことが大切です。VASは「同じ人の変化を追う」ためのツールなので、記録の蓄積がそのまま治療効果の可視化につながります。
これは使えそうです。
また、VASはその日の「今この瞬間のかゆみ」を評価する方式が一般的ですが、皮膚科の診療現場では「過去24時間で最もひどかったかゆみ」を評価する方式(PP-NRSと組み合わせて使う場合など)もあります。医師や薬剤師から「今日のかゆみ」か「この24時間で最も強かったかゆみ」か確認してから記録すると、記録の意味がより正確になります。
評価の頻度についても触れておきます。治療中のかゆみ管理を目的とする場合は、毎日同じ時間帯(たとえば就寝前)に記録するのが理想的です。朝と夜でかゆみの強さが変わることも多いため、時間帯を固定しておくと前後の比較がしやすくなります。
参考:VAS法の手順と評価の基準についての解説(栄養学生Nのnote記事)
https://note.com/_nutrition_stu/n/n64b4eb28e5da
VASとよく比較されるのが、NRS(Numerical Rating Scale:数値的評価スケール)です。NRSは「0=かゆみなし、10=最悪のかゆみ」という11段階の数値のうち、今のかゆみが何番に当たるかを口頭や記入で答えてもらう方式です。
VASとNRSの最大の違いは、道具が必要かどうかという点です。VASは紙と定規が必要ですが、NRSは口頭で「今のかゆみは何点ですか?」と聞くだけで評価できます。電話での問診や、外出先でのセルフチェックにも使いやすい点でNRSは優れています。
以下に主な違いを表で整理しました。
| 項目 | VAS | NRS |
|------|-----|-----|
| 評価の単位 | 0〜100mm | 0〜10の整数値 |
| 必要な道具 | 紙・定規 | 不要 |
| 精度 | 高い(連続値) | やや低い(整数値) |
| 使いやすさ | やや難しい | 簡単 |
| 向いている場面 | 治療研究・記録管理 | 日常的なセルフチェック |
精度が高いのはVAS、手軽さで選ぶならNRSです。
アトピー性皮膚炎の診療では、「そう痒VAS(かゆみVAS)」が治験や臨床研究でよく使われています。一方でNRSはシステマティックレビューにおいても「感度・簡便さ」の点で最も使用しやすいと報告されており、日常の皮膚科外来でのかゆみ確認にはNRSが広く使われています。
特に子どもや高齢者、認知機能が低下した方にはVASの使用が難しくなることがあります。線上に印をつけるという操作が理解しにくい場合があるからです。そのような場合はフェイス・スケール(表情のイラストで選ぶ方式)が有効な代替手段となります。7歳未満の子どもや言語障害がある場合にも表情スケールは使いやすく、医療現場でも活用されています。
どちらを選ぶかは目的次第です。
参考:かゆみのスコア・NRSとVASの使い方(医学書院「まるごとアトピー」より)
https://www.igaku-shoin.co.jp/paperplus/archive/y2022/maruato_02
VASスケールの本来の目的は「治療の効果を数値で確認すること」にあります。ここが多くの人に見落とされているポイントです。ただ記録するだけでなく、記録した数値の変化を分析することで、はじめてVASが意味を持ちます。
治療前のVASスコアを「ベースライン」と呼び、治療開始後に同じ条件でVASを測定した際にどれだけ数値が変化したかを確認します。臨床研究の知見では、VASで20mm以上の改善が「臨床的に意味のある変化の最小量(MCID)」とされています。つまり、100mmの線上で「50mm→30mm」に改善した場合、20mm以上の低下なので治療効果があったと判断できます。
一方で、VASが100mmで評価されているのに対し、NRSで2ポイント以上(または33%以上)の低下が「はるかに良い」状態への改善に相当するというデータもあります。これは「NRS5→NRS3」という変化がひとつの目安になるということです。痛いですね、少し厳しい基準に感じますが、数値で見えることで自己管理がしやすくなります。
治療効果を自分で確認するには、以下の方法が実践的です。
✅ VASで治療効果を確認する方法
- 治療開始前のVAS値をメモしておく(ベースライン)
- 2〜4週間後に同じ条件・時間帯でVASを測定する
- 差が20mm以上あれば「効果あり」の目安
- グラフに記録すると変化が一目でわかる
VASを折れ線グラフにすると、かゆみが改善されている日と悪化している日のパターンが見えてきます。たとえば「毎週月曜日に悪化している」というパターンに気づければ、ストレスや生活習慣との関係が見えてくることもあります。
なお、数値が下がることだけを気にしすぎると、プレッシャーになることもあります。あくまでも自分の変化を把握するための道具として使うのが、VASの正しい活用方法です。
参考:VAS・NRSの治療効果判定と臨床的有意差について(ニューロテックメディカル)
https://neurotech.jp/medical-information/role-and-use-of-pain-scales/
VASスケールは使い方がシンプルに見えますが、間違った使い方をすると記録の意味が大きく薄れます。かゆみの管理に使う前に、以下の注意点を確認しておきましょう。
⚠️ よくある間違いと正しい使い方
- 他の人と比較しない:VASは主観的な評価なので、自分のスコア60と家族のスコア60が同じかゆみの強さを意味するわけではありません。他人との比較には使えないのが原則です。
- 毎回聞き方・状況を統一する:「今のかゆみ」と「昨日の最悪のかゆみ」を混ぜて記録すると、前後比較ができなくなります。記録のたびに同じ基準で評価することが大切です。
- 部位を分けて評価する:全身にかゆみがある場合、腕・脚・体幹など部位ごとにVASを評価するほうが正確です。部位によってかゆみの強さが異なるため、一括評価だと情報が曖昧になります。
- 100mmの線を守る:線の長さが異なるとスコアの解釈もずれます。他の長さのVASと比較する研究では100mmスケールに換算する必要が生じるため、記録には常に100mmを使いましょう。
- EASIとは別に評価が必要:アトピー性皮膚炎の客観的重症度スコアである「EASI(湿疹面積・重症度指数)」にはかゆみの評価項目が含まれていません。EASIでかゆみを評価できると思い込んでいると、かゆみの変化を見逃します。VASやNRSを別途記録する必要があります。
EASIとVASを別々に記録するのが原則です。
また、VASで評価できるのは「かゆみの強さ」だけです。「どんなかゆみなのか(ちくちく・じんじん・燃えるようなかゆみなど)」という質については評価できません。かゆみの質や日常生活への影響まで評価したい場合は、「5Dかゆみスケール」や「POEM(患者報告型アトピー性皮膚炎評価指数)」といったより多角的なスケールも存在します。かゆみの種類が複雑に感じられる場合は、医師に相談するとよりくわしい評価につながります。
参考:疼痛スケールの注意点と正しい活用について(日本緩和医療学会 ガイドライン)
https://www.jspm.ne.jp/files/guideline/pain_2014/02_02.pdf