

「抗菌薬を使えばかゆみが治まる」と思っていませんか?実は8割以上のCNSがすでにメチシリン耐性を持ち、市販の抗菌成分が逆効果になることもあります。
コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(CNS:Coagulase-Negative Staphylococci)は、私たちの皮膚に常在するブドウ球菌の一群です。「コアグラーゼ陰性」とは、血液を凝固させる酵素(コアグラーゼ)を産生しないことを意味し、病原性の強い黄色ブドウ球菌(コアグラーゼ陽性)と区別されます。
CNSの仲間は非常に多く、ブドウ球菌属だけで80種以上が知られています。皮膚から検出されるCNSのうち、約75%を占めるのが「表皮ブドウ球菌(Staphylococcus epidermidis)」です。腸内細菌と同じように「善玉菌」的な役割を持つ種も多く存在します。
表皮ブドウ球菌はいわゆる「美肌菌」とも呼ばれます。汗や皮脂からグリセリンや乳酸を作り、肌を弱酸性(pH4.5〜6.0程度)に保つ働きがあります。弱酸性の環境は黄色ブドウ球菌やアクネ菌などの悪玉菌の増殖を抑え、肌バリアを守ります。つまり、CNSは必ずしも「悪い菌」ではありません。
一方で、CNSには感染症を引き起こす側面もあります。大橋内科のブログによれば、CNSが問題になる主な感染症は ①血管カテーテル関連血流感染症、②若い女性の尿路感染症、③免疫不全状態の肺炎 の3つです。健康な方ではほとんど感染症を起こしませんが、手術後や免疫が低下した状態では「日和見感染」を起こします。
また、CNSの中にはS. lugdunensisという種もあります。この菌は他のCNSと異なり、黄色ブドウ球菌に近い強い病原性を持ち、敗血症や心内膜炎を引き起こすことがあります。これだけは例外です。
大橋内科:CNSの3つの感染症と特徴について(わかりやすい解説)
CNSと抗菌薬を語るうえで絶対に外せないのが「メチシリン耐性」の問題です。亀田総合病院感染症内科の資料によれば、CNSの80%以上にメチシリン耐性が見られます。これは黄色ブドウ球菌のMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)と同じ仕組みで耐性を獲得しており、MRCNSまたはMRSEと呼ばれます。
メチシリン耐性とはどういう意味でしょうか?単純に「メチシリンという一種類の薬が効かない」という話ではありません。メチシリン耐性が確認された場合、セフタロリンという薬剤を除くすべての「β-ラクタム系抗菌薬」に耐性があるとみなされます。β-ラクタム系には一般的によく使われるペニシリン系やセフェム系(セファゾリンなど)がすべて含まれます。つまり、一般的な抗菌薬のほぼすべてが効かない状態です。
この事実は重大な意味を持ちます。皮膚のかゆみや感染が気になるからと、市販の外用抗菌薬(ゲンタマイシン含有軟膏など)を継続的に塗り続けることで、CNSの耐性化をさらに促進してしまうリスクがあります。抗菌薬の使いすぎには注意が必要です。
では、MRCNSには何が有効なのでしょうか。経験的治療(培養結果が出る前の初期治療)として使われるのがバンコマイシンです。バンコマイシンはグリコペプチド系と呼ばれる系統の抗菌薬で、点滴で投与されます。しかし、フランスの研究ではCNS分離株の3分の1がテイコプラニン(同じグリコペプチド系)に感受性を持たないことが報告されており、治療の選択肢は年々狭まっています。
注意点も知っておきましょう。バンコマイシンは腎臓への副作用(腎毒性)があるため、血中濃度のモニタリングが必要な薬剤です。また、メチシリン感受性のCNS(MSCNS)に対してはナフシリン、オキサシリン、セファゾリンなどのβ-ラクタム系薬が使われます。感受性試験の結果が治療薬選択のカギです。
亀田総合病院感染症内科:CNS(S. caprae)の微生物学・臨床像・治療の詳細解説
かゆみに悩む人にとって、CNSは身近な話題です。特にアトピー性皮膚炎や乾燥肌、敏感肌の方には深く関わっています。皮膚のかゆみには「菌のバランス」が大きく影響しているからです。
健康な皮膚では、善玉のCNS(特に表皮ブドウ球菌)が皮膚表面を弱酸性に維持し、黄色ブドウ球菌の増殖を抑えています。ところがアトピー性皮膚炎の患者の皮膚では、表皮ブドウ球菌が減少し、代わりに黄色ブドウ球菌が皮膚の過半数を占めるほど増殖します。これがかゆみや炎症をさらに悪化させます。
黄色ブドウ球菌が引き起こす問題は以下のとおりです。
ここが重要なポイントです。かゆみをなんとかしようと「抗菌成分入りの石鹸」や「殺菌スプレー」を使いすぎると、悪玉菌だけでなく、皮膚を守っている表皮ブドウ球菌まで一緒に減らしてしまいます。持田ヘルスケアの情報によれば、石鹸で洗顔した場合、洗い流された表皮ブドウ球菌の数が回復するまでには半日程度かかります。1日に何度も強い洗浄剤で洗うほど、肌を守るCNSの数は減り続けます。
これは意外ですね。「清潔にする=かゆみが減る」と思いがちですが、過度な清潔ケアがかゆみの悪化につながる可能性があります。かゆみ対策の基本は、善玉のCNSを守りながら悪玉の黄色ブドウ球菌だけを抑えることです。
持田ヘルスケア:表皮ブドウ球菌の美肌作用と正しい洗顔頻度について
CNSによる感染症の治療が特に難しいのは、抗菌薬耐性だけが理由ではありません。「バイオフィルム」という特殊な防御機構が大きな壁になっています。
バイオフィルムとは、細菌が作るネバネバした膜のことです。CNSは血管内カテーテルや人工関節、人工弁などの医療機器の表面に付着し、このバイオフィルムを形成します。バイオフィルム内の細菌は、通常の状態より1000倍以上の濃度の抗菌薬にさらされても死滅しにくいといわれています。カテーテル1本の表面積は、名刺1枚分程度しかありませんが、その上に億単位の細菌が増殖し続けることがあります。
さらに問題が重なります。CNSはMRSAなど他のブドウ球菌に薬剤耐性遺伝子を「受け渡す」役割を果たしているとも考えられています。北海道医療大学の研究では、CNSが多くの薬剤耐性遺伝子を保有し、MRSAへと供給していると報告されています。CNSは院内感染における「耐性遺伝子のリザーバー(貯蔵庫)」として機能しているのです。
治療戦略の観点からも覚えておきたい点があります。人工物(カテーテルや人工関節)が体内にある場合、抗菌薬だけでは感染を完全に制御できないことが多く、デバイスの抜去(取り除く手術)が必要になる場面があります。病院での治療は「抗菌薬を飲めば治る」という単純な話ではないのです。
整形外科関連感染症では、人工物が残存する例で抗菌薬の長期内服が検討されます。メチシリン耐性株にはST合剤(スルファメトキサゾール・トリメトプリム)、テトラサイクリン系、リネゾリドが内服の選択肢となります。ただし、フルオロキノロン系(レボフロキサシンなど)は治療中に耐性が出現しやすいため、CNS感染症には適切ではないとされています。これだけは覚えておけばOKです。
MSDマニュアル プロフェッショナル版:ブドウ球菌感染症の病態・診断・治療
ここまでの内容を踏まえて、かゆみに悩む方が実際にできることを整理します。核心は「CNSの中でも善玉の表皮ブドウ球菌を守ること」です。
まず、日常のスキンケアについてです。
次に、受診の目安についてです。かゆみが2週間以上続く、患部が赤く腫れる・膿が出る・熱が出る場合は、自己判断でのセルフケアだけでなく、皮膚科への受診を検討してください。特にアトピー性皮膚炎の悪化時には、黄色ブドウ球菌が優勢になっているケースが多く、医師による適切な抗菌薬処方が必要な場合があります。
さらに、「フルオロキノロン系の抗菌薬はCNS感染では使わない」という点は、一般の方でも覚えておく価値があります。市販薬ではなく医師が処方する薬であっても、CNS感染には向かない薬剤があることを知っておくと、処方時に適切な確認ができます。
皮膚科では、感染症の原因菌を特定するために細菌培養検査が行われることがあります。検査には1〜3日程度かかり、その結果に基づいて最適な抗菌薬が選ばれます。感受性試験の結果が出るまでの間は、MRCNSに対応できるバンコマイシンなどが経験的に使われることがあります。治療は医師に委ねるのが原則です。
かゆみをおさえるには、「菌を全滅させる」発想ではなく、「善玉菌を守りながら悪玉菌を抑える」発想が重要です。皮膚という生態系のバランスを保つことが、長期的なかゆみ対策の基本といえます。