


皮脂欠乏症は、皮膚の表面の脂(皮脂)が減少することにより皮膚の水分が減少して生じる疾患です。医学的には「乾皮症」とも呼ばれ、重症化すると皮脂欠乏性湿疹へと進展することがあります。この疾患は特に高齢者や乾燥しやすい季節(秋から冬)に多く見られ、適切な治療と日常生活での対策が重要となります。
皮脂欠乏症の主な原因には以下のようなものがあります。
皮脂欠乏症の典型的な症状
特に下腿伸側(すねの前面)に症状が出やすく、上肢外側、腰背部、腹部にも発症することがあります。皮膚科専門医の調査によると、40代以上の5人に1人が皮脂不足による肌の乾燥に悩んでいるとされています。
皮脂欠乏症の治療の基本は保湿剤による外用治療です。保湿剤は皮膚にうるおいを与え、水分の蒸発を防ぐ役割を果たします。主な保湿剤の種類と特徴は以下の通りです。
1. ヘパリン類似物質含有製剤
2. 尿素製剤
3. 白色ワセリン
4. ガンマ-オリザノール配合製剤
保湿剤の選び方のポイント。
保湿剤は入浴後、皮膚が温まって水分を含んでいる状態で塗布すると効果的です。塗布量の目安としては、大人の手のひら1杯分(約2g)で両腕または両足に塗る量が適切とされています。
日本皮膚科学会による皮脂欠乏症診療の手引き2021では、保湿剤の適切な使用方法について詳しく解説されています
皮脂欠乏症が悪化して皮脂欠乏性湿疹となった場合、保湿剤のみでは症状の改善が難しいことがあります。そのような場合には、炎症を抑えるためにステロイド外用薬が処方されます。
ステロイド外用薬の種類と強さ
ステロイド外用薬は効力によって5段階(Ⅰ~Ⅴ)に分類されます。
皮脂欠乏性湿疹の場合、通常は弱いステロイド(Ⅳ~Ⅴ群)から開始し、症状に応じて強さを調整します。具体的な処方例
使用上の注意点
ステロイド外用薬と保湿剤は通常併用されますが、同時に塗布するのではなく、時間をあけて塗布することが推奨されています(例:ステロイド外用薬を朝、保湿剤を夜)。または、医師の指示によってはステロイド外用薬と保湿剤を混合して処方されることもあります。
皮脂欠乏症に伴うかゆみが強い場合、抗ヒスタミン薬の内服が処方されることがあります。かゆみを抑えることで掻破による皮膚バリア機能のさらなる破壊を防ぎ、症状の悪化を防止します。
主な抗ヒスタミン薬
抗ヒスタミン薬は、かゆみを感じる神経の興奮を抑制することで症状を緩和します。第二世代抗ヒスタミン薬は眠気などの副作用が少ないため、日中の使用でも支障が少ないという利点があります。一方、第一世代抗ヒスタミン薬は鎮静作用があるため、夜間のかゆみが強い場合に就寝前に服用すると効果的です。
かゆみ対策の生活習慣
薬物療法に加えて、日常生活でのかゆみ対策も重要です。
これらの対策を組み合わせることで、薬物療法の効果を高め、症状の改善につながります。
従来の皮脂欠乏症治療は、失われた皮脂を外部から補充する保湿剤が中心でしたが、近年は皮脂の分泌そのものを促進する新しいアプローチの研究が進んでいます。
ガンマ-オリザノール配合製剤の作用機序
2017年に発売された「ヒシモア」に含まれるガンマ-オリザノールは、弱った皮脂腺のはたらきを活性化し、皮脂の分泌を促進する作用があります。これは単に外部から保湿するだけでなく、皮膚自体の保湿機能を回復させるという点で画期的なアプローチです。
研究によれば、加齢により皮脂の分泌量は40代で20代の約3分の1にまで減少しますが、ガンマ-オリザノールは皮脂腺細胞に直接作用して、皮脂産生を促進することが確認されています。
新たな皮脂分泌促進成分の研究
最新の研究では、以下のような成分も皮脂分泌促進効果が期待されています。
マイクロバイオーム研究との関連
皮膚常在菌(マイクロバイオーム)と皮脂分泌の関係についても研究が進んでいます。特定の皮膚常在菌が皮脂の質や量に影響を与えることが分かってきており、プロバイオティクス配合の外用薬の開発も進められています。
個別化医療の展望
皮脂欠乏症の治療においても、個人の皮脂分泌量や皮膚状態に合わせた個別化医療の重要性が認識されつつあります。皮脂量を簡便に測定するデバイスの開発や、遺伝子検査による皮脂分泌能の評価など、より精密な診断と治療が可能になりつつあります。
皮脂欠乏症に対する保湿剤の処方実態調査によると、医師の多くが皮脂欠乏症の治療には医療用保湿剤が重要と考えていることが報告されています
これらの新しい研究成果は、従来の対症療法的なアプローチから、より根本的な治療へと皮脂欠乏症の治療法を変えつつあります。今後は、皮脂分泌を促進する薬剤と従来の保湿剤を組み合わせた複合的なアプローチが主流になっていくことが予想されます。