

保湿をがんばっているのに、かゆみが消えない——それは「何を補うか」ではなく「どんな構造で補うか」を知らないからかもしれません。
肌の最も外側にある「角質層」は、厚さわずか約10〜20μm(マイクロメートル)、つまり0.01〜0.02mmしかありません。はがきの紙の厚さが約0.1mmなので、その5分の1以下の極薄の層が、かゆみや乾燥から体を守る最前線を担っています。
この角質層の細胞と細胞の隙間を埋めているのが「細胞間脂質」で、その主成分がセラミドです。そしてセラミドは、水分子を両側から挟み込むように配列し、脂質の層→水の層→脂質の層……と交互に積み重なった「ラメラ構造」を形成します。ラメラ(lamella)はラテン語で「層状」を意味し、その名のとおり、まるでミルフィーユのように幾重にも重なった精巧な構造です。
この構造が果たす役割は大きく2つあります。花粉・ほこり・細菌などの外部刺激物が内側へ侵入するのを防ぐことと、皮膚の内部から水分が蒸散するのを抑えることです。ここで重要なのは「高分子(ポリマー)」の概念との接点です。
セラミドはスフィンゴシンという骨格に長鎖脂肪酸が結合した脂質分子で、それ自体は高分子ではありません。しかし、ヒアルロン酸やコラーゲンといった保湿成分と異なり、セラミドは「両親媒性(水にも油にも親和性をもつ)」という化学的特性を持ちます。この特性こそ、高分子材料科学で研究される「両親媒性高分子の自己組織化によるラメラ構造形成」と本質的に同じ原理です。
つまり、肌のかゆみ対策を考えるとき、「水分を足す」という発想だけでは足りないのです。
| 成分 | タイプ | 保湿メカニズム | バリア機能への寄与 |
|---|---|---|---|
| セラミド | 脂質(両親媒性) | 水分を挟み込むラメラ構造形成 | ◎ 直接的・根本的 |
| ヒアルロン酸 | 高分子(水溶性) | 水を吸収・保持(吸水型) | △ 間接的・補助的 |
| コラーゲン | 高分子タンパク質 | 肌表面に膜を張る(被膜型) | △ 表面的 |
ラメラ構造を整えることがバリア機能の根本です。
参考:ラメラ構造と細胞間脂質の機能について詳しく解説されています。
ここ数年、「ラメラ構造をもつ高分子材料」の研究が急速に進んでいます。2025年2月、京都大学の寺島崇矢准教授らのグループが、米国化学会誌(Journal of the American Chemical Society)に注目の研究を発表しました。
この研究では、アクリル酸ナトリウム(紙おむつの吸水材にも使われる高吸水性高分子の原料)を親水性基として含む「両親媒性ランダム共重合体」が、環境から水を吸収することで、ドメイン間隔4.5nmという超微細なラメラ構造を自発的に形成することが示されました。さらにこの材料は、湿度が変化するとラメラ構造の間隔が1nm以下のレベルで可逆的に拡大・縮小するという、驚くほど精密な応答性を示しました。
なぜこれが「かゆみ」と関係するのでしょうか? 鍵は「両親媒性」という概念にあります。
セラミドが皮膚のラメラ構造を形成できるのも、まさにこの両親媒性(水にも油にも馴染む性質)があるからです。セラミドの親水基が水分子を保持し、疎水基が脂質の層を形成することで、交互の層が安定して積み重なります。これは、高分子材料科学での「ブロック共重合体やランダム共重合体によるミクロ相分離構造」の形成と原理的に同一です。
つまり、皮膚のラメラ構造は「生きた高分子材料の精密ナノ構造」と捉えることができます。そして、このナノ構造が乱れることが、かゆみの直接的な引き金になっているのです。
これは意外ですね。高分子科学の最前線と、日々のかゆみが同じ原理でつながっています。
参考:水を含み湿度に応答するラメラ構造ポリマー材料の最新研究はこちらで読めます。
日本原子力研究開発機構「水を含み湿度に応答するラメラ構造ポリマー材料」プレス発表
ラメラ構造が崩れると、肌はどのような状態になるのでしょうか?
まず、皮膚内部の水分が外側へ蒸散しやすくなります。これを「経表皮水分蒸散量(TEWL)」と呼び、健康な肌と敏感肌ではこの数値に明確な差があることが研究で示されています。花王株式会社の研究では、敏感肌の人は非敏感肌の人に比べて有意にTEWLが高く(つまりバリア機能が低く)、同時に角層の水分量も低い傾向にあることが確認されています(日本香粧品学会誌 Vol.45, 2021)。
乾燥が進むと何が起きるかというと、神経線維が表皮の浅い部分にまで伸びてくることが明らかにされています。この神経線維の侵入は、わずかな刺激でも強いかゆみを感じさせる「過敏化」を招きます。つまり、ラメラ構造の乱れは「単なる乾燥」では終わらず、かゆみの神経的な感度までを高めてしまうのです。
ラメラ構造が乱れる主な原因は以下の通りです。
これらが重なると、肌は「かゆみが止まらない負のループ」に入ります。乾燥→バリア機能低下→刺激が入りやすくなる→かく→さらにラメラ構造が破壊される——というサイクルです。
かゆい→かく→悪化、この流れを断つことが先決です。
参考:洗浄剤の界面活性剤がラメラ構造を壊すメカニズムについての発表資料です。
クラシエ「洗浄料の主成分界面活性剤がラメラ構造を壊していた!」プレスリリース
「セラミドが入っていれば何でもいい」——これは大きな誤解です。
セラミドには実に350種以上の分子種が存在することが近年の研究で明らかになっています(日本香粧品学会誌 Vol.45, 2021)。そしてラメラ構造の強度は、セラミドの「量」だけでなく、「種類の比率(サブクラス比)」や「脂肪酸の炭素鎖の長さ」にも大きく左右されます。炭素鎖が長いセラミドほど、ラメラ構造を密に保ち、TEWLが低くなること(つまりバリア機能が高くなること)が複数の研究で示されています。
化粧品に配合されるセラミドは主に3種類に分けられます。
さらに注目すべきは「ラメラ型配合技術」の存在です。セラミドは化粧品の乳液や水溶液に単純に溶かしても、ラメラ構造を形成しないことがあります。花王などの研究機関では、コレステロール・遊離脂肪酸と組み合わせ、製剤段階でラメラ構造を形成させた状態で肌に塗布する技術(「ラメラ構造をもつ乳化製剤」)を開発しています。このような製剤では、塗布後に角質層への組み込みが起こりやすく、実際に研究でもバリア機能の改善が確認されています。
選び方は1つだけ覚えておけばOKです——「ヒト型セラミドが複数種類、コレステロール・遊離脂肪酸と一緒に配合されているか」を確認することです。
参考:ヒト型セラミドの種類と分類を詳しく解説している学術的な資料です。
ラメラ構造の仕組みを踏まえた上で、日々のケアで実践できることをお伝えします。
洗い方を変えるだけで、ラメラ構造の流出量を大幅に減らせます。
花王のスキンケア研究グループが行った臨床試験では、弱酸性の低刺激性洗浄剤(泡タイプ)を使用した場合、20回の連続洗浄後でも角層の水分量に有意な変化が見られなかったのに対し、通常の洗浄剤(対照処方)では有意な水分量の低下が確認されました。さらに、この低刺激性洗浄剤を手荒れがある敏感肌女性22名が2週間使用した結果、50%の被験者で手荒れ症状の改善が確認されています(日本香粧品学会誌 Vol.45, 2021)。
これは使えそうです。
洗い方の見直しポイントを整理します。
保湿ケアの組み立て方にも順番があります。
まず、セラミドを中心とした「バリア修復」を先に行うことが基本です。角層のラメラ構造が整っていない状態でヒアルロン酸などの高分子保湿成分を先に重ねても、バリアが壊れたままでは水分はすぐ蒸散してしまいます。「セラミド→ヒアルロン酸(水溶性保湿)→クリーム(蓋)」という順序が、肌の構造に沿った正しいアプローチです。
また、市場にはノエビアが2021年に発表した「セラミド含有ラメラ製剤」のように、角質層の細胞間脂質のラメラ構造を製剤段階で整えた状態で届ける製品も登場しています。この製剤は、ヒト試験においてバリア機能の指標(TEWL)の有意な改善が確認されており、アトピー性皮膚炎や乾燥肌による慢性的なかゆみで悩む方には選択肢として知っておく価値があります。
かゆみが慢性化している場合は、洗い方と保湿の順序を見直すことが近道です。
参考:ノエビアによるセラミド含有ラメラ製剤の臨床試験結果のプレスリリースです。
ノエビア「セラミド含有ラメラ製剤が角層のバリア機能を向上させることを発見」(PDF)