

ヘパリン類似物質は、人の体内で生成される「ヘパリン」に似た化学構造を持つ物質です。名前の由来である「ヘパ」はギリシャ語で「肝臓」を意味し、ヘパリンは肝臓で生成される物質です。ヘパリンには血液を固まりにくくする「抗凝固作用」があり、医療現場では血栓塞栓症の予防や治療などに使用されています。
一方、ヘパリン類似物質は、ヘパリンとは異なる医薬品として、主に皮膚科領域で使用されています。水に溶けやすく水分子を引き寄せて保持する特性があるため、高い保湿効果が期待できます。保湿剤としては「モイスチャライザー」に分類され、角質層に直接水分を与えることで保湿をはかる作用があります。
ヘパリン類似物質の保湿効果は、単に表面に水分を与えるだけではなく、肌の角質層の水分保持機能そのものに作用する点が特徴的です。健康な肌の角質層は、角質細胞が整然と並び、角質細胞間脂質によって繋ぎ止められることでバリア機能を維持しています。
この角質細胞間脂質の中には「ラメラ構造」と呼ばれる、油分と水分がミルフィーユのように何重にも重なった層があります。この緻密でしなやかな構造が、外部からの刺激から肌を守る緩衝材の役割を果たしています。
ヘパリン類似物質は、このラメラ構造に作用し、バリア機能が乱れがちな肌にうるおいを与えて角質細胞間脂質のラメラ構造を整えることで、乾燥や肌荒れを防ぎます。最近の研究では、ヘパリン類似物質が肌バリア機能に重要な接着因子(デスモグレイン1:DSG1)に働きかけることも明らかになっています。これにより外部刺激によるバリア機能の低下を抑制する効果が期待できます。
保湿剤には様々な種類がありますが、主にワセリン、ヘパリン類似物質、尿素が代表的です。それぞれの特徴を比較すると、ヘパリン類似物質の位置づけがより明確になります。
| 保湿剤 | 保湿タイプ | 長所 | 短所 | 主な効能・効果 |
|---|---|---|---|---|
| ヘパリン類似物質 | モイスチャライザー | 高い保湿効果べたつきが少ない塗りやすい | 種類によっては匂いが少しある | 皮脂欠乏症、凍瘡、傷痕・火傷痕・ケロイドの治療と予防など |
| 尿素 | モイスチャライザー | 高い保湿効果べたつきにくい | 炎症部位に塗ると刺激感がある小児には向かない | 老人性乾皮症、角化症、魚鱗癬など |
| ワセリン | エモリエント | コストが安い刺激が少ない | べたつきやすい | 皮膚保護剤 |
また、作用の面から比較すると、ヘパリン類似物質は水分保持作用に優れており、尿素は角層柔軟化作用に優れています。一方、ワセリンは角層柔軟化作用とバリア機能補強作用のバランスが取れています。
研究によると、角質水分量の改善効果は、ヘパリン類似物質が最も高く、次に尿素、ワセリンの順であることが報告されています。このことからも、ヘパリン類似物質は保湿効果において優れた選択肢であることがわかります。
ヘパリン類似物質は、様々な皮膚疾患の治療に応用されていますが、特にケロイドや肥厚性瘢痕の治療においても有効性が示されています。
ある二重盲検比較試験では、ケロイドおよび肥厚性瘢痕患者279例を対象に、ヘパリン類似物質軟膏を対照薬としてトラニラストの有用性を検討しました。この研究では、自覚症状改善度、他覚症状改善度および全般改善度において、トラニラスト使用群がヘパリン類似物質軟膏使用群に比べて有意に優れていましたが、ヘパリン類似物質自体も一定の効果を示しています。
特に、ヘパリン類似物質の血行促進作用と抗炎症作用は、ケロイドや瘢痕の治療において有用であると考えられています。皮膚の新陳代謝を促進することで、傷跡や火傷跡の改善に寄与します。
また、ヘパリン類似物質は副作用が比較的少ないことも特徴です。上記の研究では、ヘパリン類似物質軟膏の副作用発現率は2.4%と報告されており、重篤なものはありませんでした。
ヘパリン類似物質を含む保湿剤には、軟膏、クリーム、ローション、泡状など様々な剤形があり、患部の状態や好みの使用感によって選択することができます。
これらの剤形の中から、患部の状態(乾燥の程度、炎症の有無など)や季節、好みの使用感に合わせて最適なものを選択することが重要です。
ヘパリン類似物質を効果的に使用するためには、適切な使用方法を守ることが重要です。以下に、使用方法と注意点をまとめます。
使用頻度と塗るタイミング
塗る量の目安
塗り方のポイント
注意点
ヘパリン類似物質は、医薬品として長年使用されてきましたが、近年では医薬部外品や薬用化粧品としても広く利用されるようになっています。これらの違いを理解し、適切な処方戦略を立てることが重要です。
医薬品、医薬部外品、化粧品の違い
| 分類 | 特徴 | ヘパリン類似物質の位置づけ |
|---|---|---|
| 医薬品 | 病気の「治療」を目的とした薬厚生労働省より有効成分の効果が認められたものヘパリン類似物質の含有量が高い | 皮脂欠乏症、凍瘡、傷痕・火傷痕・ケロイドの治療に使用症状がある期間のみ使用 |
| 医薬部外品 | 「予防や衛生」を目的としたもの厚生労働省が許可した効果・効能に有効な成分が一定の濃度で配合人への作用が緩和 | 毎日のスキンケアに取り入れやすい繰り返すトラブルの予防のために使用 |
| 化粧品 | 清潔・美化、魅力を増す、健やかに保つなどを目的人への作用が緩和 | 保湿成分として配合日常的なスキンケアに使用 |
作用の強さは「医薬品 > 医薬部外品 > 化粧品」の順になります。
処方戦略のポイント
近年、美容目的での医療用ヘパリン類似物質製剤の処方が社会問題化したことを受け、2024年10月には規制が強化されました。そのため、医療機関では適切な使用目的での処方を心がけ、美容目的の場合は医薬部外品や化粧品の使用を推奨することが重要です。
また、患者教育として、ヘパリン類似物質の正しい使用方法や期待できる効果、限界について説明し、過度な期待を持たせないようにすることも大切です。
https://www.semanticscholar.org/paper/010b60c43656737c90a3e942815adf895