

かゆみを我慢しようとして市販の抗ヒスタミン薬を飲んでも、アトピーのかゆみにはほとんど効かないことがあります。
私たちの体には、外敵から身を守るための免疫システムが備わっています。その中核を担うのが「ヘルパーT細胞(Th細胞)」と呼ばれるリンパ球です。ヘルパーT細胞には大きく分けて「Th1細胞」と「Th2細胞」の2種類があり、通常はお互いに抑制し合いながらバランスを保っています。Th1細胞は主に細菌やウイルスなどの感染症に対応し、Th2細胞は寄生虫の排除などを担う細胞です。
問題はこのバランスが崩れたときです。アトピー性皮膚炎の患者さんでは、Th2細胞が過剰に活性化した「Th2優位」の状態になっています。Th2細胞が優位になると、さまざまな「サイトカイン」と呼ばれるタンパク質を大量に産生します。サイトカインとは、細胞間の情報伝達を行うタンパク質の総称で、免疫システムに指令を送る役割を持ちます。
つまりTh2細胞が過剰になると、炎症を引き起こす信号物質(サイトカイン)が次々と放出されるということですね。
Th2細胞が産生する代表的なサイトカインは、IL-4、IL-5、IL-6、IL-10、IL-13などです。なかでもアトピーのかゆみに深く関わるのが「IL-4」「IL-13」「IL-31」の3つです。これらは「Type2サイトカイン(2型サイトカイン)」とも呼ばれ、アトピー性皮膚炎の炎症形成と強いかゆみの両方に関与しています。
| サイトカイン | 主な産生細胞 | かゆみへの関与 |
|---|---|---|
| IL-4 | Th2細胞 | Th2分化を促進し、感覚神経の感受性を上げかゆみを増幅 |
| IL-13 | Th2細胞 | フィラグリン産生を低下させ、バリア機能を破壊してかゆみを誘発 |
| IL-31 | Th2細胞(主) | 末梢神経に直接作用してかゆみを誘発する「かゆみサイトカイン」 |
2004年にGrossらが「Th2細胞が産生するIL-31がかゆみを誘導する」と初めて報告しました。これはアトピーのかゆみ研究において画期的な発見でした。2023年には理化学研究所の研究グループが「IL-31は感覚神経に直接作用してかゆみを引き起こしている」ことをマウス実験で実証し、さらに転写因子STAT3がその伝達に必須であることも明らかにしています。
免疫細胞の話だけではなく、神経への直接作用もあるということです。これは使えそうです。
参考:アトピー性皮膚炎のかゆみ伝達機序を解明(理化学研究所)
https://www.riken.jp/press/2023/20231129_1/index.html
アトピーのかゆみが止まらない大きな理由のひとつが、「バリア機能の破壊」です。健康な皮膚の表面には「角層(かくそう)」という壁があり、外部刺激から体を守りつつ水分の蒸発を防いでいます。この壁を構成する重要なタンパク質が「フィラグリン」です。
ところが、Th2細胞が産生するIL-4やIL-13が大量に分泌されると、表皮の角化細胞(ケラチノサイト)に働きかけてフィラグリンの産生を低下させてしまいます。フィラグリンが減ると、皮膚の「レンガとセメント」のような構造が崩れ、外からのアレルゲン(ダニ、花粉など)が入り込みやすくなります。バリアが壊れた状態が基本です。
この「バリア機能の低下」→「アレルゲンの侵入」→「Th2細胞のさらなる活性化」→「サイトカインの増加」→「バリアのさらなる破壊」という悪循環が、アトピー性皮膚炎が慢性化する大きな原因になっています。ハガキ1枚ほどの薄さしかない皮膚の角層が崩れるだけで、これだけ大きな炎症の連鎖が起きるのです。
さらに複雑なのは、「掻く行為」そのものがこの悪循環を加速させることです。かゆくて掻くと、皮膚が物理的に破壊されてバリア機能がさらに低下します。そして破壊された皮膚からの刺激がTh2サイトカイン(IL-4、IL-13、IL-31)を追加で放出させるため、かゆみが次の波のように押し寄せてきます。
掻くとかえってかゆみが増すということですね。この悪循環を断ち切るためには、「炎症をおさえる外用薬」と「バリアを修復する保湿剤」の両方が同じくらい重要です。ステロイド外用薬やタクロリムス外用薬だけでは保湿力がほとんどなく、保湿剤の併用が欠かせません。
参考:アトピー性皮膚炎のスキンケアとバリア機能について(アレルギーポータル)
https://allergyportal.jp/knowledge/atopic-dermatitis/
「かゆいから抗ヒスタミン薬を飲む」という行動は非常に一般的です。しかし、アトピー性皮膚炎のかゆみに対して、抗ヒスタミン薬の効果は「きわめて限定的」であることが、専門家の間では以前から知られています。花粉症やじんましんのかゆみには抗ヒスタミン薬が著効するのに、アトピーには効きにくい——この差はどこから来るのでしょうか?
答えはかゆみを引き起こす「物質の種類」にあります。じんましんのかゆみの主犯はヒスタミンです。しかしアトピー性皮膚炎のかゆみには、ヒスタミン以外の多くの物質が関与しています。具体的にはIL-4、IL-13、IL-31、TSLP(胸腺間質性リンパ球新生因子)、エンドセリン-1、ペリオスチンなど、Th2細胞に由来するサイトカインや関連物質が複合的にかゆみを誘発しています。これが原則です。
特にIL-31は「かゆみサイトカイン」とも呼ばれるほど、アトピーのかゆみとの関連が強い物質です。IL-31は末梢神経に存在するIL-31受容体(IL-31RA)に直接作用してかゆみを誘発します。この受容体は感覚神経に特徴的に発現しており、IL-31が結合すると強烈なかゆみのシグナルが脳へと伝わります。抗ヒスタミン薬はヒスタミン受容体をブロックする薬ですが、IL-31には全く作用しないため、アトピーの主要なかゆみを抑えることができないのです。
痛いですね。長年「かゆみ=ヒスタミン」という図式で対処してきた人にとっては、大きな誤解だったことになります。
こうした背景から、近年では「IL-31受容体(IL-31RA)」を標的にした生物学的製剤「ネモリズマブ(商品名:ミチーガ)」が開発されています。中等度〜重症のアトピー性皮膚炎を対象とした臨床第3相試験では、プラセボ群の15.1%に対し、実薬群の55.7%においてかゆみスコアの有意な改善が確認されました。抗ヒスタミン薬では届かなかった「Th2型のかゆみ」に直接アプローチできる薬として注目を集めています。
参考:アトピー性皮膚炎のかゆみと抗ヒスタミン薬の限界(日本アレルギー学会 ガイドライン2024)
https://www.dermatol.or.jp/dermatol/wp-content/uploads/xoops/files/guideline/ADGL2024.pdf
アトピー性皮膚炎でTh2細胞が優位になる背景には、遺伝的な素因(アトピー素因)があります。しかし遺伝だけでなく、日常生活の中でTh1/Th2バランスを崩す習慣があることはあまり知られていません。意外ですね。
まず「ストレス」です。慢性的なストレスはノルアドレナリンなどのホルモンを分泌させ、このホルモンの作用によってTh1/Th2バランスがTh2側にシフトすることが報告されています。2024年には順天堂大学の研究グループが「精神的ストレスがアトピー性皮膚炎を悪化させるメカニズム」を分子レベルで解明し、ストレスホルモンが皮膚の抗炎症性マクロファージの機能を弱めてアレルギーを悪化させることを明らかにしました。「ストレスを減らせばアトピーが改善する」と思われがちですが、実は一度Th2優位の状態が強固になると、ストレスを除去してもすぐには改善しないことが知られています。
次に「腸内環境」との関係も見逃せません。腸内細菌のバランスが崩れると、免疫系全体のバランスに影響し、Th2優位な状態を誘発しやすくなります。先進国にアレルギーが多い理由のひとつとして「衛生仮説」が唱えられています。これは「幼い頃から清潔な環境で育つと、Th1細胞が十分に鍛えられず、Th2細胞が優位になりやすい」という考え方です。
また、「皮膚のpH上昇」もTh2細胞を増やす要因として注目されています。健康な皮膚は弱酸性(pH4.5〜5.5)を保っていますが、石鹸や洗剤、乾燥などで皮膚がアルカリ性に傾くと、Th2細胞の増加を招いてアトピー症状が悪化しやすくなることが研究で示されています。
腸内環境を整えるためには、乳酸菌や食物繊維を積極的に摂取することが有効とされています。特定の乳酸菌(プロバイオティクス)がTh1/Th2バランスの調整に貢献するという研究結果も複数あります。ストレス管理・腸活・皮膚のpHを弱酸性に保つスキンケアの選択が、Th2サイトカインの過剰産生を防ぐための重要な「生活習慣の調整」になります。
アトピー性皮膚炎の治療は、ここ数年で大きく進化しました。かつてはステロイド外用薬と保湿剤が中心でしたが、今ではTh2細胞やサイトカインを直接標的にする「分子標的治療」が登場し、選択肢が広がっています。最新の「アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2024」でも、これらの新薬が中等症以上の患者に推奨されています。
代表的なのが「生物学的製剤」と呼ばれる注射薬です。現在日本で保険適用されているものには以下のものがあります。
一方、飲み薬では「JAK(ヤヌスキナーゼ)阻害薬」も重要な選択肢です。JAKはIL-4やIL-31などのサイトカインが受容体に結合した後に活性化される細胞内のタンパク質で、JAKをブロックすることでサイトカインシグナル全体を一括して遮断できます。JAK阻害薬(バリシチニブ・ウパダシチニブ・アブロシチニブ)は早い人では内服開始翌日からかゆみが改善したと実感するケースもある即効性の高い薬です。
生物学的製剤とJAK阻害薬の違いが条件です。生物学的製剤は特定のサイトカイン1〜2種類を精密にターゲットにするのに対し、JAK阻害薬は複数のサイトカインシグナルを一度に遮断するという点が大きく異なります。どちらも「最適使用推進ガイドライン」が設けられており、既存治療で十分な効果が得られない患者さんを対象に、アレルギー専門医と相談のうえで使用します。
さらに2023年には、理化学研究所の研究グループがIL-31シグナルの下流で働く「STAT3」という転写因子が、アトピーのかゆみに必須であることを実証しました。STAT3阻害薬が将来の新たなかゆみ治療薬として期待されており、JAK阻害薬に比べて副作用が低減する可能性も示唆されています。これは使えそうです。
参考:アトピー性皮膚炎の病態と治療の最前線(J-STAGE 日本内科学会誌)
参考:アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2024(日本皮膚科学会)
https://www.dermatol.or.jp/dermatol/wp-content/uploads/xoops/files/guideline/ADGL2024.pdf
医療機関での治療と並行して、日常生活でTh2サイトカインの過剰産生を抑えるセルフケアを実践することが、かゆみのコントロールに直結します。専門的な治療が必要な重症例は医師への相談が前提ですが、「Th2を刺激しない生活」という視点を持つだけで日常の行動が変わります。
まず最も大切なのは「スキンケア(保湿)の徹底」です。バリア機能の低下がTh2細胞の活性化を招くことはすでに説明した通りです。入浴後5分以内に保湿剤(ヘパリン類似物質、セラミド配合クリーム、ワセリンなど)を全身に塗る習慣を持つことで、アレルゲンの侵入を防ぎ、Th2サイトカインの連鎖を止めやすくなります。「炎症を抑える薬」と「バリアを守る保湿剤」は車の両輪です。
次に「引っかかない工夫」が重要です。掻くと皮膚が破壊されてサイトカインが追加放出されるため、かゆい部位を冷やす(アイスノンや保冷剤をタオルで包んで当てる)ことで一時的にかゆみ信号を抑えることができます。爪は短く切り揃えておくことも皮膚の損傷を最小限にする基本対策です。
Th2優位の状態が長く続いた場合、自己判断のセルフケアだけでは限界があります。かゆみが睡眠を妨げるほど強い、皮疹が体表面積の10%以上に広がっている、といった場合は速やかに皮膚科を受診してください。現在は生物学的製剤やJAK阻害薬など、以前と比べて格段に効果的な治療選択肢が揃っています。専門家のサポートのもとで取り組むことが、かゆみの悪循環を断ち切る最も確実な方法です。
参考:アトピー性皮膚炎の悪化因子と日常ケア(日本アレルギー学会)
https://www.jsaweb.jp/modules/citizen_qa/index.php?content_id=4