スティーブンス・ジョンソン症候群と症状と原因
スティーブンス・ジョンソン症候群(Stevens-Johnson syndrome:SJS)は、皮膚粘膜眼症候群とも呼ばれる重篤な疾患です。この病気は、38℃以上の高熱を伴って、全身の皮膚や粘膜に激しい症状が比較的短期間に現れることが特徴です。
この疾患は、1922年にアメリカの小児科医であるA.M. StevensとF.C. Johnsonによって初めて報告されました。当時は「発熱を伴う皮膚粘膜の異常な症状」として記載され、後に彼らの名前を冠して「スティーブンス・ジョンソン症候群」と命名されました。
厚生労働省の難病情報センターによると、スティーブンス・ジョンソン症候群は「指定難病38」に指定されており、特定の条件を満たせば医療費助成の対象となります。発症頻度は人口100万人当たり年間約2.5人と推定されており、比較的稀な疾患と言えます。
スティーブンス・ジョンソン症候群の主な症状と進行過程
スティーブンス・ジョンソン症候群の症状は急速に進行することが特徴です。初期症状から重篤な状態に至るまでの典型的な進行過程を理解することが、早期発見・早期治療につながります。
初期症状としては、38℃以上の高熱、全身倦怠感、のどの痛みなどが現れます。これらの症状は一般的な風邪や感染症と似ているため、初期段階での識別が難しいことがあります。
症状が進行すると、以下のような特徴的な症状が現れます。
- 皮膚症状:全身に大小さまざまな紅斑(赤い斑点)が出現し、水疱(水ぶくれ)やびらん(ただれ)へと進行します。水疱はすぐに破れてびらんになることが多いです。
- 粘膜症状:口唇・口腔内、眼、鼻、外陰部などの粘膜にびらんが生じ、強い痛みを伴います。
- 眼症状:結膜の充血、眼脂(めやに)の増加、痛みなどが現れます。重症化すると、角膜びらんや潰瘍を引き起こすことがあります。
- その他の症状:尿道や肛門周囲にもびらんが生じて出血をきたすことがあります。また、上気道粘膜や消化管粘膜を侵し、呼吸器症状や消化管症状を生じることもあります。
スティーブンス・ジョンソン症候群の診断基準としては、以下の条件が挙げられます。
- 38℃以上の高熱
- 皮膚の紅斑、水疱、びらんの多発
- 口唇・口腔、眼、外陰部などの粘膜の病変
- びらんや水疱など皮膚の剥がれた面積が全体表面積の10%未満
これらの症状が急速に進行する場合、スティーブンス・ジョンソン症候群を疑う必要があります。特に薬剤の服用開始から数日~2週間程度で発症することが多いため、新しい薬を開始した後に上記の症状が現れた場合は、すぐに医療機関を受診することが重要です。
スティーブンス・ジョンソン症候群の原因と発症メカニズム
スティーブンス・ジョンソン症候群の原因として最も多いのは薬剤によるものですが、感染症が契機となる場合もあります。発症メカニズムについては完全には解明されていませんが、免疫学的な機序が関与していると考えられています。
薬剤性の原因
原因となる主な薬剤には以下のようなものがあります。
- 解熱鎮痛薬(NSAIDs):ロキソプロフェン、アセトアミノフェンなど
- 抗菌薬:セファロスポリン系、キノロン系など
- 抗けいれん薬:カルバマゼピン、フェニトインなど
- 高尿酸血症治療薬:アロプリノールなど
- 総合感冒薬(市販の風邪薬)
これらの薬剤が体内で代謝される過程で生じる代謝物が、特定の遺伝的背景を持つ人では免疫系を異常に活性化させると考えられています。近年の研究では、特定のHLA(ヒト白血球抗原)型を持つ人が特定の薬剤でスティーブンス・ジョンソン症候群を発症しやすいことが明らかになっています。
例えば、HLA-B15:02を持つ人はカルバマゼピンによる発症リスクが高く、HLA-B58:01を持つ人はアロプリノールによる発症リスクが高いことが報告されています。
感染症による原因
薬剤以外の原因としては、以下のような感染症が挙げられます。
- マイコプラズマ感染症
- ヘルペスウイルス感染症
- インフルエンザウイルス感染症
特に小児では、マイコプラズマ感染症に関連したスティーブンス・ジョンソン症候群の発症が比較的多く報告されています。
発症メカニズム
スティーブンス・ジョンソン症候群の発症メカニズムとしては、以下のような免疫学的な機序が考えられています。
- 薬剤または感染症により活性化されたCD8陽性T細胞が、表皮細胞を攻撃
- 細胞傷害性タンパク質(グランザイムBやパーフォリン)の放出
- Fas-FasLを介したアポトーシス(細胞死)の誘導
- 表皮の広範な壊死
これらの機序により、皮膚や粘膜の表皮細胞が大量に死滅し、水疱やびらんが形成されると考えられています。
スティーブンス・ジョンソン症候群の診断と検査方法
スティーブンス・ジョンソン症候群の診断は、特徴的な臨床症状と経過に基づいて行われます。確定診断のためには、皮膚生検などの検査も重要です。
臨床診断
スティーブンス・ジョンソン症候群の臨床診断には、以下の特徴的な症状が重要です。
- 38℃以上の高熱
- 皮膚の紅斑、水疱、びらんの多発
- 2つ以上の粘膜部位(口腔、眼、外陰部など)の病変
- びらんや水疱など皮膚の剥がれた面積が全体表面積の10%未満
これらの症状が急速に進行する場合、スティーブンス・ジョンソン症候群を強く疑います。特に、薬剤の服用歴や感染症の先行があれば、診断の手がかりとなります。
検査方法
診断を確定するためには、以下のような検査が行われます。
- 皮膚生検:病変部の皮膚を採取し、顕微鏡で観察します。表皮の全層性壊死や表皮下水疱形成などの特徴的な所見が見られます。
- 血液検査:炎症マーカー(CRP、白血球数など)の上昇、肝機能・腎機能の評価を行います。
- 薬剤リンパ球刺激試験(DLST):原因と疑われる薬剤に対するリンパ球の反応を調べる検査です。ただし、感度・特異度は高くないため、参考所見として扱われます。
- HLA型検査:特定のHLA型と薬剤の関連が強い場合、HLA型の検査が診断や今後の薬剤選択に役立つことがあります。
鑑別診断
スティーブンス・ジョンソン症候群と鑑別すべき疾患には、以下のようなものがあります。
- 中毒性表皮壊死症(TEN):スティーブンス・ジョンソン症候群と同じ疾患スペクトラムに属しますが、皮膚剥離面積が全体表面積の30%以上のものをTENと定義します。
- 多形紅斑:標的状の皮疹が特徴ですが、粘膜病変は軽度か欠如しています。
- 急性汎発性発疹性膿疱症(AGEP):発熱と紅斑、膿疱が特徴ですが、粘膜病変は通常見られません。
- 薬剤過敏症症候群(DIHS/DRESS):発熱、皮疹、臓器障害が特徴ですが、粘膜病変は軽度です。
正確な診断のためには、皮膚科医や眼科医など複数の専門医による総合的な評価が重要です。
スティーブンス・ジョンソン症候群の治療法と入院管理
スティーブンス・ジョンソン症候群は重篤な疾患であり、入院による集中的な治療が必要です。治療の基本方針は、原因薬剤の中止、全身管理、特異的治療の3つに分けられます。
原因薬剤の中止
スティーブンス・ジョンソン症候群が薬剤性と考えられる場合、最も重要なのは原因と疑われる薬剤の即時中止です。原因薬剤を継続すると症状が悪化し、予後に悪影響を及ぼします。
全身管理
スティーブンス・ジョンソン症候群では、広範囲の皮膚・粘膜病変による水分・電解質バランスの崩れや感染リスクの増大があるため、以下のような全身管理が重要です。
- 輸液管理:皮膚からの水分喪失を補うための適切な輸液
- 栄養管理:経口摂取が困難な場合は経管栄養や中心静脈栄養
- 感染対策:清潔な環境での管理、必要に応じた抗菌薬の投与
- 疼痛管理:適切な鎮痛薬の使用
- 眼科的管理:眼病変に対する点眼薬や洗浄
特に重症例では、熱傷ユニットでの管理が推奨されることもあります。
特異的治療
スティーブンス・ジョンソン症候群の特異的治療としては、以下のような方法があります。
- 副腎皮質ステロイド療法:炎症を抑制する目的で使用されます。短期間に大量のステロイドを点滴で投与するステロイドパルス療法が行われることもあります。
- 免疫グロブリン大量静注療法(IVIG):免疫調節作用により、病態の進行を抑制する効果が期待されます。特に発症早期の投与が有効とされています。
- 血漿交換療法:血液中の有害な物質を除去する目的で行われます。重症例や他の治療に反応しない場合に検討されます。
- シクロスポリン:免疫抑制作用により、病態の進行を抑制する効果が期待されます。近年、有効性を示す報告が増えています。
これらの治療法の選択は、患者の年齢、合併症、重症度などを考慮して個別に判断されます。日本皮膚科学会のガイドラインでは、ステロイド療法が第一選択として推奨されていますが、治療法の選択については国際的にもまだ議論があります。
眼病変に対する治療
スティーブンス・ジョンソン症候群では、眼病変が重要な合併症の一つです。眼科医による早期からの介入が重要で、以下のような治療が行われます。
- 人工涙液や抗菌点眼薬の使用
- ステロイド点眼薬の使用
- 瞼球癒着の予防のための処置
- 角膜上皮欠損に対する治療
眼病変が重症化すると、角膜潰瘍や瞼球癒着、ドライアイなどの後遺症を残すことがあるため、早期からの適切な治療が重要です。
スティーブンス・ジョンソン症候群の予後と後遺症の管理
スティーブンス・ジョンソン症候群は適切な治療により多くの場合回復しますが、重症例では死亡することもあり、また回復後も様々な後遺症が残ることがあります。
予後に影響する因子
スティーブンス・ジョンソン症候群の予後に影響する主な因子には以下のようなものがあります。
- 年齢:高齢者は予後不良の傾向があります
- 皮膚病変の範囲:病変が広範囲であるほど予後不良です
- 基礎疾患:糖尿病や腎疾患などの基礎疾患がある場合は予後不良です
- 治療の遅れ:診断・治療の遅れは予後に悪影響を及ぼします
- 多臓器不全の有無:肝不全、腎不全、呼吸不全などを合併すると予後不良です
スティーブンス・ジョンソン症候群の死亡率は約5%と報告されていますが、高齢者や基礎疾患を有する患者ではさらに高くなることがあります。
主な後遺症
スティーブンス・ジョンソン症候群から回復した後も、以下のような後遺症が残ることがあります。
- 眼の後遺症
- ドライアイ
- 瞼球癒着
- 角膜混濁・角膜潰瘍
- 視力