


瘢痕治療の分野において、客観的な評価方法の確立は長年の課題でした。医療者による評価だけでなく、患者自身が感じる満足度や生活の質(QOL)への影響を測定することの重要性が認識されるようになり、SCAR-Qが開発されました。
SCAR-Qは、Patient-Reported Outcome Measures(PROMs:患者報告型アウトカム評価)の一種として、瘢痕の外観、症状、心理的影響などを包括的に評価するツールです。従来の医療者による評価スケール(Vancouver Scar Scale、Manchester Scar Scaleなど)と異なり、患者自身の主観的評価を定量化することで、より患者中心の医療を実現することを目指しています。
SCAR-Qの開発は、カナダのMcMaster大学を中心とした国際的な研究グループによって進められ、厳格な心理測定学的検証を経て確立されました。このツールは、瘢痕の種類(手術瘢痕、外傷性瘢痕、熱傷瘢痕など)を問わず使用できる汎用性の高さも特徴です。
瘢痕評価において患者視点を取り入れることは、単に患者満足度を測るだけでなく、治療効果の判定や治療方針の決定、さらには新たな治療法の開発においても重要な指標となります。SCAR-Qの導入により、臨床現場と研究の両面で瘢痕治療の質の向上が期待されています。
SCAR-Qは複数のモジュールから構成される包括的な評価ツールです。各モジュールは特定の側面に焦点を当て、患者の瘢痕に関する体験を多角的に評価します。主要なモジュールとその評価項目は以下の通りです。
各質問項目は、リッカート尺度(例:「全く気にならない」から「非常に気になる」までの5段階評価)で回答し、各モジュールのスコアは0〜100点に標準化されます。スコアが高いほど、患者の満足度や状態が良好であることを示します。
SCAR-Qの特徴は、単に瘢痕の物理的特性だけでなく、患者の日常生活や心理面への影響も包括的に評価できる点にあります。例えば、外観上は軽微な瘢痕でも、患者の心理的負担が大きい場合があり、そのような側面も捉えることができます。
評価の実施は比較的簡便で、患者が質問票に回答するだけなので、外来診療の待ち時間などを利用して実施できる利点もあります。
SCAR-Qの日本語版は、東京医科大学の松村一教授らのグループによって開発・検証が進められてきました。2021年12月に開催された第16回瘢痕・ケロイド治療研究会では、松村教授が「Scar assessment using Scar-Q; a patient-oriented outcome, and Japanese language translation(SCAR-Qを使用した瘢痕評価;患者志向の結果、および日本語翻訳)」というテーマで発表を行い、日本語版SCAR-Qの開発状況と臨床応用について報告しています。
日本語版SCAR-Qの開発プロセスは、国際的に標準化された翻訳・文化的適応のガイドラインに従って行われました。具体的には。
という段階を経て完成しました。
日本の臨床現場におけるSCAR-Qの応用は、主に以下のような場面で進められています。
日本語版SCAR-Qの導入により、これまで医療者の主観に依存していた部分が客観的に評価できるようになり、治療方針の決定や患者とのコミュニケーションにおいても有用なツールとなっています。また、国際的な臨床研究への参加や、日本の瘢痕治療の成績を世界に発信する上でも重要な役割を果たしています。
現在、日本形成外科学会や日本創傷外科学会などでもSCAR-Qの普及が進められており、今後さらに多くの医療機関での導入が期待されています。
乳房再建術は、乳癌手術後の患者のQOL向上に大きく貢献する重要な治療法ですが、手術アプローチによって瘢痕の位置や性状が異なり、患者満足度に影響を与えます。SCAR-Qを用いた乳房再建術後の瘢痕評価研究では、切開部位による患者満足度の違いが明らかになっています。
2023年に発表された研究では、一次乳房再建術における切開部位の影響をSCAR-Qを用いて評価しました。この研究では、乳房下溝(IMF)アプローチ、乳輪周囲(PA)アプローチ、腋窩(AX)アプローチなど、異なる切開法による瘢痕の患者満足度を比較しています。
結果として、乳輪周囲アプローチは瘢痕が目立ちにくく、患者満足度が高い傾向が示されました。一方、乳房下溝アプローチでは、瘢痕の目立ちやすさに関する懸念が報告されています。これらの知見は、患者個々の体型や希望に合わせた切開法の選択に役立てられています。
また、内視鏡補助下広背筋皮弁(eeLD)を用いた「背部に瘢痕を残さない」乳房再建術に関する研究でも、SCAR-Qが評価ツールとして活用されています。従来の広背筋皮弁法では背部に目立つ瘢痕が残りますが、内視鏡補助下の手法では背部の瘢痕を回避できるため、BREAST-Qのバックスコアで有意に高い患者満足度が報告されています(82.8±9.2 vs 62.6±...)。
これらの研究は、SCAR-Qが単なる瘢痕評価ツールではなく、手術手技の選択や改良にも影響を与える重要な指標となっていることを示しています。乳房再建術において、腫瘍学的安全性と美容的結果のバランスを取りながら、患者満足度を最大化するための意思決定に、SCAR-Qが貢献しているのです。
瘢痕評価には様々なツールが存在しますが、SCAR-Qと他の評価ツールには明確な特徴の違いがあります。ここでは、主要な瘢痕評価ツールとSCAR-Qを比較分析します。
1. Vancouver Scar Scale (VSS)
2. Patient and Observer Scar Assessment Scale (POSAS)
3. Manchester Scar Scale (MSS)
4. Stony Brook Scar Evaluation Scale (SBSES)
SCAR-Qの最大の特徴は、患者報告型アウトカム(PRO)に特化していることです。他のツールが主に医療者による客観的評価に重点を置いているのに対し、SCAR-Qは患者の視点から瘢痕の影響を包括的に評価します。特に以下の点で優れています。
一方、SCAR-Qには以下のような限界もあります。
臨床現場では、SCAR-Qと医療者による客観的評価ツール(VSSなど)を併用することで、より包括的な瘢痕評価が可能になります。特に治療効果の判定や患者満足度の向上を目指す場合には、両方の視点からの評価が重要です。
SCAR-Qは単なる評価ツールではなく、瘢痕治療における臨床意思決定プロセスを支援する重要な役割を果たします。SCAR-Qのスコアを治療計画に活用することで、より患者中心の瘢痕治療が実現できます。
1. 初期評価と治療方針の決定
SCAR-Qを用いた初期評価では、患者が最も気にしている瘢痕の側面(外観、症状、心理的影響など)を特定できます。例えば。
2021年の瘢痕・ケロイド治療研究会で報告されたように、患者の主観的評価と医療者の客観的評価には乖離がある場合があり、SCAR-Qによって患者の真のニーズを把握することが重要です。
2. 治療効果のモニタリングと治療計画の調整
SCAR-Qを定期的に実施することで、治療効果を患者視点で評価し、治療計画を適宜調整できます。
例えば