

花粉症があるのに、りんごを食べると口がかゆくなる。その原因はpr-10タンパクです。
PR-10タンパクは、英語で "Pathogenesis-related protein 10"(病原性関連タンパク質10番)と呼ばれています。名前が示す通り、植物が細菌・ウイルス・カビなどの病原体に攻撃されたとき、あるいはストレスにさらされたときに作り出す「防衛タンパク質」の一群です。
重要なのは、このPR-10タンパクが特定の植物だけに存在するのではなく、カバノキ科の木々(シラカンバ・ハンノキなど)の花粉をはじめ、りんご・モモ・サクランボといったバラ科の果物や、大豆(豆乳)など多くの植物に共通して存在するという点です。しかも植物の種(しゅ)を超えて構造が非常によく似ているため、体の免疫システムが「同じものだ」と誤認識しやすいという特徴があります。
つまり基本です。シラカンバ花粉に感作(アレルギーの準備状態)が成立した人が、りんごや豆乳を口にすると、体はりんごや豆乳のPR-10タンパクを「花粉と同じもの」と判断してしまい、口や喉のかゆみを引き起こすのです。
医学的にはこの反応を「交差反応」と呼び、花粉によるアレルギーが食物のアレルギーと連動して起こることから「花粉-食物アレルギー症候群(PFAS: Pollen-Food Allergy Syndrome)」と呼ばれています。口腔内に限定したかゆみや刺激感が主な症状のため、「口腔アレルギー症候群(OAS)」ともいわれます。
シラカンバ花粉症を持つ人のうち、何らかの口腔アレルギー症状を経験する割合は50〜70%以上というデータもあります。これはかなり高い数字です。花粉症がある方は他人事ではないということですね。
日本アレルギー学会によるアレルゲンコンポーネント測定の意義について、専門的な解説が参照できます。
PR-10タンパクによるかゆみは、食べてから数分以内という非常に短い時間で現れるのが特徴です。具体的には口唇・舌・口腔内・咽頭(のど)の粘膜に、かゆみ・イガイガ感・チクチク感・軽い腫れなどが生じます。多くの場合、症状は口の中だけで収まり、自然に落ち着きます。
PFAS患者さんの約90%は口腔内症状のみで済むとされています。軽症例が多いのはなぜかというと、PR-10タンパクが熱や消化酵素に非常に弱い性質を持つためです。食べた食物のPR-10タンパクは、胃の中に入ると胃酸や消化酵素によって素早く分解され、体内への吸収量が少なくなります。そのため全身性の強い反応まで至らないことが多いのです。
では危険な状況とはどういうときでしょうか?
注意が必要なのは、生の豆乳や野菜・果物のスムージーなどを大量に一度に飲んだ場合です。液体は胃を素早く通過するため、胃酸による分解が不十分になりやすく、PR-10タンパクが活性を保ったまま腸から吸収されてしまうことがあります。豆乳での重篤なアナフィラキシー(全身性の強いアレルギー反応)が報告されており、大豆のPR-10タンパクである「Gly m 4」が特に問題とされています。
さらに、飲酒・激しい運動・非ステロイド系鎮痛剤の使用などのコファクター(アレルギーを増悪させる要因)が重なると、通常は軽症で済む反応が急に重くなる可能性もあります。痛いですね。
花粉症の時期(花粉飛散が多い春)は特異的IgE抗体値が上昇しやすく、同じ量の食物を食べても症状が強く出ることがあります。季節によって症状の出方が変わることを頭に入れておくと役立ちます。
PFAS(花粉-食物アレルギー症候群)の症状・リスクと対処法について詳細な医療情報が掲載されています。
PFAS(花粉‐フルーツアレルギー症候群)の解説 | 昭和医科大学医学部内科系呼吸器内科・アレルギー科
PR-10タンパクは特定の植物に広く分布しています。かゆみをおさえたい方がまず把握しておくべき、主な原因食品と花粉の組み合わせを以下の表で整理しました。
| 関連する花粉 | PR-10を含む主な食品 |
|---|---|
| シラカンバ・ハンノキ(カバノキ科) | りんご、モモ、サクランボ、ナシ、あんず、イチゴ(バラ科)、大豆・豆乳(Gly m 4)、キウイ、ヘーゼルナッツ |
| イネ科・キク科の花粉 | メロン、スイカ、セロリ、ニンジン(プロフィリンが主だが、PR-10も関与する場合あり) |
PR-10タンパクの最大の特徴は、熱や消化酵素への弱さです。60〜70℃程度の加熱でも構造が壊れてアレルゲン活性を失いやすいため、加熱・加工した食品では症状が出ないケースが多いです。これはかゆみ対策の大きなヒントになります。
具体的に見てみましょう。
加熱が基本です。ただし、加熱対策が有効なのはPR-10やプロフィリンが原因の場合に限ります。後述するLTPやGRPという別種のアレルゲンは熱に強いため、「加熱すれば大丈夫」という理屈は一律に当てはまらない点に注意が必要です。自分が何のアレルゲンに反応しているかを医師に確認することが前提となります。
食物アレルギー診療の手引き2023(日本小児アレルギー学会・日本アレルギー学会ほか合同作成)にPR-10と加熱・加工の関係が詳しく記載されています。
食物アレルギーの診療の手引き2023 | 日本小児アレルギー学会
口や喉のかゆみが気になるとき、「念のためアレルギー検査を受けよう」と思っても、通常の粗抗原特異的IgE検査(いわゆる「りんごアレルギーのIgE検査」など)だけでは、PR-10タンパクの感作を見逃すことがあります。
これは使えそうです。なぜかというと、果実の粗抗原エキス中にはPR-10タンパクの含有量が非常に少ないため、通常検査では「陰性」と出てしまうことがあるためです。日本アレルギー学会も「果実などの粗抗原特異的IgE検査が陰性になることがある」と指摘しています。
そこで活用されるのが「アレルゲンコンポーネント特異的IgE検査(CRD: Component-Resolved Diagnostics)」です。コンポーネントとは、アレルゲン物質の中に含まれる個々のタンパク質のことで、PR-10タンパクに関連する以下の項目が特に重要です。
現在、日本の通常診療(保険適用)で検査できるPR-10関連コンポーネントとして、大豆の「Gly m 4特異的IgE」があります。カバノキ科花粉症の患者さんで豆乳を飲んでかゆみが出る場合、このGly m 4の血液検査がほぼ100%の感度で診断に役立つとされています。
一方、Bet v 1やMal d 1などは現状では保険適用外や一部施設での対応になることがあります。気になる方は、アレルギー専門医への受診と相談が第一歩です。
サーモフィッシャーダイアグノスティックスのアレルギーインサイダーサイトでは、大豆アレルギー・Gly m 4について患者向けに分かりやすく解説されています。
大豆アレルギー(Gly m 4・豆乳アレルギー)の解説 | Allergy Insider Japan
口や喉のかゆみをおさえるための対策は「食事の工夫」と「根本的な医療的アプローチ」の2本柱です。知っていれば日常生活の質が大きく変わります。
まず食事面での工夫です。PR-10タンパクは熱に弱い性質を利用し、果物や大豆製品は加熱・加工したものを選ぶことがかゆみ回避の基本戦略になります。生のりんごやモモで口がかゆくなる場合も、ジャム・コンポート・加熱したコンポーネント入りの加工品で楽しめることが多いです。また、豆乳でかゆみが出る方は、十分に加熱された豆腐・納豆・みそ汁などの大豆製品に切り替えると症状が出にくくなる場合があります。これが条件です。
ただし、スムージーや生ジュースに大量の生果物・野菜を使う場合は注意してください。液体は胃を素早く通過するため、PR-10タンパクの分解が不十分になるリスクがあります。
次に医療的なアプローチについてです。花粉症自体の治療がPR-10関連のかゆみ改善に直結することがあります。シラカンバ・ハンノキ花粉へのアレルゲン免疫療法(舌下免疫療法など)を継続することで、PFASによる口腔アレルギー症状も改善したという報告があります。これは知らないと損する情報です。
花粉症の根治を目指す治療が、「食後の口のかゆみ」にも効く可能性がある、ということですね。
症状が口腔外(全身のじんましん・咳・呼吸困難など)に及ぶ場合は速やかに医療機関を受診してください。また、過去にアナフィラキシーを経験している方は、医師からエピペン(アドレナリン自己注射薬)を処方してもらうことを検討しましょう。症状が軽くても、次が同じとは限らないというのが原則です。
かゆみを引き起こすPR-10タンパクの正体と特性を知ることが、日常生活でのかゆみ回避につながります。自分の花粉感作の状態を専門医に確認しながら、食事の選び方・調理法・必要に応じた薬の使用を組み合わせて対策することが、毎日のかゆみを上手にコントロールするための近道です。
アレルギーガイドライン2021(日本アレルギー学会)の第12章では、果物・野菜アレルギーのアレルゲンファミリーとしてPR-10が詳しく分類・解説されています。
アレルギーガイドライン2021 ダイジェスト版 第12章 食品ごとの各論 | 日本アレルギー学会