

LDH値が高いと指摘されても、肝臓を疑うだけでは、かゆみが一生治まりません。
LDH(乳酸脱水素酵素)は、「Lactate Dehydrogenase」の頭文字を取った略称で、血液検査では「LD」と表記されることもあります。この酵素は体内の細胞が糖をエネルギーに変換する際に働くもので、骨格筋・肝臓・心臓・腎臓・赤血球など、あらゆる臓器にごく普通に存在しています。
つまり、LDHは特定の臓器だけにある酵素ではありません。
健康な状態では、細胞は壊れずに機能し続けるため、血液中のLDH濃度は一定の範囲に収まっています。現在、日本で広く採用されているIFCC法による基準値は124〜222 U/Lとされており、この範囲内であれば特に問題はないとされています。
ところが何らかの原因で細胞に損傷が生じると、細胞の中に蓄積していたLDHが血液中に漏れ出し、数値が上昇します。これがLDH値が高い状態の正体です。
健康診断の結果票では、LDHは多くの場合「肝機能」の項目に並んで記載されているため、「肝臓に問題があるのでは?」と思う人が多いのは無理もありません。しかし実際には、肝臓だけでなく皮膚・心臓・肺・筋肉など、体中のあらゆる細胞が傷つくとLDHは上昇します。
かゆみを抱えるアトピーの方にとって重要なのは、皮膚の炎症によってもLDH値が高くなるという事実です。これが基本です。
| LDH値(IFCC法) | 状態の目安 | 考えられる原因の例 |
|---|---|---|
| 124〜222 U/L | 基準値内(正常) | 特になし |
| 222〜300 U/L程度 | 軽度〜中等度の高値 | アトピー性皮膚炎の活動期、激しい運動後など |
| 300 U/L前後 | 中等度高値異常 | 慢性肝炎・貧血・筋肉系の疾患・アトピー重症例など |
| 500 U/L以上 | 重度高値異常 | 急性肝炎・心筋梗塞・悪性リンパ腫・白血病など |
数値だけで病気を特定できない点は覚えておく必要があります。
アトピー性皮膚炎では、皮膚のバリア機能が低下し、外からの刺激(ダニ・花粉・細菌など)が皮膚の深部にまで侵入しやすくなっています。この侵入に反応して免疫細胞が過剰に活性化し、炎症が持続する状態が続きます。
炎症が進むと、皮膚の細胞(表皮ケラチノサイト)が壊され続けます。細胞の中に蓄えられていたLDHがそのたびに血液中に放出されるため、LDH値が上昇するのです。
つまり、LDH値の高さはかゆみや炎症の激しさを反映しています。
日本皮膚科学会の診療ガイドラインでも「重症例では血清LDH値も上昇し、病勢のマーカーのひとつとされている」と明記されています(アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2021)。実際に重症のアトピー患者では入院後に適切な治療を行うと、LDH値が改善とともに低下することが複数の研究で確認されています。
特に大切なのは次の点です。「アトピーによるLDH高値は、肝機能障害とは関係ない」という事実です(看護roo! 掲載・聖隷三方原病院皮膚科より)。健診で肝機能異常として扱われることがありますが、他の肝臓の数値(AST・ALT・γ-GTPなど)が正常範囲内であれば、皮膚炎が主な原因として考えられます。
皮膚の炎症をしっかり抑えることが、LDH値を正常に戻す近道です。
アトピー性皮膚炎の炎症に関わるサイトカインの中でも、IL-31(インターロイキン31)はかゆみを直接引き起こす物質として知られています。ある研究では、LDH値が高いアトピー患者ほど血中IL-31の関与が示唆されており、LDH値の上昇がかゆみの強さとも連動している可能性が示されています(厚生労働科学研究費補助金研究報告書)。
参考:アトピー性皮膚炎のかゆみに影響する各種マーカーの研究(厚生労働科学研究)
https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/2013/133131/201322008A_upload/201322008A0005.pdf
アトピー性皮膚炎の検査には、LDHだけでなく複数の血液マーカーがあります。それぞれの役割を理解しておくと、自分の状態をより正確に把握できます。
| マーカー名 | 主な役割 | かゆみ・病勢との相関 |
|---|---|---|
| LDH値 | 皮膚細胞の組織傷害を反映 | 重症度と比例して上昇(ただし変動はやや遅め) |
| TARC値 | 皮膚の炎症の現在の状態を反映 | 病勢と鋭敏に相関(短期変化に敏感) |
| 血清IgE値 | アレルギー体質・素因の確認 | 皮疹の現在の程度とはあまり相関しない |
| 末梢血好酸球数 | アレルギーによる炎症細胞の増加 | 症状悪化と相関するが細かい変動には不向き |
TARC(胸腺活性化制御ケモカイン)は2008年から健康保険が適用された検査で、月1回まで保険で測定できます。成人の基準値は450 pg/mL未満とされており、重症のアトピー患者では3,000 pg/mLを超えることもあります。
これは使えそうです。
TARC値は皮膚の状態に敏感に反応するため、「今どれくらい炎症が起きているか」を短期間で把握するのに適しています。一方のLDH値は、皮膚細胞が実際に壊された度合いを示しているため、より組織の傷の深さに対応した数値と言えます。
LDH値が高いのにTARC値が正常に近い場合、あるいはその逆の場合もあります。なぜなら、LDHは皮膚以外の原因でも上昇するからです。片方だけで判断せず、複数のマーカーを医師と一緒に確認するのが原則です。
また血清IgE値については、「アトピー患者の約8割以上が高値を示す」ことが知られていますが、皮疹の現在の重症度とはほとんど相関しません。つまり、IgE値が高くても炎症が落ち着いている場合もありますし、逆もあります。
IgE高値だけで慌てないことも大切ですね。
参考:アトピー性皮膚炎の検査・診断(メディカルノート)
https://medicalnote.jp/diseases/アトピー性皮膚炎/contents/160303-020-JF
LDH値を直接下げる薬は存在しません。大切なのは、皮膚炎による組織傷害を減らすことです。
アトピー性皮膚炎の治療の3本柱は、①スキンケア、②薬物療法、③悪化因子の除去です。この3つをバランスよく実践することで、皮膚の細胞が壊れる速度が下がり、結果としてLDH値が正常範囲に近づいていきます。
🧴 スキンケアで皮膚のバリアを守る
皮膚のバリア機能が低下すると、外からの刺激が侵入しやすくなり炎症が悪化するため、保湿は日課として欠かせません。保湿剤は1日2回塗布することで、1日1回と比べて保湿効果が約2.5倍になるという報告もあります(たんぽぽこどもクリニック)。
入浴後15分以内を目安に、ヘパリン類似物質含有製剤(ヒルドイドなど)やワセリンを全身に塗布するのが基本です。お風呂の温度は38〜40℃のぬるめに設定し、熱いお湯はかゆみを強める可能性があるため避けましょう。
💊 薬物療法で炎症を的確に抑える
炎症が活発な部位には、ステロイド外用薬の使用が最も効果的です。ステロイド外用薬には①ストロンゲスト、②ベリーストロング、③ストロング、④ミディアム、⑤ウィークの5段階があり、患部の場所や重症度に合わせて選択します。
特に顔や首など皮膚が薄い部位には、タクロリムス軟膏(プロトピック)などの免疫抑制外用薬が使われることもあります。かゆみそのものを軽減する目的では、抗ヒスタミン薬・抗アレルギー薬の内服が併用されます。
重症の場合は、デュピルマブ(デュピクセント)などの生物学的製剤も選択肢です。
結論は、皮膚炎を抑えることがLDH値改善への近道です。
🏠 悪化因子を日常生活から取り除く
アトピーの代表的な悪化因子としては、ダニ・カビ・ハウスダスト・花粉・汗・摩擦・精神的ストレスなどが挙げられます。
布団は週1回以上干し、室内は定期的に掃除してダニの繁殖を抑えます。衣類はウール素材を避け、綿素材の肌触りのよいものを選ぶのも効果的です。また、食物アレルギーが明確に関与している場合を除いて、自己判断での食事制限は栄養障害を引き起こすリスクがあるため、必ず皮膚科専門医に相談することが重要です。
参考:アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2024(日本皮膚科学会)
https://www.dermatol.or.jp/dermatol/wp-content/uploads/xoops/files/guideline/ADGL2024.pdf
「LDH値がちょっと高いだけだから大丈夫だろう」という判断は、非常に危険です。
アトピー性皮膚炎を適切にケアしないで放置すると、皮膚の炎症が慢性化し、皮膚の細胞が繰り返し壊され続ける状態が続きます。これは言い換えると、LDH値が高い状態が長期にわたって持続するということです。
まず、皮膚の苔癬化(ライケニフィケーション)が起こります。これは皮膚が慢性的に掻き続けられることで、ゴワゴワと分厚く硬くなる変化で、肌の回復力が著しく低下した状態です。普通の保湿やステロイドでは改善しにくくなるため、治療の難易度が上がります。
かゆみが増す悪循環が続くということですね。
次に、バリア機能の低下した皮膚から細菌(黄色ブドウ球菌など)やウイルス(単純ヘルペスなど)が侵入しやすくなり、とびひ(伝染性膿痂疹)やカポジ水痘様発疹症などの感染症を合併するリスクが高まります。
さらに見逃せないのが、目の合併症です。アトピーが重症で顔に症状が出やすい方では、白内障・緑内障・網膜剥離などの眼疾患を合併しやすいことが知られています。視力低下につながることもあるため、定期的な眼科受診も検討する価値があります。
また、LDH値の高値が皮膚炎だけでなく他の病気(悪性リンパ腫・菊池病・心筋梗塞など)によって引き起こされている可能性も完全には否定できません。500 U/L以上の重度高値の場合は、消化器内科や血液内科など専門科での精密検査が必要です。
治療しても皮疹が軽快してもLDH値が下がらない場合は、他疾患の合併や鑑別を考慮する必要があります(マルホ医療関係者向けサイト)。これは必須の視点です。
アトピーの方は、LDH値の推移を定期的に確認しながら、皮膚科医との連携を維持することが非常に大切です。LDH値が基準値に戻っているかを治療効果の目安のひとつとして活用し、かゆみのコントロールに役立てましょう。
参考:アトピー性皮膚炎の検査・診断(マルホ 医療関係者向けサイト)