

抗ヒスタミン薬を飲み続けても、かゆみが8割以上残ることがあります。
血管新生因子とは、既存の血管から新しい血管が枝分かれして形成されるプロセス(血管新生)を促進するタンパク質の総称です。日本心血管協会の資料によれば、生理的な血管新生は創傷治癒・子宮内膜の成熟・排卵後の黄体形成など、ごく正常な体の仕組みの一部として働いています。ただし、炎症や腫瘍など病的な条件下では、この仕組みが過剰に動いてしまうことがあります。これが知られる。
代表的な血管新生因子として、まず挙がるのが VEGF(血管内皮増殖因子) です。VEGFファミリーにはVEGF-A・VEGF-B・VEGF-C・VEGF-D・PlGF(胎盤成長因子)の5種類が存在します。このうちVEGF-Aが最も強力な血管新生誘導因子とされており、血管内皮細胞の増殖・移動・生存を直接刺激します。さらにVEGFは血管透過性も高めるため、炎症組織では組織の腫れや発赤を引き起こします。これが皮膚のかゆみと深く関係します。
次に重要なのが FGF(線維芽細胞増殖因子) です。FGFは血管内皮細胞に直接作用できる最も強力な血管新生因子のひとつとして知られており、血管新生が盛んな組織に多く存在することが確認されています。そしてもうひとつ注目したいのが HGF(肝細胞増殖因子) で、こちらも多くの上皮に作用して増殖や細胞運動を促進し、組織傷害の再生修復にも欠かせない役割を担います。つまり、VEGF・FGF・HGFが三本柱です。
これら3つの因子はそれぞれ独立して動くのではなく、「階層性をもって複合的に」作用することが九州大学の研究グループによって明らかになっています。最終的な血管新生のトリガーとなるのはVEGFとされていますが、上流でHGFやFGFがVEGFの発現を誘導する形の連携プレーが存在します。
| 因子名 | 略称 | 主な役割 |
|---|---|---|
| 血管内皮増殖因子 | VEGF(A〜D, PlGF) | 内皮細胞増殖・血管透過性向上・血管新生の主因子 |
| 線維芽細胞増殖因子 | FGF(bFGF) | 血管内皮細胞への直接作用・強力な血管新生促進 |
| 肝細胞増殖因子 | HGF | 組織の再生修復・内皮細胞の増殖と運動促進 |
| 血小板由来増殖因子 | PDGF | 血管平滑筋・線維芽細胞の増殖、血管壁の安定化 |
| アンジオポエチン | Ang-1 / Ang-2 | 血管の成熟・安定化(Ang-1)と不安定化(Ang-2) |
VEGFが皮膚の血管増殖を直接引き起こす一方、FGFはその上流でVEGFの発現を後押しします。かゆみをおさえたい方にとって、この連鎖を理解することが治療方針を選ぶヒントになります。
参考リンク(血管新生のVEGF・HGF・FGFの階層的な複合作用について)。
九州大学 病理学教室 血管新生の分子メカニズムと虚血性疾患の治療技術
血管新生に関わる因子は、「促進する側」と「抑制する側」に大きく分けることができます。これが基本です。
前者の代表がVEGFやFGFであることは前項で触れましたが、血管の安定化と不安定化を調節する特殊なグループとして アンジオポエチン(Ang) ファミリーが存在します。Ang-1は血管内皮細胞とその周囲の壁細胞(ペリサイト)との接着を強め、血管を成熟・安定化させる働きを持ちます。一方、Ang-2はその逆の作用を持ち、血管を不安定化させてVEGFによる新生血管形成が起きやすい環境を整えます。Ang-2が増えると、血管は「崩れやすい」状態になるわけです。
アトピー性皮膚炎をはじめとした炎症性皮膚疾患では、Ang-2が局所で上昇し、新生血管が異常に増殖することが報告されています。これが皮膚の赤みや発赤につながり、かゆみを引き起こす感覚神経への刺激が増大します。意外ですね。
一方、血管新生を「ブレーキをかけて抑制する」側の因子も存在します。その代表例が アンジオスタチン と エンドスタチン、そして近年注目を集めている PEDF(色素上皮由来因子) です。大阪大学の2020年の研究では、PEDFはアンジオスタチンやエンドスタチンよりも強力な内因性の血管新生抑制因子であることが明らかにされ、眼・皮膚・心臓・肝臓・骨など全身の組織で発現していることが確認されました。
通常、これら促進因子と抑制因子のバランスが保たれているため、血管は適切に保たれます。しかしアトピー性皮膚炎や乾癬などの慢性炎症状態では、このバランスが崩れ「促進側」が優勢になります。VEGFが皮膚内で過剰に分泌される状態が続くと、皮膚の毛細血管が増殖し、炎症細胞の浸潤も促されてかゆみが悪化するという研究結果があります。促進と抑制のバランスが条件です。
参考リンク(PEDFとアンジオスタチン・エンドスタチンの血管新生抑制メカニズムについて)。
「かゆみはヒスタミンが原因」という認識は、今や不完全と言えます。アトピー性皮膚炎や乾癬などに伴う慢性的なかゆみは、抗ヒスタミン薬などの既存薬では十分に効かないケースが多く、順天堂大学難治性かゆみ研究プロジェクトの報告でも「メカニズムの解明と新規治療薬の開発が重要な課題」と明記されています。
では、VEGFはどのようにしてかゆみを悪化させるのでしょうか?
まず、VEGFは炎症性サイトカイン(IL-1・TNF-αなど)によって皮膚の線維芽細胞や表皮角化細胞から分泌が増加します。このとき分泌されたVEGFが血管内皮細胞に働きかけ、毛細血管の密度が高まります。毛細血管が増えると皮膚への血流が増加し、炎症細胞(好酸球・マスト細胞など)の浸潤が促されます。炎症細胞が多く集まるほど、さらにサイトカインが放出されてVEGFの産生が刺激されるという悪循環が成立します。これが慢性化の正体です。
乾癬の研究においては、VEGF-Aを皮膚の表皮に特異的に過剰発現させたマウスモデルで、かゆみを伴う皮膚炎症が再現されたことが筑波大学の研究で報告されています。VEGFが血管新生を通じて間接的にかゆみ神経を刺激していることが示唆されています。VEGFとかゆみの関係は研究で証明されつつあります。
さらに重要なのが NGF(神経成長因子) との関係です。健康な皮膚では「かゆみ神経を抑えるセマフォリン3A」が「かゆみ神経を伸ばすNGF」よりも多く産生されています。ところがアトピー性皮膚炎の皮膚では、NGFの産生量がセマフォリン3Aを上回り、神経線維が表皮まで伸びてかゆみを引き起こすことが順天堂大学かゆみ研究センターの研究で明らかにされています。NGFは血管新生を誘導する側面も持ち、VEGFと相互に影響し合います。
かゆみが慢性化している場合、ヒスタミンだけでなくVEGFを介した血管新生経路の評価も視野に入れることが大切です。皮膚科専門医への相談で、こうした観点からの診断が得られる場合があります。
参考リンク(アトピー性皮膚炎とかゆみを感じる神経線維のセマフォリン3AとNGFの関係について)。
順天堂大学「かゆみを感じる神経線維を抑えるセマフォリン3A」研究報告
同じ「かゆみ」でも、血管新生因子の関与の仕方は疾患ごとに異なります。ここが重要なポイントです。
アトピー性皮膚炎では、Th2系サイトカイン(IL-4・IL-13)が優位に働き、VEGFの産生を促進します。IL-4とIL-13は血管内皮細胞のVCAM-1(接着分子)発現を増強し、好酸球の炎症部位への集積を誘導します。つまりVEGFは血管新生だけでなく、炎症細胞の「道案内役」としても機能しているわけです。コーセーコスメトロジー研究財団の研究報告では、皮膚の線維芽細胞がIL-1やTNF-αなどの炎症性サイトカインによって刺激されると、VEGFの分泌が増加することが示されています。
乾癬では、VEGFが病変部位で発現が増加し、かゆみのある紅斑の形成に深くかかわっています。乾癬患者の約50%がかゆみを訴えるとされており(東京医科大学皮膚科)、かゆみの背景には血管増殖による炎症の悪化が見られます。乾癬のかゆみにはFGFも関与しており、学術研究(KAKENHI-PROJECT-17K10008)ではFGF1・FGF2・FGF7の発現が高いことが報告されています。
酒さ(ロザセア)では、VEGFが血管内皮細胞を増殖させ、顔面の毛細血管拡張(赤ら顔)と皮膚の透過性増加を引き起こします。このVEGFの過剰発現が血管の脆弱化と神経感受性の亢進をもたらし、かゆみや刺激感の一因となることが示されています。
慢性蕁麻疹に関しては、ヒスタミンが血管拡張と血管透過性亢進を引き起こし、同時にVEGFの放出も誘発されます。これが蕁麻疹の膨疹形成に関与します。抗ヒスタミン薬で改善しないケースでは、VEGF経路を含む別の炎症機序が動いていることが考えられます。
| 皮膚疾患 | 主に関与する血管新生因子 | かゆみへの影響 |
|---|---|---|
| アトピー性皮膚炎 | VEGF-A、FGF | 毛細血管増殖・炎症細胞浸潤・神経線維伸長によるかゆみの慢性化 |
| 乾癬 | VEGF-A、FGF1/2/7 | 血管新生による紅斑・痒みを伴う慢性炎症 |
| 酒さ | VEGF | 毛細血管拡張・血管透過性上昇・神経感受性の亢進 |
| 慢性蕁麻疹 | VEGF(ヒスタミン起点) | 血管拡張と膨疹形成・抗ヒスタミン薬が効きにくいケースに関与 |
かゆみの原因疾患が異なれば、関与する血管新生因子の種類も変わります。治療がうまくいかないと感じたときは、自分のかゆみがどの疾患に近いのかを皮膚科で改めて評価してもらうことが、治療の最短ルートになります。
血管新生因子と慢性かゆみの関係が明らかになるにつれ、治療のアプローチも変わりつつあります。従来の「ヒスタミンを抑える」だけでなく、「VEGFを介した血管新生経路そのものを遮断する」という考え方が、皮膚科領域でも注目されています。
まず注目すべきは 生物学的製剤(バイオ製剤) です。アトピー性皮膚炎に対しては、IL-4・IL-13の両方を阻害するデュピルマブ(デュピクセント)が登場し、サイトカイン起点のVEGF産生ループを上流でカットする効果が期待されています。実際にデュピクセントは慢性かゆみの改善でも高い評価を得ており、保険適用(3割負担で1本約16,000円)で使用できます。
次に注目したいのが セマフォリン3A関連の研究動向 です。先述の通り、順天堂かゆみ研究センターでは「皮膚にセマフォリン3Aを多く産生させる方法」を研究しており、カルシウム濃度とセマフォリン3Aの発現に関連があることも証明されています。これは現時点では研究段階ですが、かゆみ止め薬の新しい世代として実用化への期待が高まっています。
日常のケアとして役立つ知識も紹介しておきます。VEGFの産生には炎症性サイトカインが深く関与するため、炎症を慢性化させないスキンケアが基本です。具体的には次のようなポイントが挙げられます。
かゆみを根本から改善したい場合、市販の塗り薬だけに頼るのではなく、皮膚科専門医に受診して自分のかゆみの背景にある因子を評価してもらうことが最も確実な一歩です。血管新生因子の種類と役割を理解した上で受診することで、医師との会話もより具体的になります。
参考リンク(アトピー性皮膚炎とセマフォリン3A・かゆみ神経線維の研究について)。