肥厚性瘢痕 治療薬の種類と効果
肥厚性瘢痕とケロイドは、外傷や手術後の創傷治癒過程において膠原線維が過剰に増生することで生じる皮膚の異常状態です。肥厚性瘢痕は創部の範囲を超えず垂直方向にのみ増殖するのに対し、ケロイドは創部の範囲を超えて広がり続けるという特徴があります。これらの状態は患者さんの生活の質に大きく影響を与えるため、適切な治療が求められます。
治療においては、まず病態の正確な理解が重要です。肥厚性瘢痕は通常、受傷後6ヶ月程度で最も隆起し、その後徐々に改善して平坦化する傾向がありますが、ケロイドは長期間にわたり病変が持続し、自然軽快することは稀です。治療の選択は、病変の状態、部位、患者さんの年齢や希望などを考慮して総合的に判断する必要があります。
現在、肥厚性瘢痕とケロイドの治療には様々な薬物療法が用いられていますが、単一の治療法で完全に治癒させることは難しく、複数の治療法を組み合わせた集学的アプローチが一般的です。以下では、現在利用可能な主要な治療薬とその効果について詳しく解説します。
肥厚性瘢痕 治療薬のステロイド外用薬と貼付剤
ステロイド外用薬は肥厚性瘢痕やケロイドの治療において最も一般的に使用される薬剤の一つです。ステロイドには強力な抗炎症作用があり、瘢痕組織内の炎症を抑制することで、コラーゲンの過剰産生を抑え、瘢痕の赤みやかゆみを軽減する効果があります。
現在日本で肥厚性瘢痕やケロイドに使用されるステロイド外用薬には、以下のようなものがあります。
- ステロイド含有テープ剤
- デプロドンプロピオン酸エステル製剤(エクラープラスター)
- 以前は吉草酸ベタメタゾン製剤(トクダームテープ)やフルドロキシコルチド製剤(ドレニゾンテープ)も使用されていましたが、現在は製造中止となっています。
エクラープラスターは現在、日本で使用可能な唯一のステロイド含有テープ剤であり、ケロイドや肥厚性瘢痕に対して非常に有効です。テープ剤は直接皮膚に貼付することで、ステロイドを持続的に病変部に浸透させることができます。また、テープ自体が圧迫効果をもたらし、瘢痕の平坦化を促進する効果もあります。
使用方法としては、基本的に毎日貼り替え、できるだけ正常な皮膚につかないように切って使用します。周囲に炎症が拡大していくケロイドでは、少し大きめに切って貼ることが重要です。
ステロイドテープの効果は、SCAR-Qという評価ツールでも有意な改善が示されています。半年から数年使用することで、多くのケロイドや肥厚性瘢痕は平坦化し、目をつぶって触っても瘢痕があるかどうかわからないくらい柔らかくなることもあります。
ただし、注意点として、瘢痕自体が平坦化・軟化しても赤みが残っている場合に、テープを長期間貼り続けると皮膚が薄くなりすぎ、逆に赤みが引きにくくなることがあります。そのため、平坦化した後は貼る頻度を徐々に減らしていくことが推奨されます。
肥厚性瘢痕 治療薬のトラニラスト内服療法
トラニラスト(商品名:リザベン)は、抗アレルギー薬の中で唯一、肥厚性瘢痕とケロイドの治療に保険適応を持つ内服薬です。トラニラストは炎症性細胞からのケミカルメディエーターやサイトカインの遊離を抑制し、ケロイドおよび肥厚性瘢痕由来の線維芽細胞によるコラーゲン産生を抑制する効果があります。また、瘢痕に伴う痛みやかゆみを軽減させる効果も持っています。
トラニラストの主な作用機序は以下の通りです。
- 線維芽細胞の増殖抑制:瘢痕組織内の線維芽細胞の増殖を抑制し、コラーゲンの過剰産生を防ぎます。
- 抗アレルギー作用:肥満細胞からのヒスタミン遊離を抑制し、かゆみや炎症を軽減します。
- TGF-β(形質転換増殖因子ベータ)の阻害:瘢痕形成を促進する重要な因子であるTGF-βの作用を阻害します。
トラニラストは予防的な使用も含めて、ケロイドや肥厚性瘢痕に対して処方されます。全国14施設での研究では、肥厚性瘢痕に対して「有用以上」が32.4%、「やや有用以上」が71.6%という結果が報告されています。また、279症例を対象としたランダム化比較試験では、ヘパリン類似物質を比較対照とした場合に有意に優れていたという結果も出ています。
ただし、トラニラストは急性効果を期待できないため、患者さんにはその点を説明することが重要です。長期間の服用が必要となることが多く、外来で長期処方する場合は、膀胱炎症状や肝機能異常などの副作用に注意する必要があります。
特に、大きなケロイドや複数のケロイドがある場合は、体全体の炎症反応が強い状態であることが多く、またケロイドには肥満細胞が多く存在するため、ヒスタミンによる痒みが生じやすいです。そのような場合には、トラニラストのような抗アレルギー剤の内服が有効です。重症例では、ステロイドが含まれた抗アレルギー剤を使用することで症状が改善することもあります。
肥厚性瘢痕 治療薬のステロイド局所注射療法
ステロイド局所注射療法は、特に隆起が著しい肥厚性瘢痕やケロイドに対して効果的な治療法です。日本では主にトリアムシノロンアセトニド(商品名:ケナコルト)が使用されています。
ステロイド局所注射の主な作用機序は以下の通りです。
- コラーゲン合成の抑制:ステロイドは線維芽細胞のコラーゲン合成を直接抑制します。
- 線維芽細胞の増殖抑制:瘢痕組織内の線維芽細胞の増殖を抑え、新たなコラーゲン産生を減少させます。
- コラゲナーゼ活性の促進:既存のコラーゲンを分解する酵素の活性を高めます。
- 抗炎症作用:炎症を抑制し、瘢痕組織内の血管新生を減少させます。
ステロイド局所注射は、簡便ですぐに行える治療方法であり、通常は外来での処置となります。ケロイドや肥厚性瘢痕の治療の中でも強い効果を持ち、治療後すぐに瘢痕が柔らかくなったり、かゆみや痛みの改善を実感できることが多いです。
注射の方法としては、瘢痕内に直接ステロイドを注入します。通常、4〜6週間隔で複数回の治療が必要となります。効果は個人差があり、瘢痕の種類や治療を開始するタイミングによっても異なります。
ただし、ステロイド局所注射には以下のような副作用があることを認識しておく必要があります。
- 注射部位の痛み:最も一般的な副作用です。
- 皮膚萎縮:注射部位の皮膚や皮下組織が薄くなることがあります。
- 色素沈着の変化:注射部位に色素沈着や脱色素が生じることがあります。
- 毛細血管拡張:皮膚表面の毛細血管が拡張し、赤みが増すことがあります。
- 感染リスク:稀ですが、注射部位に感染が生じる可能性があります。
これらの副作用を最小限に抑えるために、注射は適切な濃度と量で行い、同じ部位への頻繁な注射は避けるべきです。また、痛みを軽減するために局所麻酔薬を混ぜたり、できるだけ細い針で注射したり、冷やしたり、振動を加えるなどの工夫が行われています。
形成外科診療ガイドラインでは、ステロイド局所注射療法は高い治癒効果が期待できる方法として示されており、特に他の保存的治療で効果が不十分な場合に考慮されるべき治療法です。
肥厚性瘢痕 治療薬のβブロッカーによる新規アプローチ
近年、βブロッカーがケロイドや肥厚性瘢痕の治療に有効である可能性が注目されています。βブロッカーは従来、高血圧や不整脈などの循環器疾患の治療薬として広く使用されてきましたが、最近の研究により瘢痕治療における新たな可能性が示唆されています。
βブロッカーがケロイドや肥厚性瘢痕に効果を示す機序としては、以下のようなものが考えられています。
- 血管新生の抑制:βブロッカーは血管内皮増殖因子(VEGF)の発現を抑制し、瘢痕組織内の血管新生を減少させる可能性があります。
- 線維芽細胞の活性化抑制:βアドレナリン受容体を介したシグナル伝達を阻害することで、線維芽細胞の活性化を抑制します。
- 炎症反応の調節:炎症性サイトカインの産生を調節し、慢性炎症を抑制する効果があります。
特に、プロプラノロールという非選択的βブロッカーが注目されています。プロプラノロールは元々小児の血管腫治療に使用されていましたが、その過程で瘢痕組織にも効果があることが偶然発見されました。
現在、βブロッカーのケロイドや肥厚性瘢痕への応用については、主に以下の方法が研究されています。
- 局所塗布剤:プロプラノロールやチモロールなどを含有したゲルや軟膏を直接瘢痕部位に塗布する方法。
- 局所注射:βブロッカーを瘢痕組織内に直接注射する方法。
- 内服療法:全身投与によるアプローチ。
これらの治療法はまだ研究段階であり、日本では保険適応がありませんが、いくつかの臨床研究では有望な結果が報告されています。例えば、プロプラノロール1%ゲルの局所塗布が、ケロイドの厚さ、硬さ、赤みを有意に減少させたという報告があります。
βブロッカーによる治療は、従来のステロイド治療と比較して副作用が少ない可能性があり、特に小児や副作用のリスクが高い患者さんにとって有望な選択肢となる可能性があります。ただし、長期的な有効性と安全性を確立するためには、さらなる大規模な臨床研究が必要です。
βブロッカーはケロイド・肥厚性瘢痕に対する新規治療薬となり得る―ケースコントロールスタディー―
肥厚性瘢痕 治療薬の選択と組み合わせ戦略
肥厚性瘢痕やケロイドの治療において、単一の治療法だけでは十分な効果が得られないことが多いため、複数の治療法を組み合わせた集学的アプローチが重要です。治療薬の選択と組み合わせ戦略は、瘢痕の状態、部位、患者の年齢や希望などを考慮して個別化する必要があります。
効果的な治療戦略を立てるためのポイントとして、以下のような点が挙げられます。
- 瘢痕の評価
- 瘢痕の種類(肥厚性瘢痕かケロイドか)
- 瘢痕の大きさ、厚さ、硬さ
- 症状(かゆみ、痛み、引きつれ感など)
- 発症からの期間
- 部位(胸部、肩、耳たぶなど)